2006年03月16日

マイクル・コーディ:「クライム・ゼロ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

クライム・ゼロ
クライム・ゼロ
posted with amazlet on 06.03.16
マイクル コーディ Michael Cordy 内田 昌之
徳間書店 (2001/03)
売り上げランキング: 311,091

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、仲谷昇です(嘘です)。

マイクル・コーディといえば イエスの遺伝子 が印象深い。本書「クライム・ゼロ」も、イエスの遺伝子と同様に遺伝子工学をベースとした良質な近未来小説として仕上がっている。
「クライム・ゼロ」ってカタカナで書くとなんだかわからないが、「crime zero(犯罪ゼロ)」ってことである。犯罪がないってのはよいことだが、そこは作者がマイクル・コーディってことで一筋縄では行かない。

2008年、カリフォルニア州のパロ・アルトにある、バイロベクター・ソルーション社では、暴力犯罪の90%以上が男性によるものであるという調査結果を受けて、国家レベルのある実験を密かに行っていた。それは服役中の犯罪者に対する遺伝子手術である。本プロジェクトを統括するバイロベクター社のアリス・プリンス、FBI女性長官マディラン・ネイラー、カリフォルニア州知事パメラ・ワイスという女性3人が静かに進める極秘プロジェクト「良心」は男性の中にある暴力的な遺伝子を改変し「治療」することを目的としていた。
一方、FBI特別捜査官ルーク・デッカーは服役中の死刑囚であるカール・アクセルマンを取り調べていた。取調べ最中にアクセルマンはデッカーに「オレはお前の実の父親だ」と告白する。同様するデッカーはアクセルマンの言葉を無視した。あと僅かで死刑に処せられる身であったアクセルマンの戯言と取り合わなかったのだが、後日アクセルマンが自らの睾丸を切り取って自殺したことを知らされる。「父親である」という衝撃の告白が気になりバイロベクター社にいる元恋人のキャシー・カーに誰の髪の毛かを告げずにアクセルマンとデッカーの遺伝子調査を依頼する。キャシーの調査結果によると親子関係が認められ、そしてFBIの犯罪者DNAデータベースのうちの一人と一致したと告げられる。更にキャシーはこの中の遺伝子が改変されていることに気づく。
アクセルマンはアリスたちの実験として遺伝子を改変させられていたのだ。そして、バイロベクター社にあるスーパーコンピュータTITANIAの管理の下、プロジェクト「良心」の次のステップであるプロジェクト「クライムゼロ」に進み始める。
大統領選挙に立候補したパメラ・ワイスは遺伝子操作により暴力犯罪者を減少させることに手ごたえを感じていた。実際カリフォルニア州の犯罪率は激減している。パメラは選挙活動で今まで密かに実験を続けていたことをついに民衆へ告げる。食品安全衛生上も問題ないことを実証し、パメラは民衆から圧倒的な支持を受ける。
一見良いことばかりに見えるこのプロジェクト「クライム・ゼロ」だが、暴力犯罪を誘発する遺伝子を強制的に組み替えることにより、アクセルマンのように突然死んでしまう場合もあり、バイロベクター社が密かに経営するメキシコの孤児院でも思春期を迎えた少年が突然死する事故が起こり続けていた。
男性のみが感染するこの「クライム・ゼロ」は空気感染により次々と宿主を獲得していくのだ。アリスは全世界の主要空港に「クライム・ゼロ」を解き放ち世界中の男性を感染させることを画策する。そしてついに全世界に「クライム・ゼロ」が解き放たれてしまった!
キャシーとデッカー、そして全世界の人々はこの危機を如何に乗り越えるのか?または「クライム・ゼロ」に屈してしまうのか?

ネイラー達は暴力犯罪の9割は遺伝子の所為であり、それを改変することで、平和な未来を気づき上げようとしていた。そしてテロメアの長さにより時限爆弾的にウィルスを感染させ発症させるという記述は遺伝子学の全く分からないりょーちにも説得力のある説明のよーに感じた。
実際にまだ犯罪者でない人間の遺伝子をも変えて淘汰しちゃおうって発想は飛躍しすぎなんじゃないかなー。マイノリティ・リポートをちょいと思い出したよ。この話しの設定が2008年ってことを考えると、もしかして本当にそういう遺伝子組み換え技術も、直ぐに完成してしまうのではなかろうかと思う。で、これが完成しちゃったりするとどーなるか? 「暴力的思考を持つ犯罪者が全くいなくなるからよい?」。マイクル・コーディは最後の章でこの仮説についてひとつの可能性を提示している。このコーディの視点が実に素晴らしい(あんた、偉いよ)。

しかし、「クライム・ゼロ」って題名なのに、ネイラーとプリンスとパメラの行動が「犯罪」だと思われる・・・

更にどーでもいいが、作者の名前は「マイクル・コーディ」でいいのか「マイケル・コーディ」なのか微妙に気になった。(カタカナにしている時点で正解とかないんだけどね)
訳者:内田昌之翻訳部屋
■他の方々のご意見:
スケールのデカさは流石なり! クライム・ゼロ|いい女・できる男は燃え尽きない!!
つれづれ赤城山日記 : クライム・ゼロ
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2006年03月08日

海堂尊:「チーム・バチスタの栄光」 このエントリーをはてなブックマークに追加

チーム・バチスタの栄光
海堂 尊
宝島社 (2006/01)

りょーち的おすすめ度:お薦め度お薦め度お薦め度

こんにちは、杉兵助です(嘘です)(もう忘れてる?)

すっごい、面白い! 何だ?この本?

もう、いろんなところで話題になりまくりだと思う、この「チーム・バチスタの栄光」。「第4回『このミステリーがすごい!(通称「このミス」)』大賞」大賞受賞作というのを見て少し懐疑的に本書を手に取った。実はりょーちの「このミス」の印象は新人ミステリー小説発掘という観点からあまり好ましくないなーと思ったりしていた。この blog でも紹介したが 浅倉卓弥:「四日間の奇蹟」 が第1回の「このミス」大賞だったのがその大きな理由である。「四日間の奇蹟」は確かに小説としては素晴らしかったが、ミステリーとしてはどうだろう?と訝しがってしまったのだ。そんな「このミス」の第4回受賞作がこの「チーム・バチスタの栄光」。
「このミス」応募時は「チーム・バチスタの崩壊」というタイトルだったが、本書を読んでみると、この作風だったら「チーム・バチスタの栄光」が合っていると思う。このタイトル変更によって販売部数もかなり伸びたのではなかろうか。宝島社の担当の方、ナイスです。
余談だが、「第4回このミス特別奨励賞」に選ばれたのは「殺人ピエロの孤島同窓会:水田美意子」さん。この人13歳で受賞だって。凄いな。

っと、話しが逸れてしまったが、いやー、やってくれました、海堂尊(かいどうたける)。名前もカッコイイじゃないですか。そんなカッコイイ名前の方が書いたとは思えないほど、飛びぬけてヘンな物語。(ホントに現役の医師なのか?)今年のエンターテイメント小説の大賞が既に決まってしまったよーなものである。文字通り抱腹絶倒の小説。且つミステリー小説としても完成度がかなり高い。「もう絶対読みなさい」といった感じである。ここ数年というタームで考えてもトップレベルの作品だな。よくこういうキャラを思いつくよなー。田口、白鳥、最高っす。

普通医療ミステリーといえば重苦しい雰囲気に満ち溢れ、手に汗握り読み耽るってのが通例だったりする。本書は全く以ってそんなことはない。本書を読んだ多くの皆さんが一番初めに思い描くのは奥田英朗の「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」の伊良部一郎ではなかろうか? 伊良部は決してミステリー小説には登場し得ない人物なのだが「もし伊良部が探偵役をやったとしたらこんな感じになるんじゃないかなーと思ったりさせられる。
本書の主人公は二人存在する。一人は不定愁訴外来の田口公平。もう一人は厚生労働省のとってもオカシナ変人、白鳥圭輔。白鳥が登場するまでの前半部分で既にとんでもないオモシロさなのだが、後半に白鳥が登場して以降、俄然ページを捲る手を止められない。

帯に書かれたストーリーはこんな感じ。
東城大学医学部付属病院は、米国の心臓専門病院から心臓移植の権威、桐生恭一を臓器統御外科助教授として招聘した。彼が構築した外科チームは、心臓移植の代替手術であるバチスタ手術の専門の、通称”チームバチスタ”として、成功率100%を誇り、その勇名を轟かせている。ところが、3例立て続けに術中死が発生。原因不明の術中死と、メディアの注目を集める手術が重なる事態に危機感を抱いた病院長・高階は、神経内科教室の万年講師で、不定愁訴外来責任者・田口公平に内部調査を依頼しようと動いていた。壊滅寸前の大学病院の現状、医療現場の危機的状況、そしてチーム・バチスタ・メンバーの相克と因縁。医療過誤か、殺人か。遺体は何を語るのか・・・。栄光のチーム・バチスタの裏側に隠されたもう一つの顔とは。


この帯にいい意味で騙されました。
ここまで読むと本格医療ミステリーであることに全く疑念を持たずに読んでしまう。
アメリカ帰りのエリート医師、桐生は自らの腕に自信を持ち今まで執刀したその全ての手術を成功させていた。心臓手術にはいろいろな方法があるのだが、桐生の手法は「バチスタ手術」というものである。バチスタ手術とは本書内の解説を流用すると
学術的な正式名称を「左心室縮小形成術」という。一般的には、正式名称より創始者R・バチスタ博士の名を冠した俗称の方が通りがよい。拡張型心筋症に対する手術術式である

要するに、大きくなってしまった心臓を小さく作り直す手術のよーである。この手術、相当なテクニックが必要でそのテクニックは一人の医師のみならず、手術に携わる全てのメンバーの助けが必要とされる。桐生は東城大学医学部付属病院に赴任する際、チームのメンバーを自ら選んだ。そして27例まで、完璧に執刀してみせた。しかし、3例立て続けに患者が死亡するという事故が起こった。数日後にはアフリカのアガピくんが手術を受けることになっている。マスコミの注目がいやでも集まってしまう中での手術となる。桐生本人も調査を必要と考えており、田口は何の因果かこの事故の聞き取り調査を行うことになった。
田口は俗に言う「やる気のない医師」という印象。本人もそれを自覚しており、学生時代からも如何にサボるかと言うことに心血を注いでいた。そんな田口の患者はボケてしまったおばあさんやおじいさんなどが多く、同じ話しを何度も聞いて日々を送っている。そんな中、突然調査を依頼された田口は何故自分がという思いもあったが、引き受けることになる。手始めにエリート医師、桐生と対峙したが、いい加減とも思える田口でさえ、この桐生は凄いと唸らされるほどの素晴らしい人物である。田口は尊敬の念でこの桐生を認めていた。この桐生という男がミスをするはずはないと感じた田口は他のメンバーへの調査を真面目に実行することを心に誓うのであった。
田口の聞き取り調査は最後に必ず名前の由来を聞くことが特徴である。実際には田口の趣味的要素が多分に含まれており問題解決の糸口に繋がっては来ないのだが、質問への答え方、または拒否の仕方などを細かく観察。これがこの後の調査に生きてくる・・・(わけはない・・・orz)。
調査対象となったのはチームバチスタの殆ど全員。調査の中、ケース26から器械出しの看護士が大友に代わったのが原因ではないかとの意見も上がってきた。
田口は桐生の手術を実際に観察するため、次回の手術を見学することになるが、田口の目の前で患者が死亡してしまう。慄然とする手術室内で田口はただ立ち尽くすだけである。無力ささえ感じた田口は自分の観察した限りでは手術に不審な点を見つけることはできなかった。
田口が尋問をする前半部分のみ読んでいると、「田口が探偵役なのかな?」と誰しも思うはず。前半部分は単なる序章でしかなかった。後半に入ると、田口がワトソン役であることを思い知らされる。

では、ホームズは誰か?

凄いのが出てきたよ。厚生労働省大臣官房秘書課付技官(長いよ! by 桜塚やっくん) 白鳥圭輔。「火喰い鳥」と称される彼は省内でも問題児であり、左遷された技官なのだが、それを全く本人が感知していないところが凄い。ロジカル・モンスターの異名どおり、頭はかなり切れる。が、あんた、切れすぎです。誰もついて来れないよ。
白鳥の凄いところは他人にとってどう見られるかを全く感知せず、真実に向って一直線に進むところだろう。後半部分の白鳥が田口に自分の調査手法である「アクティブフェーズ」と「パッシブフェーズ」の極意を伝授する。このあたりがもう絶妙である。置いてけぼりの田口を尻目に白鳥が戦車のように突き進む。娘が飽きて遊ばなくなったたまごっちの世話をしながらも事件が解決に向けて進んでいくから不思議だ。
白鳥は調査のために遠慮という言葉を知らない。調査対象となる医師や看護士たちの気に障るいやな言い方でどんどん質問を投げかける。粗暴なホームズである。こんな探偵いままで見たことない。しかし事件が解決に向って進むから不思議だ。
人の話を全く聞かず、マイペース(だがハイペース)で聞き取りを行う白鳥は事件の核心にかなり迫りつつあったようだ。
本書の最大の見せ場は、白鳥が調査に来てから始めての手術が行われる前日、調査のため国会図書館に向った白鳥と留守番を請け負った田口に患者の容態が急変し、緊急手術を実施することになった件(くだり)であろう。この部分はまさにクライマックス。何とか田口は手術を阻止しようとするが、その甲斐もなく、手術は始まってしまう。白鳥が猛スピードでタクシーに乗り駆けつけたときは時既に遅く、その患者も術中死を迎えてしまう。だがここからが白鳥の凄腕の見せ所だった。肝心の事件の解決も余念がない。このあたりは是非是非本書を読んでほしい。そして、現代医療が抱える問題点をも指摘しており医師の視点から書かれた最上級のエンターテイメント小説であろう。

この白鳥のオモシロさは本書を読まないと絶対わからない。専門用語がかなり飛び交うが、全く気にならない。白鳥と田口の掛け合い漫才のよーなやり取りが軽快なテンポで進み全く以って読み飽きることを許さない圧倒的なスピード感が本書の特徴だ。二人が全く噛み合っていないところが最高!(白鳥は誰とも噛み合っていないが・・・)
白鳥の田口に宛てた手紙も小説的にはかなりありですね。この手紙を読んで、田口も成長したんだなーと自分自身でも感じたに違いない。

なお、どーでもよいがこの本は近所のセブンイレブンで購入した。こういった普通の小説がコンビニで売られているってのが珍しくて勢いで買ってしまったが、ホントによかったよ。ありがとう、セブンイレブン。

作者の海堂尊さんへお伝えしたいこととしては、女性の優秀な部下である(という設定になっている)「氷姫」こと姫宮の登場が殆どなかったのがちょいと残念だったかなーということ。あと、海堂尊さんへのお願いは「白鳥圭輔&氷姫で是非ともシリーズ化してほしい!」と思ったらにあるインタビュー記事で「続編も構想中」との言葉を見つけかなり嬉しい予感。期待してますっ!?
■他の方々のご意見:
アキヤマニア - 海堂尊『チーム・バチスタの栄光』
らくあきありす 『チーム・バチスタの栄光(海堂尊)』の感想文。
国境の南 : チーム・バチスタの栄光(海堂 尊)
チーム・バチスタの栄光|絵本と子どもと色々
「本のことども」by聖月 : ◎◎「チーム・バチスタの栄光」 海堂尊
粗製♪濫読 : 『チーム・バチスタの栄光』 驚きの医学ミステリー!
雑食レビュー | チーム・バチスタの栄光
Lie to Rye: チーム・バチスタの栄光
読書日和 : 『チーム・バチスタの栄光』海堂尊著

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2006年03月02日

群ようこ:「別人「群ようこ」のできるまで」 このエントリーをはてなブックマークに追加

別人「群ようこ」のできるまで
群 ようこ
文藝春秋 (1988/12)
売り上げランキング: 146,037
おすすめ度の平均: 5
5 面白かった!!
5 手元に1冊
5 この本を片手に私も転職しました。

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、雪山で遭難した沖田成利です(嘘です)(生徒諸君って知っている人少ないよな・・・)

群ようこといえば椎名誠ファミリー(りょーちが勝手に言っているだけですが)でも数少ない女性の一人。今でこそ押しも押されぬ一流エッセイストと言っても過言ではない。本書は群れようこ自身の転職日記でもあり(当時)零細企業&弱小出版社として細々と活動していた「本の雑誌社」の女性事務職員の赤裸々な(と言っても艶っぽい話しは一切ないのだが)記録である。

これがかなり面白い。

群ようこがデビューしてもうかなり前の話であるが、当時流行した物事についても触れられており、ちょっとした昭和史のような雰囲気も垣間見せてくれる。大学を卒業して自由が丘の広告代理店に入社した作者のありえないドタバタ社会人デビュー。世の中の人々は広告代理店という言葉に憧れていたナツカシキ時代。しかし、現実はそう甘くなかった。初めに入った中堅広告代理店での仕事は激務で同期入社の新人たちは猫いらずを食べたネズミのよーにバタバタと一人二人辞めていく。先輩OLの染谷さんは冷たく、満員電車に乗り奮発して買った9800円のサンダルは見るも無残にぐちゃぐちゃに・・・
仕事もまったくクリエイティブさのかけらもなく、上司のファッカー山田に連れられて得意先に行ったのはいいが、仕事内容はカタログの「ダイレクドライブ」の「ド」の濁点をカッターで削り取る(校正漏れのためそのまま間違って上がってきてしまったようだ)というアナザーディメンジョンとも思える仕事。ストレスにより十円玉大のハゲが二つもできてしまう。もう見るも無残な職場である。
考えに考え転職することにした。次の転職先では中江滋樹似の社長にセクハラまがいのことを強要されやめてしまう。
そんな群ようこは本が大好きで、書店で偶然見つけた「本の雑誌」に衝撃を受ける。そして本の雑誌社の事務員の求人情報に応募してなんと採用されてしまう。
その当時、椎名誠はストアーズ社に勤めていたサラリーマンだったのだが、本の雑誌社をもっと大きくしたいという野望にも駆られていた。零細出版社にとって社員を一人雇うということは大きな決断だったのだが、給料3万円という薄給にも関わらず群ようこは「本の雑誌社」で働く決意をする。

当時本の雑誌社は配本部隊という書店に本を配るメンバーが存在し、その多くは学生アルバイトだった。群ようこはそこで学生の元締めのよーな存在であった。小さな出版社で人数もいないため、総務・経理的な仕事は全て自分でやらなければならなかった。全く以って急がしい日々だった。当時の本の雑誌社に寄せられる苦情の殆どは「予定通りに本が出版されない」という書店からのクレームだった。出版社として読者が本を待ち望んでいることは喜ばしいことなのだが、椎名誠と目黒考二は色んなところに飛び回りいないことが殆どなので全て自分で対応しなければならない。
そんな中、群ようこに転機が訪れる。忘年会であった西村かえでさんより書評を書いてほしいと依頼があった。その依頼を引き受けることになった際、本の雑誌社でペンネームを考えようという話しになった。目黒孝二は自分自身でも幾つかペンネームを持っており(北上次郎、群一郎、藤代三郎、車道郎など)その中のひとつである「群一郎」の一文字と「ようこ」を組み合わせて作られたのが、この「群ようこ」だった。ちなみに「ようこ」は目黒孝二の初恋の人の名前だそうだ・・・orz。
ある意味これで『別人「群ようこ」のできるまで』の幕を引いてもよいよーな気がするのだが、話しはまだまだ続いていく。外の出版社に向けて書評を書いていくにつれ、群ようこの才能にいやでも気づき始めた他社の出版社からも次第に執筆の依頼が来るようになった。結局忙しくなって「本の雑誌社」を退職することになったのだが、その後の活躍はみなさんご存知の通りです。

群ようこさんを含め、登場人物がかなり魅力的です。椎名誠さんのエッセイでもおなじみの沢野ひとしさんや木村晋介さんなども登場し、毎日が文化祭前日のようなドタバタな状態でこの本の雑誌が立ち上がった様子が臨場感と笑い溢れる独特の文体で綴られていて、何時読んでも同じところで笑ってしまう、そんな一冊です。

小説家の方は全ての経験が執筆のための材料になると思うのですが、群ようこさんの執筆されている本などを拝見しますと、かなり特異な人生を歩んで来られたようですが、それが上手く作品に活かされているなーと感じます。
群ようこさんの小説を読んでいると「いつも怒っている」よーな印象を受けます。負のエネルギーが彼女の執筆の原動力になっていると思うのは私だけでしょうか?
■他の方々のご意見:
本に包囲された日々 別人「群ようこ」のできるまで
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2006年03月01日

梶尾真治:「サラマンダー殲滅」 このエントリーをはてなブックマークに追加

サラマンダー殲滅〈上〉
梶尾 真治
朝日ソノラマ (1992/02)
サラマンダー殲滅〈下〉
梶尾 真治
朝日ソノラマ (1992/02)

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、錦織一清です(嘘です)(しかも何も知りません・・・)。

梶尾真治といえば、今でこそ「黄泉がえり」などで普通の人にも知られるようになった作家だが、10年ほど前はそんなことなく、一部のSFファンにしか認知されていなかったように思う。
そんな梶尾真治の作品の中でも、一押しは初期の頃に書かれたこの「サラマンダー殲滅」。復讐劇というわかりやすいテーマで古き良きSFの世界を体験できる素晴らしい作品です。もう、5回以上は確実に読んでいるのだが、何度読んでもよいっす。

惑星ヤポリスに住む神鷹静香は24歳の平凡な主婦。汎銀河聖開放戦線によるテロ行為により、愛する夫と娘と失った。そのショックで静香は精神的なダメージを受ける。静香の父、秋山題吾は静香に「生きる目的」を意図的に与えることで意識を取り戻させることに成功した。静香の生きる目的は「夫と娘を奪った汎銀河聖開放戦線へ復讐すること」だった。汎銀河聖開放戦線(汎銀戦)は犯罪者収容のための惑星タナトスで起きたクーデターにより生まれた独立国家であり、ならず者の集団だった。クーデターの指導者エネル・ゲを国家党首とした全宇宙的なテロ組織に静香は復讐をするという。
実際、普通の主婦に汎銀戦への復讐などできるわけがないのだが、秋山は念のために静香にある暗示を植えつけていた。それは、汎銀戦のメンバーの前では、右手と両足が動けなくなるというものだった。
そんな静香の元に見舞いにやってきたのは夏目郁楠だった。秋山が惑星防衛大学で教鞭をとっていたときの最優秀学生の一人で、静香にプロポーズをしたが振られたという経験がある。夏目は静香の夫が死んだことを知り、改めて静香にプロポーズをするのだ。静香はそれを受け入れるが、ひとつ条件をつけた。それは静香が汎銀戦へ復讐が終わると結婚してもよいというものだった。実質殆ど不可能なことだったのだが、夏目は静香の復讐を手伝うことになった。
夏目は静香を一人前の戦士にするため、静香と惑星メフィスへと旅立つことにする。同じ頃、ホテルのボーイの冴えない小男ラッツオは客の荷物を盗んでしまう。荷物には信じられないほどの大金と銃が・・・ 今までツキのなかった自分にもツキが回ってきたと思って小躍りしていたのだが、持ち主が悪かった。荷物の持ち主は汎銀戦で最も残虐な殺戮者、ア・ウンのものだったのだ。ラッツオはせしめた金で偽造パスポートと惑星メフィスへの切符を手にヤポリスからの脱出を図る。メフィス行きの宇宙船の席は夏目と静香の座る席の隣だった。
ヤポリス宇宙空港を出発した宇宙船は順調に軌道に乗ったかと思われたが、汎銀戦のメンバーにハイジャックされる。夏目の手によりハイジャック犯を捕えることができたが、事故により航空士が殺されてしまい操縦者のいない状態になっていた。この危機を救ったのがラッツオだった。ラッツオは宇宙船の乗り方を熟知しており自身も宇宙航空士を目指していたのだが身長が足りなかったため試験にパスできなかったのだ。ラッツオの見事な操縦により、宇宙船が無事メフィスへと着く。
メフィスについた夏目は大女のドゥルガーに静香を会わせる。ドゥルガーは元汎銀戦のメンバーだった。ドゥルガーは汎銀戦のシヴァというテロリストの片腕で、シヴァを男として愛していた。しかし、ある作戦でシヴァに裏切られ、それ以降ドゥルガーも汎銀戦へいつか復讐したいと考えていた。
静香は幾多の苦難を乗り越え戦士として必要な資質を身に着けた(ちょっと早くないか?)。その頃ホテルで働いているラッツオに恐ろしいメッセージが届けられる。ホテルの前にバラバラに千切られた死体と死体の血で壁に「ラッツオ。次はお前だ!」という恐ろしいメッセージが書かれていた。メッセージの送り主は勿論ア・ウンだ。身の危険を感じたラッツオは逃げようとしたが、辛くも逃げ切ることができた。しかし、ア・ウンは自らの復讐のためだけにこのメフィスに来たのではない。ヤポリスで起こったテロに続く汎銀戦の次なるターゲットはこのメフィスだった。ア・ウンの他にメフィスでのテロ活動を任されていたのはガスマンというテロリストで、実はこのガスマンこそ、ドゥルガーを裏切ったシヴァだったのだ。
静香と夏目とドゥルガーはラッツオと合流し、メフィスがテロのターゲットとなっていることを知り、それを回避させるべく行動した。ア・ウンの持ってきた爆弾を解体することが不可能と知った今、人のいない場所で爆発させるしかなかった。夏目の活躍により市街地で爆発させることは回避できたのだが、爆発によるテロよりも更に恐ろしいことが起こってしまった。
爆発による炎と煙により、メフィスに雲が現れ、雨が降り始めてしまったのだ。「雨が降ると何故恐ろしいのか?」有史以来メフィスには数度しか雨が降っていなかった。メフィスでは雨が降ると終末が訪れるといわれている。その理由は「飛びナメ」という恐ろしい生き物の存在だった。飛びナメは体長30cmくらいの巨大なナメクジのようなもので、身の回りのものをなんでも食い尽くすという凶暴な生き物である。普段は地中に卵があり、孵化することはないのだが、水分を得ることにより孵化することができる。地中にある無数の飛びナメの卵が夏目たちが作ってしまった雨雲による雨で孵化し始めたのだ。
惑星メフィスはパニックに陥った。夏目たちは飛びナメから逃れるため空き家に入り飛びナメから身を守っていたがそれも時間の問題だった。そして空き家と思われた部屋は実はサタジット・グレムの住居だった。サタジット・グレムはグレム財団の総帥であり、息子のエルンスト・グレムは惑星機構事務総長だった。しかし、エルンスト・グレムは「ヤポリス・サースディ」でのテロ行為により、汎銀戦に暗殺されていた。更に飛びナメからの攻撃と同時にガスマンからも攻撃されるはめになってしまう。ガスマンことシヴァの繰り出す破風五連銃の攻撃により、ドゥルガーの左腕はもぎ取られてしまう。静香は夏目から渡されたP・アルツ剤を口にし、シヴァと戦う。P・アルツ剤は静香の精神強制を解除する薬なのだが、これを口にしてしまうと今までの記憶が全てなくなってしまうのだ。静香の活躍により、ガスマンを仕留め、一同は安堵の息をつく。そして、これを機に静香たちは強大な力を持つサタジット・グレムを味方につけ、汎銀戦への復讐が現実的なものになってきた。
サタジット・グレムの協力者より汎銀戦の中心基地はバトルメント(砦)という恒星にあり、そこがサラマンダー(火竜)とよばれる汎銀戦のアジトであることがわかる。しかし、サラマンダーまでたどり着くためには1400度を越す高温の中を突き進む必要があった。静香たちは汎銀戦への復讐を成し遂げることができるのか?
そして、静香と夏目たちの周囲では別の事件が起こっていた。静香たちが去ったヤポリスで謎の空間溶解現象が発生していた。空間溶解現象を調査することになったヤポリス治安本庁のヨブ・貞永とラーミカ由井は調査の結果、神鷹静香が関係していることを突き止めた。空間溶解現象は、グレム邸で静香が服用したP・アルツ剤が原因となっていた。静香の記憶の消失と共にその空間までもが無くなっていたのだ。空間溶解現象を食い止めるべく、ヨブ・貞永とラーミカ由井は静香を追いヤポリスからメフィスへと旅立つ・・・

大まかなストーリーをあえて紹介した理由は、この「サラマンダー殲滅」の持つ「二流」の匂いのする空気を体験していただきたかったからだ。ここまで読んで「なんだ、こりゃ?」と思う方にはお薦めできない。しかし「おー、なんだかこの世界観、オモシロそうじゃん」と思われる方は是非一読いただきたい。あなたが感じている「二流SF」っぽいシーンが目白押しである。あえて「二流」と書かせていただいたがエンターテイメント度合いで言えば、超一級品である。

本書の読みどころはかなりいろいろある。非常に壮大な物語なのだが、その全てが読みどころと言っても過言ではない。汎銀戦討伐という大きな幹を中心に枝葉となる物語が綴られる。そしてその物語を彩る「往年のSFによく見受けられるベタな設定」。かなり長い小説ながら、最後までトップスピードで駆け抜けるように読まされる。

読後感も良く、日本のSF界でも当時、かなり注目された作品であり、日本SF大賞を受賞している。
日本SF大賞といえば、もうかなり権威のある賞である。いつも思うのだが、日本SF大賞の選考委員の審美眼というのは素晴らしい。所謂「SF」という概念を日本SF大賞自らが崩していくという型破り的な印象を受ける。受賞作を見ても、ヒューゴ賞やネビュラ賞に負けず劣らずの傑作が並んでいる。りょーちの既読のものだと、こんな人と作品が受賞している。

・小松左京:「首都消失」(第6回受賞/1985年)
・荒俣宏:「帝都物語」(第8回受賞/1987年)
・椎名誠:「アド・バード」(第11回受賞/1990年)
・梶尾真治:「サラマンダー殲滅」(第12回受賞/1991年)
・宮部みゆき:「蒲生邸事件」(第18回受賞/1997年)
・瀬名秀明:「BRAIN VALLEY」(第19回受賞/1998年)

椎名誠さんや宮部みゆきさんって一般的にSFとあまり関係なさそうな印象を受ける方もいらっしゃると思うのだが、受賞作を読んでみるとやはり立派に「SF」になっている。椎名誠さんはSFを読むのもかなり好きなようで、受賞作の「アド・バード」も非常に奇妙な独特の世界観を創出していて楽しい。
その中で「サラマンダー殲滅」は「これでもか」というほど「ベタ&ハードボイルド」な作品である。北方謙三がSF小説を書くとこんな感じになるんじゃなかろうか?(根拠のない推測)

1991/6/3〜6/21にNHKラジオドラマにもなっているらしい。 ラジオドラマってのがまた二流っぽくって良い。最近梶尾真治がメジャーになり、往年のSFファンとしては複雑な心境だが、またベタなSF作品を楽しみに待ってます。(褒め言葉ですよ!)
■関連サイト:梶尾真治著作リスト
■他の方々のご意見:
日々是狂乱: 『サラマンダー殲滅』(上・下)
グレフルbook サラマンダー殲滅/梶尾真治/ソノラマ文庫
コンバンハチキンカレーヨ再: 梶尾真治

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2006年02月17日

東野圭吾:「パラレルワールド・ラブストーリー」 このエントリーをはてなブックマークに追加

パラレルワールド・ラブストーリー
東野 圭吾
講談社 (1998/03)
売り上げランキング: 33,122
おすすめ度の平均: 4.28
5 おもしろかった。
4 序章が秀逸だ
5 平行世界と現実世界

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、志生野温夫です(嘘です)。

東野圭吾さんの小説ではタイムパラドックスものが多い。本書もある意味ではそれに分類されるような小説だと思う。パラレルワールドとはSFなどの世界でよく持ち出される概念で、現在自分が生活している世界とは別の世界にもう一人の自分が存在する世界のことである(参考:パラレルワールド - Wikipedia)。村上龍の「 五分後の世界 」や小野不由美の「 月の影 影の海 」に始まる十二国記シリーズなどもパラレルワールドを題材とした小説だ。十二国記や五分後の世界は現在の物理学の世界では説明できないような超常現象的な形でパラレルワールドが形成されているが、ミステリー小説家東野圭吾氏の手による本書はある程度現実に則って物語が綴られる。

本書で最も印象的なシーンを挙げるならば、冒頭のシーンである。崇史が大学院時代、向かいの電車に乗っている乗客に淡い恋心を抱くシーン。東京を走る山手線と京浜東北線は双方の列車が殆ど同じスピードで平行に走る区間があるのだ。崇史は山手線を、名前も知らない彼女は京浜東北線を利用していた。

本書では二つの物語が平行世界(パラレルワールド)のように進んでいく。

大学院を卒業した敦賀崇史はアメリカにあるコンピュータメーカーのバイテック社に研究員として入社する。崇史の中学時代からの友人でもある三輪智彦とは大学時代まで同じ道を進み、大学卒業も崇史と同じバイテック社に勤務することになる。
バイテック社では新入社員の中でも特に優秀な人材をMAC技科専門学校というバイテック社が最先端技術の研究と社員の英才教育を目標として作った研究機関に送り込むことになっている。敦賀崇史と三輪智彦もMACで研究を行っているのだ。智彦は幼少の頃から足に障害を抱えており足を引きずるようにしか歩くことができない。智彦はそれをコンプレックスとして捕えていたが、そんな智彦から「彼女ができたので紹介したい」と告げられる。崇史は自分のことのように喜び、自分も女友達である夏江と一緒に食事会を開くことになった。
そしてその食事会で紹介された智彦の彼女を見て崇史は息が止まるほどの衝撃を受けた。智彦の彼女、津野麻由子は崇史が恋焦がれていた京浜東北線の彼女だったのだ。
麻由子が智彦を選んだことに崇史はショックを受けていた。智彦の足のコンプレックスを表面的には気にしていないつもりだったのだが、自分は智彦よりも上の立場に立ってものを見ていたことに気づかされる。
麻由子と智彦と同じ職場で働くことになった崇史は身を引き裂かれる思いだった。麻由子は智彦のサポート的な役割として同じテーマを担当することになる。智彦の専門は記憶に関する分野だった。

というストーリと
大学院を卒業した敦賀崇史はアメリカにあるコンピュータメーカーのバイテック社に研究員として入社する。崇史は同僚の津野麻由子と同棲生活を送っている。崇史はバイテック社で記憶に関する研究を行っている。中学時代から大学まで同級生だった三輪智彦も同じバイテック社に勤めている。最近どんなことをしているのかは分からなかったのだが、まだ会社にいるんだという印象しか受けなかった。崇史の研究は順調に進んでおり公私共々に順風満帆であった。しかし、何故自分は智彦のことをあまり覚えていないのかという疑念が生じる。そして麻由子は実は智彦の彼女だったとりありえない想像が更に矛盾した記憶がふと湧き上がる。針で刺したほどの小さな疑念が崇史を徐々に襲ってきた。そして堰を切ったように様々な事柄に矛盾が生じてきた。一体自分はどうなってしまったのか?

というふたつの物語なのだ。(ややこしい)
本書はこの矛盾した二つの物語が1章、scene1、2章、scene2といった順番で繰り広げられる。果たしてどちらが真実の物語なのか?

本書に関してはネタバレは厳禁である。物語集版までこの1章とscene1との関係が曖昧になった状態で読み進めていった。りょーちは、終盤になって「あー、そういう関係だったのかー」と気づかされた(ダメ?)。そしてその関係が分かったと同時に本書のラストを読み終え非常に切ない気持ちになった。この物語は記憶に関する難しそうな研究の薀蓄よりも二人の親友(敦賀崇史と三輪智彦)が同じ一人の女性(津野麻由子)を愛してしまったというよくある構図のラブストーリーと言えなくもない。が、物語の運び方が見事である。東野圭吾は推理小説化ではなく恋愛小説化ではなかろうか?と訝しがってしまうほどである。
記憶が混同した崇史の描写を読んでいると、今、自分がこうやってキーボードを打っているのは果たして本当のことなのかどうなのかを証明するのって非常に難しいことに気づいた。りょーちの中で「何が事実なのか?」ということを自分自身で証明することって実はできないのではないかとも思う。映画「マトリックス」などでも同じような疑念を主人公が持ったりしていたかと思う。歴史の教科書に書かれている「安政の大獄」や「大政奉還」や、まあなんでもいいのだが、そういったものは実は本当に起こったことなのかというのは今、生きている人で証明できる人は誰もいないのではないだろうか? そして人はそういった「あやふやな事実」の上で生活しているのだなあと改めて感じた。
幼少時代に「実はこの世界は全て自分の想像したもので、自分が死んでしまうとこの世界はなくなってしまうのでは?」といった疑念を誰しも一度は持ったことがあるのではなかろうか? 西岸良平の漫画にもそういった話しがあった。崇史が自分の記憶が不確かなものかも知れないと感じたときの恐ろしさは相当なものだったに違いない。うーむ、やるな東野圭吾。
TBSでドラマ化された東野圭吾の「白夜行」も推理小説というよりは恋愛小説に近いのだが、白夜行ほど、鬱屈した世界観ではない。しかし悲哀に満ちた終わり方はどの登場人物にとってもハッピーエンドではなかったように思う。ただ、ハッピーエンドではなくてもこの「パラレルワールド・ラブストーリー」はよいのだ。
崇史はこの後、どういう生活・研究を送っているのかが非常に気になるっす。


東野圭吾作品一覧

■他の方々のご意見:
「パラレルワールド・ラブストーリー」|月灯りの舞
So-net blog:ただいま読書中!(仮):パラレルワールド・ラブストーリー・・・東野 圭吾
KITORA's Blog: 「パラレルワールド・ラブストーリー」読了
ねむねむ小説:パラレルワールドラブストーリー★★★★☆
JJWorkshop [BLOG]: パラレルワールド・ラブストーリー
パラレルワールド・ラブストーリー *東野 圭吾 : ころりんぶろぐ
パラレルワールド・ラブストーリー / 東野 圭吾|活字中毒
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2006年02月14日

キャサリン コールター:「迷路」 このエントリーをはてなブックマークに追加

迷路
迷路
posted with amazlet on 06.02.14
キャサリン コールター Catherine Coulter 林 啓恵
二見書房 (2003/07)
売り上げランキング: 95,928
おすすめ度の平均: 4.25
5 奥が深い
4 軽く楽しめるミステリー
3 サビッチ&シャーロックコンビ。

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。アパッチ賢改め中本賢です(嘘です)。

MAZE(迷路)といえば、恩田陸と思われる方もいらっしゃいますが、残念。キャサリン コールターの迷路(MAZE)です。
本書を執筆したキャサリン・コールターはハーレクイン・ロマンスなどから幾つか小説を出していることからも分かるとおり、ロマンス作家ともいえなくもない。本書の中にもラブロマンスっぽい箇所かいくつも登場する。サビッチとレーシーが恋仲になるまでの四角関係などの部分だけ取ってみればミステリーっぽくないのだが本書の中ではこれらの恋愛感情がミステリーとしてのストーリーに深みを出している。

レーシー・シャーロックがFBIの捜査官を目指した理由はその苗字が原因ではなかった。7年前、彼女の姉、ベリンダ・マディガンが全米を震撼させた連続殺人事件の犠牲者となったときからその犯人を掴まえたいという思いから法科学で理学士を、犯罪心理学で修士号を取得し、FBIへの入局を許された。

FBIのロサンゼルス支局に勤務することになったレーシーの配属先は犯罪分析課であった。上司のディロン・サビッチはコンピュータを駆使し各地で起きた犯罪を多角的に分析し容疑者を捕える手助けをしていた。サビッチの開発した「MAX」というシステムは犯罪検挙に功績を挙げておりFBI局内でも注目されていた。レーシーの父は判事であり、レーシーとは異なった立場で犯罪撲滅に携わっていた。7年前にレーシーの姉を襲った犯人は未だ検挙されておらず、レーシーはFBI内で独自に捜査活動を続けようと心に誓っていた。姉を殺害した犯人は殺害方法にある特徴があった。殺害された7人の被害者に共通する最大の特徴は被害者を「迷路」の中で殺害していたことだった。その迷路は犯人の自作であった。そしてもうひとつの特徴として、犯人は被害者の舌を切り取っていた。FBIでは「ストリング・キラー」という符牒で呼ばれていた。
ストリング・キラーは7人を殺害した後、犯行に及んだ形跡はなかったのだが、最後の犯行から7年経過した今、ボストンで再びストリング・キラーと同様の手口だと思われる殺人事件が起こった。
「MAX」の与えてくれた新たな手がかりを元にレーシーとサビッチは犯人を絞り込み、迷路を作成した木材や部品などからマーリン・ジョーンズというホームセンターの店員に目星をつけた。
囮捜査としてジョーンズと接触したレーシーは迷路に連れ込まれるが、サビッチの助けもあり、見事ジョーンズを捕えるのだ。しかしマーリン・ジョーンズとの取調べでは彼が殺害したのは6人だという。6人の名前を全て記憶していた彼の口から姉の「ベリンダ・マディガン」の名前は最後まで聴くことはなかった。姉を殺した真犯人は果たして誰なのか?疑問に思っていた矢先、ジョーンズは一瞬の間隙を縫って逃亡してしまった。
マーリン・ジョーンズを再び捕まえるために再びレーシーとサビッチは捜査を再開する。ジョーンズの標的となったレーシーは「ストリング・キラー」を仕留めることができるのか? そして姉を殺害した犯人は誰なのか?

なかなかスピード感があって読者を飽きさせない。本屋で適当に買った本にしてはなかなかのアタリであった。

最初の頃のサビッチの印象は気難しいおじさんといった書き方がされていたのだが、後半レーシーとの関係が深くなっていくにつれ、カントリー好きないいおじさんとキャラが軟化してくるあたりも微笑ましい(^^;

アメリカではこのFBIシリーズは更に続編が出ており、全米ベストセラーにもなっているようだ。今後のFBIシリーズも是非読んでみたいと思わせる一作である。
作者のページ:Catherine Coulter - suspense thriller romance book author
■他の方々のご意見:
日刊・知的ぐうたら生活 - キャサリン・コールター
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2006年02月09日

三浦綾子:「氷点」 このエントリーをはてなブックマークに追加

氷点
氷点
posted with amazlet on 06.02.09
三浦 綾子
主婦の友社 (2000/10)
売り上げランキング: 210,959
おすすめ度の平均: 5
5 三浦綾子のデビュー作

りょーち的おすすめ度:お薦め度お薦め度

こんにちは、桂歌丸です(嘘です)。

名作とはこういう作品を言うのだろう。原田洋一氏の書いた、あとがきによると、三浦綾子がこの氷点を書き上げたのは1964年(昭和39年)らしい。その小説が今もなお世代を超えて多くの読者に愛されているのにはどういう理由があるのだろう。

本書のテーマとなっているのは「原罪」である。三浦綾子の言うところの「原罪」というものは奥が深い。原罪とは「人が生まれながらにして持っている罪のこと」らしい。韓非子の性悪説に近いものなのかなと思っていたがちょいと違うようだ(うーむ)。

舞台は三浦綾子の出生地でもある旭川の小さな病院。辻口病院の院長の辻口啓造は大学時代の教授である津川の娘、夏枝と結婚し、徹とルリ子という二人の子供にも恵まれた。世間から見れば収入的にも安定し幸せそうな生活を送っているように見えた。
ある日、啓造の留守中に妻の夏枝は辻口病院の眼科の医師である村井靖夫から求愛を受ける。村井と夏枝が情事に耽っている際に娘のルリ子が行方不明になる。
なんとルリ子は川原で殺されていたのだ。程なくルリ子を殺害した容疑で佐石土雄という容疑者が捕まる。佐石は発作的にルリ子を殺害してしまったのだ。ルリ子をなくしたショックと自分が村井と会っていた時に殺害された後悔とで夏枝は精神的にもかなり衰弱していた。啓造は村井と夏枝の様子から二人がルリ子の殺害時に情事に耽っていたことに気づき、夏枝への怒りを鎮めることが出来ずにいた。
辻口は夏枝よりルリ子の殺害のショックを癒すためにもどこかから女の子を貰って欲しいと懇願される。徹とルリ子を生んだ後、夏枝は子供が産めない体であったこともあり啓造は夏枝の願いを聞き入れることにした。そんな中、大学時代の友人の高木よりルリ子を殺害した佐石の娘が孤児院に預けられているとの連絡を受ける。そしてそのとき啓造の頭に恐ろしい計画が湧き上がるのだ。
佐石の娘を夏枝に育てさせる

辻口のその考えは一度は払拭したのだが、夏枝が村井と密会していたときに殺されたルリ子を思うとその思いを最後まで跳ね除けることは出来ず、結局佐石の娘を養子として貰ったのだ。このことは高木と辻口の二人だけの秘密だったのだ。
そうとは知らぬ夏枝は娘の名前を陽子と名づけ、我が子のように可愛がるのだ。陽子も母の愛情を受けまっすぐに育っていく。村井も病気で病院を去っていき辻口家には平穏な日々が続いていた。しかし、それも長くは続かなかった。夏枝は辻口が友人の高木に宛てた手紙を発見し、愕然とする。そこには陽子があの佐石の娘だと記されていたのだ。夫である辻口の自分に対する怒りを知り慄然とし、夏枝の怒りは我が子同然に育ててきた陽子へと向けられる。
それからというもの、夏枝は陽子に対して冷たく当たるようになった。頭の良い陽子は母が自分を好いていないことに薄々気づいていたが黙って耐えていた。
陽子に対する夏枝の陰湿ないじめは執拗に続く。学芸会用の服を買い与えない。給食費を与えない。卒業式の答辞を白紙にすり替える。様々な夏枝のいじめに陽子は耐える。そして陽子は新聞配達のアルバイト時に自分が貰われてきた子供だということをはじめて認識する。私は貰い子だから母は辛く当たるのか?
その後、更に歳月が過ぎ兄の徹の友人、北原を一人の男性として意識し始める。そして兄の徹も陽子が実の妹ではないことを知り、徹も陽子を一人の女性として意識し始めるのだ。
辻口家はそういった、いつ壊れても不思議ではない危険を孕んでいた。
そしてその臨界点が突然やってくる。夏枝が陽子に真実を告げたとき、陽子の取った行動は・・・

自分の娘を殺害された辻口と夏枝の元に、加害者の娘が陽子が養子になってやってきてしまったことがどの登場人物に辛い試練を与えている構図になっている。
下記の人物相関図を参照いただきたい。

amazonalert.pngamazonalert.png

夫々の登場人物が複雑に敵対(赤)/友好(青)関係にあるのだが時系列によってこの色と繋がりが微妙に変わってくる。陽子の出生の秘密が明らかになり、真実が白日の下に晒されたとき、人々はどのように受け止めるのだろう。
本作では最後に「業」や「許し」といった問題定義がなされる。そして続・氷点では、陽子の最後の手紙を起点として物語が進められていく。

氷点で着目したい点は、本書では本当の悪人は存在していないことではなかろうか? 夫々がちょっとしたタイミングで不幸な出来事に遭遇し、その不幸が更なる不幸を連鎖して生み出す。不幸の連鎖の中心には陽子がいるのだが、何の非の打ち所もない陽子が最後に母に「許し」を乞っている。純粋にまっすぐに生きた陽子が導き出した最後の行動を起点に果たして周囲の人々は何を思うのだろうか?

きっと何年か後にまたこの本を手にするだろう。
■他の方々のご意見:
みにとっとの読書録: 「氷点」
*さやかの音符帳* 「氷点」(上下) 三浦綾子(中学生?)
早稲田MBAで さようなる:『氷点』:人間の「原罪」とは何か?
うちでのこづち: 氷点
わたしのおぼえがき | 氷点
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2006年02月07日

ヘミングウェイ:「老人と海」 このエントリーをはてなブックマークに追加

老人と海
老人と海
posted with amazlet on 06.02.07
ヘミングウェイ 福田 恒存
新潮社 (1966/06)
売り上げランキング: 11,284

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、鳥羽一郎です(嘘です)。

前から気になっていたヘミングウェイの「老人と海」。これだけ有名な小説および作家なので作品名や作家名は勿論耳にしたことがあったのだが、ヘミングウェイがどういう作家で「老人と海」がどういう話しなのか全く知らずに読んでみた。読み終わった後に本書がヘミングウェイの最後の小説だということを知った。単行本の解説によると、ヘミングウェイは1899年に生まれ、1952年にこの「老人と海」を書き上げた。1954年にノーベル文学賞を受賞し、1961年に猟銃で自殺したとのこと。うーむ「武器よさらば」なのに猟銃で・・・(そーなんだ、知らんかった)。

「かなり良い」。その一言である。何故もっと早く読まなかったのか?

「老人と海」の舞台はアメリカから程近いキューバ。既に引退していてもおかしくない老漁夫サンチャゴは、この84日間全く魚を取ることができなかった。以前もこういうことがあった。そのときは少年マノーリンと一緒に漁にでかけ87日間不漁が続いたがその後は三週間ほど大量に恵まれた。少年は老人の漁の準備を手伝い老人を海へと送り出した。
サンチャゴはこれまで行ったことのないほど遠い海へと一人向かい長年の感を頼りに今度こそと大物を狙う。朝早くに港を出た今日も午後まで魚は釣れていない。
船上は孤独であり、一人ぼっちの漁では話しをするものも居らず、かつて大物を釣り上げた記憶を反芻しながら独り言を呟きながらその時を待つのだ。
そんなとき、確実に大物だと分かるアタリを手にする。それは老人が今まで漁に携わってきた中で最も大きな獲物だった。カジキマグロだ。尋常ではないその引きに老人は戸惑いと同時に大きな期待を寄せる。老人とカジキマグロの文字通り「死闘」の幕開けだった。
本書の読みどころは「老人とカジキマグロの四日間に及ぶ闘い」と「老人とカジキマグロとの会話」だろう。漁師と魚の「闘い」は「会話」と等しいのだ。四日間もの間、小さな漁船で高波に浚われながらも釣り糸を離すことなく一人巨大なカジキマグロに挑み続ける老人の孤独な闘いが圧倒的な描写で紡がれていく。
その四日間、老人は船上でカジキマグロと闘いながら色々なことを考える。彼の人生を振り返るには四日間というのは十分な時間だった。人は何か大事を成し遂げる際に「この願いが叶えば何でもする」という気になることがあるだろう。老人は敬虔なキリスト教信者ではなかったが
「でも、この魚をつかまえるためなら『われらの父』と『アヴェ・マリア』のお祈りを十回ずつやってもいい。もしつかまえたらコブレの聖母マリアにお詣りするすることを誓ってもいい。さあ誓ったぞ」

と願を懸ける(三日目にはこのお祈りは十回から百回になる!)。祈っているうちにもカジキマグロは休むことをしない。
夢の中に出てくるライオンは老人がまだやれるという意思の表れでもあったのだろう。
そして時間が過ぎていくにつれ、この巨大な忌々しい敵にある種の友情に近い感情が老人の内に芽生えてくる。しかし、この巨大な敵に心を完全に許すことはない。そして四日目、ついに老人は巨大な敵に勝ったのだ! 18フィートもあるカジキマグロを相手に一人の老人が勝ったのだ。老人にとって巨大カジキマグロの闘いは崇高なものだった。その闘いが人生の全てに等しかった。
四日間対峙した敵を船に括りつけ、帰港する間色々なことを思ったに違いない。おそらくこの釣果をあの少年マノーリンにいち早く知らせたかったに違いない。しかし凱旋気分で意気揚々としていたサンチアゴに幸運は最後までついてきてくれない。帰港中カジキマグロの血の匂いを嗅ぎ付けた鮫の大群に殆ど半分以上食い荒らされてしまうのだ。カジキマグロとの死闘の後に老人に残された体力は幾許もなく、港に着いたときには「カジキマグロだったものの残骸」が船尾にあるのみだった。あの崇高な闘いとは対照的な姿を目にしカジキマグロに申し訳なく思うのだった。
本書ではこの二つの闘い(「カジキマグロとの闘い」と「帰港時の鮫との闘い」)を老人の人生を象徴しているのではないかと思う。「カジキマグロとの闘い」は老人の若い頃の人生である。カサブランカの居酒屋で大男の黒人と腕相撲で力比べをし、見事に勝利したあの頃。そして「帰港時の鮫との闘い」は現在の老人の姿。鮫に食い荒らされたカジキマグロが老人とオーバーラップする。
そして港に着いた老人を迎えるマノーリンの優しさが一層の感動を誘う。

もう、名作です。サンチャゴのストイックな生き方は現代社会では偏屈な人間に映るかもしれない。文明社会の現在においてもサンチャゴのように不器用に生きる人々が沢山居る。そんな人に是非読んで欲しい一作である。

■他の方々のご意見:
直径 2〜1/16mm 書評 「老人と海」 アーネスト ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)
徒然と(美術と本と映画好き...):老人と海(ヘミングウェイ)
俺思うゆえに俺あり: 老人と海 / ヘミングウェイ
マーレルソサエティの読書日記: 老人と海
読書.net: 老人と海
僕のアメリカ移住スケッチBOOK 老人と海
I WILL BE A TOP ○○
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2006年01月26日

岡嶋二人:「クラインの壺」 このエントリーをはてなブックマークに追加

クラインの壺
クラインの壺
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岡嶋 二人
講談社 (2005/03)
売り上げランキング: 36,724
おすすめ度の平均: 4.67
5 時代を先取りした名作の復活です。
4 89年の作だが
5 夢中で読めます。

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。つボイノリオです(嘘です)。(どうでもいいが、何故、全部カタカナじゃないのか?)
「はじめのところから始めて、終わりにきたらやめればいいのよ」
(「クラインの壺」より)

どこからがはじめでどこまでが終わりなのか?
本書を読み終えて夢野久作の「 ドグラ・マグラ 」を思い浮かべた人も多いだろう。
本書、クラインの壺は以前紹介した、「焦茶色のパステル」を書いた岡嶋二人の合作最後の作品である。本書を書き終え、岡嶋二人は解散してしまった。惜しいことである。

タイトルである「クラインの壺」は位相幾何学の読本のわりとはじめのほうによく紹介されている幾何学モデルなので聞いたことのある人も多いだろう。Google のイメージ検索で検索するとどんなものなのかを伺い知ることができる( クラインの壺:Google イメージ検索結果 )。表にいたと思ったら裏だったというよーな壺なのだ。同じよーなものでメビウスリング(メビウスの輪)がよく取り上げられる。メビウスリングの場合は2次元の平面を無理矢理3次元方向に捻じ曲げてくっつけるのだが、クラインの壺は3次元のトーラスを4次元方向に捻じ曲げてくっつけるのだろう(←過去の記憶なので自信なし・・・)。
自分は表にいると思っても実はいつの間にか裏にいることになっている。リアルな世界とバーチャルな世界の区別がつかなくなるまで技術が進歩するとどうなるのだろう。

上杉彰彦がゲームブックに応募した作品は見事落選した。上杉の書いた「ブレイン・シンドローム」は本来ならその発表の場がなく、この世から消えてしまうはずだったのが、この応募作に目をとめた人がいた。それがイプシロンプロジェクトだった。
イプシロンプロジェクトは本社がアメリカにある会社で、現在ある大規模なゲーム機を開発していた。イプシロンプロジェクトの梶谷は上杉に「ブレイン・シンドローム」を元にゲームを作りたいと申し出た。ゲームブックがテレビゲームになるのは然程珍しくもないが、イプシロンプロジェクトが考えている「ゲーム」は上杉の想像をはるかに凌駕していた。梶谷の話した構想によると開発中のゲーム機は人がすっぽり納まるような機械の中に入り、自ら手足を動かして実世界と全く同じような体験ができるというコンセプトであった。バーチャルリアリティ(VR)の精巧なものといえばわかりやすいだろう。このVRが体験できるマシンはK2と呼ばれている。Kは開発コードのKLIENの頭文字である。内部の通り名はその形が壺に似ているため「壺」と呼んだりもしていた。
開発は当初の予定をはるかに過ぎ、上杉もその存在を忘れかけた頃、梶谷から「ゲームのモニタとして参加して欲しい」旨の依頼を受けた。溝の口にある事務所にテストで呼ばれたのは梶谷の他にもう一人いた。それが高石梨沙だった。
上杉と梨沙は梶谷に連れられ溝の口から更に車で移動する。イプシロンプロジェクトは完全な秘密主義を貫いていた。研究所の場所を上杉たちにも教えることができないため移動中も車内から外が見えないような状態で移動するのだ。30分ほど移動したの研究所に着いた。
研究室で早速二人はK2を体験した。それは驚くべき世界であった。上杉が書いたシナリオの世界が現実と全く同じように体験できる。ゲームブックでは「○○したら何ページに飛べ」とか単純な分岐になっているのだが、殆ど日常生活と変わらない世界がそこに広がっていた。ゲームの中で上杉は飛行機に乗っていた。ゲームの設定では「モキマフ共和国に潜入しバード博士が開発した人間の脳を電子回路で制御する開発の内容を調査し、もしそれが完成しているならその脅威を取り除くのだ」というのが大きな命題となっていた。上杉の書いた「ブレイン・シンドローム」と全く同じミッションだ。ゲームの中では圧倒的なリアリティでそれがゲームの中だとは上杉自身も信じられなかった。それは梨沙も同様だった。梨沙も「これが製品化されたら凄い人気になる」と興奮冷めやらぬ様子だった。
ゲームのモニターのアルバイトはほぼ毎日あり、上杉は梨沙とほぼ毎日顔を合わすようになった。上杉は梨沙を好きになりかけていたし、梨沙もまんざらではないように上杉には思えた。
そんな中、梨沙の友人であるという真壁七美から「梨沙の行方がわからない」と連絡がある。梨沙とはバイト先で別れたばかりだったが、アパートには戻ってきていないようだった。翌日バイトに行った上杉は梶谷より梨沙が突然バイトを止めたことを聞いた。自分に何も言わずやめるはずはないと思ったのだが、梨沙は来なくなった。その夜また、真壁七美から電話を受けた上杉は梨沙がバイトを止めたことを告げる。そして七美と会ってみることにした。
七美と渋谷で落ちあい、やはり梨沙の消息が知れないことを知り、二人で心当たりを探すことにした。しかし、全く行方がつかめない。そして七美と梨沙を探していくうちにイプシロンプロジェクトの全貌を知ることになる・・・

果たしてイプシロンプロジェクトの目的は何か?
梨沙はどこに行ったのか?
そして気になっていたK2から聞こえる「引き返せ・・・」という言葉の意味するところは何なのか?

本書は七美が出てきてからが面白い。ラストまで引き込まれるように読ませるそのスピード感とラストのどんでん返しがこの小説を支えているのだろう。本当に引き込まれるようにスイスイと一気に読んでしまえた。読み進めていくと第1章のことをすっかり忘れていたのだが、「そうか、そこに・・・」と納得させられる。もう5回くらいこの「クラインの壺」を読んだけどやはり名作だな。

この「クラインの壺」は、その昔NHKでドラマ化されており、りょーちはとある伝からそのビデオをお借りしてみたことがある。誰が登場していたのかわすれてしまったが、なかなか面白かった記憶がある。今検索してみたら佐藤藍子とか中山忍、嶋田久作など出てたらしい。(クラインの壺 : 評価/情報 等を参照)

どこからどこまでがリアルな世界なのかバーチャルな世界なのかの区別は分からない。哲学の認識論を紐解くと今自分が本当に存在しているのかどうなのか?という命題が出てくる。この文章を書いているりょーちも本当は存在していないのかもしれないっす。
うーむ。

■他の方々のご意見:
ひろの東本西走!?: クラインの壺(岡嶋二人)
岡嶋二人「クラインの壷」読了
闘う女達への応援歌!日記:クラインの壺 岡嶋 二人
デコ親父は減量中(映画と本と格闘技とダイエットなどをつらつらと):クラインの壺<岡嶋二人>−本を読んだ(今年7冊目)− - livedoor Blog(ブログ)
monta’s diary:岡嶋二人「クラインの壷」講談社より再発刊
お片づけ箱:[書評]クラインの壷-岡嶋 二人
Entertainment Pathfinder/エンタメ探査隊:「クラインの壷」岡嶋二人(講談社)
たこの感想文: (書評)クラインの壷
NEKO STYLE:久々の本ネタです。 - livedoor Blog(ブログ)
粗製♪濫読 : 『クラインの壺』 SFとミステリーの融合

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2006年01月24日

ジョゼフ・フィンダー:「侵入社員」 このエントリーをはてなブックマークに追加


侵入社員〈上〉
侵入社員〈上〉
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ジョゼフ フィンダー Joseph Finder 石田 善彦
新潮社 (2005/11)


侵入社員〈下〉
侵入社員〈下〉
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ジョゼフ フィンダー Joseph Finder 石田 善彦
新潮社 (2005/11)



りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。滝田栄です(嘘です)。(どうき、息切れに救心--救心製薬

産業スパイというものがいるらしい。自社に利益を齎す為競合他社の機密情報を探る刺客である。競合他社の動向はニュースや新聞などのメディアから得られる情報も少なくないがその多くはマスコミが報道した後では活用するには遅すぎる。そのため相手の会社の情報をリアルタイムで知ることが肝要だ。内部の協力者などからその情報を入手したり、盗聴器を仕掛けたりすることは簡単に思いつくだろう。勿論、これらは歴然とした犯罪行為に他ならない。そして更に踏み込んだ詳細情報を入手したい場合はどうするのか?敵の会社に自社の社員を潜入させるのだ。
通常産業スパイに抜擢されるべき人材は優秀な人材であるはずなのだが、本書に登場するスパイのアダムは自他共に認めるダメ社員。その社員がライバル会社に潜入し、しかも出世街道を驀進してしまうという楽しそうな小説なのだ。

ルーターなどのネットワーク機器を開発しているワイアット・テレコムの社員アダム・キャシディは会社の勘定系ホストをハッキングし、会社の金を横領した事実が見つかってしまったのだ。ワイアット・テレコムの創立者であるニコラス・ワイアットは「横領罪で懲役55年(!)かライバル会社のトライオンに入社し、極秘計画中のあるプロジェクトについて調査するか」という選択をアダムに突きつけた。

優秀な人間しか存在しないと評判のトライオンはワイアットテレコムの目下のライバル会社だった。ワイアットの得た情報によると近いうちにインターネットの世界を根底から変えてしまうような製品が市場に出るとのこと。
実際、アダムにはトライオンに入社するという選択肢しか残されていなかった。ワイアット・テレコムでのアダムの評価は、最低ランクでとてもトライオンに入社することは不可能であったが、ニコラス・ワイアットはアダムに産業スパイとして考えられる限りの必要な知識を叩き込み、見事アダムはトライオンへの新入社員(侵入社員)として入社したのだ。

ワイアットの助言なども受け見事トライオンに入社したアダムが最初に配属された部署はネットワーク機器開発のチームで、ノラ・サマーズというやり手の女性リーダがチームをまとめていた。ノラのチームでの目下の課題はマエストロという新製品開発を急ピッチで進めており、市場へ売り出すための最終調整で多忙を極めていた。
トライオン入社後のはじめての会議でノラにやり込められたアダムは後日開かれたCFO(最高財務責任者)の同席する会議で新製品のマエストロを酷評してしまい、ノラをはじめ社内の人間からも信頼を失いかけていた。しかしアダムの指摘したマエストロに対する意見はワイアットから得た信頼できる情報であり、最終的にはノラもその事実を受け入れざるを得なくなっていた。
アダムは本来の目的であるトライオン社の極秘プロジェクトについて更に調査すべく主要な人物のキーボードにキーボードロガー(keyboard logger)というキーボードから入力した全ての情報を入手する機器を仕掛けたりビル内のセキュリティを掻い潜り捜索を続けていた、そしてアダムはそのプロジェクトがオーロラプロジェクトと呼ばれている事実と、オーロラプロジェクトの一員であるアラーナ・ジェニングズと接触することに成功する。
アダムはトライオン社から破格の給料を貰っていたが、更にワイアット・テレコム社からも給料を貰っており、二重の収入を得ており今や自分が自由にできる資金がかなりあった。肺を患ってほぼ廃人同然の父からは「お前はダメな人間だ」と常日頃から言われ続けていたが、高額所得者になった今、自信に満ち溢れた姿を父に見せ付けた。しかし、父は息子の出世を信じるどころか逆に罵倒した。
ワイアットに急所を握られ、トライオンでも優秀な社員として振舞うことを強いられたアダムは父からも迫害を受け、心身ともに疲弊していたが潜入操作をやめることはできなかった。
そんな状態の中、マエストロの製品開発についての最終会議が開かれることになる。その会議には社長のジョック・ゴダードも同席していた。既にノラをはじめ、マエストロの開発を断念することがほぼ確定的だったが前回の会議とは逆に、アダムは製品開発をすすめるべきだと進言する。そしてこの意見がゴダードに認められ、なんと、社長のゴダードの特別補佐となることになった。仮の身分とは言え、異例の大出世となったのだ。
前途洋々に見えたアダムだったが、トライオンの社内でなんと、ワイアット社に勤めていたケヴィン・グリフィンに遭遇してしまったのだ。ケヴィンはアダムの横領の事件も知っていた。そして勿論優秀な社員などでないことも・・・

アダムはこの危機をどのように乗り越えられるのか?
オーロラプロジェクトの全容は何か?
そして最終的にアダムの運命はどうなるのか?

トライオンでのアダムの出世街道の軌跡が、深見じゅんの書いたマンガの「悪女(わる)」に似ている。悪女(わる)の場合は、田中麻理鈴が一目ぼれしたT.O.さんに合うために自ら出世街道を進み行くという能動的なサクセスストーリーだが、本書の場合はそれよりもやや受動的である。そこが斬新で面白かった。日本でドラマ化されたらアダム役には若き頃の植木等が適任であろう(違うか?)。

本書の上巻の帯には
この小説に登場するすべてのスパイ技術は本当に存在します。使われた小道具などは、ほとんど違法なものですが、インターネットなどで入手できます

と紹介されている。
日本ではこういう話しってあまり聞かなかったりするが、アメリカでは産業スパイというのは一般的になっているっぽい。本書で登場するライバル会社トライオンの経営者、ジョック・ゴダードのキャラが素晴らしい。本当にこういう経営者がいると恐ろしいのだが(表の顔と裏の顔も含めて)日本では先ずいないであろう。ゴダードの薫陶を受けたトライオン社の社員はかなりモチベーションが高いレベルで仕事を遂行しているであろうと思われる。こういった圧倒的な吸引力を持つ人間を書くのは意外と難しいと思うのだが違和感なく書けていると感じた。
小説のラストは賛否両論わかれるところだ。如何にもアメリカの小説っぽい終わり方だなとは思うが、父の生き様に最終的に心動かされるアダムの姿は感動的だった。

ワイアット社もトライオン社もネットワーク機器を開発・販売する会社として書かれているのだが、専門用語などはとりあえず意味が分からなくても読みすすめることができる。ある程度の専門用語が飛び交うことでリアリティを浮き立たせることに成功している。
日本でも最近、企業買収などでドラえもんに似た人がいろいろ話題になっているようであるが、生々しい企業小説でなく読み終えた後に軽い笑みが漏れる良作である。
posted by りょーち | Comment(2) | TrackBack(2) | 読書感想文