2007年04月27日

ダン・シモンズ:「イリアム」 このエントリーをはてなブックマークに追加

イリアム
イリアム
posted with amazlet on 07.04.27
ダン シモンズ Dan Simmons 酒井 昭伸
早川書房 (2006/07)
売り上げランキング: 58019
おすすめ度の平均: 5.0
5 SFと純文学
5 ストーリーテラーとしてのシモンズ

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、ピグモン勝田です(嘘です)。

ダン・シモンズ買っちゃいましたよ。「イリアム」。

先ずはじめに一言・・・

長い!
重厚長大なのは分かるが、ただ、ひたすら長い。2段組で750ページだよ!
長過ぎ。

ダン・シモンズは以前、ハイペリオンシリーズを読んだことがある。
「ハイペリオン」「ハイペリオンの没落」「エンディミオン」「エンディミオンの覚醒」と、これまた4部作で「長い!」と思い、「今後、ダン・シモンズを読むのは相当気合を入れなければ・・・」との教訓がりょーちの中にあったのだ。
購入した時点で薄々「あー、こりゃ読むのに苦労するな」と思ったが前半部分はやはりかなり苦労した。ってのは読んでみると分かると思うが、この世界観を把握するまでにそうとう時間がかかるっす。

後書きに記載されていたので抜粋すると、
A. イリアム(紀元前12世紀頃)
トロイア戦争における、人間の軍勢と神々入り乱れての合戦譚
B. 地球(いまから数千年後)
未来の地球で飼い殺しにされている旧人類の、真理探究の物語
C.火星(いまから数千年後)
火星の量子攪乱を調査しにきた、木星系半生物機械の冒険物語
(イリアム後書きより)

この3つの物語がストーリーの前半部分では夫々別々に進行していく。

オリュンポスの神の力で20世紀からやってきた歴史学者のホッケンベリー。
未来の地球で生活する古典的人類のハーマン達(ポスト・ヒューマンと呼ばれている)
火星探索にやってきた、半生物機械モラヴェックのマーンムート、オルフ達。
そして、ゼウスをはじめとする、オリュンポスの神々達。

イリアムというのは日本人には耳慣れないことばだが、ホメロスのイリアスのことである。って言っても、「ホメロスもイリアスもなんのことでしょう?」的なところから読み始めてしまった。ハイペリオンシリーズを読んでいるときもキーツのことなど知らずに読み始めたし「何とかなるかな?」と思っていたが、かなり苦戦した。

実際のところ、読み終わったが実はなんだかよくわからないうちに終わったという実感がある。
えーっと、ディーマンたちは結構未来の人間でポストヒューマンって呼ばれて、100年しか生きることができなくて、20年毎に「蘇生院」なるところでメンテナンスをして、第5の20代が終わると、いなくなる?
ホッケンベリーは神々の元でトロイアの戦争を記録するんだけど、ホッケンベリーは元々20世紀後半に生まれて、それが何故か紀元前12世紀頃につれてこられて、しかもアテナを暗殺するように依頼されて、ハデスの兜とかメダリオンとかを使ってQTしまくって工作員さながらに暗躍している?
マーンムートとオルフはコロス三世たちと一緒に火星の探索に出かけたが事故で残ったマーンムートとオルフはLGMという緑の小人に助けられ、火星のイリアム平原を目指す?
ん、サヴィは結局なんだったのだ?
あと、プロスペローってのは悪い奴だっけ?
ん、違うよ、それはキャリバンだよね? っと、キャリバンってハイペリオンのシュライクみたいな奴だよね?
「あれ? あれ?」
ってな感じで気がつくとページが終わっていた感じ。
うーむ、何か読んでいるうちは世界に浸れるっぽいのだが、全体のストーリーと3つの物語の関係性がいまひとつわからないまま終わってしまったって感じ。
後書きを読んでみても、うーむ。よくわからんかった。
なお、後書きに紹介されているイリアム(とオリュンポス)のまとめサイトがあるとのことなので、ちょいと見てみた。

英語だった・・・orz

多くの人々の感想文などをGoogleで検索してみたが、深く突っ込んで記載しているサイトはあまりなかった。
次回作のオリュンポスも既に出ているよーであるが、買わないかもしれないな・・・

■他の方々のご意見(やっぱ長い!とのお言葉が多い?)



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2007年03月22日

フリア・ナバロ:「聖骸布血盟」 このエントリーをはてなブックマークに追加

聖骸布血盟 上巻
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聖骸布血盟 下巻
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フリア・ナバロ 白川 貴子
ランダムハウス講談社 (2005/09/15)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、阪急ブレーブスの亜仁丸レスリーです(嘘です)。

聖骸布ってのは日本人にはあまり馴染み深いものではないと思う。簡単に言えば聖骸布とは磔(はりつけ)にされたイエス・キリストの亡骸を包んだ布のことである。現在トリノの聖ヨハネ大聖堂に保管されているっぽい。Wikipediaによると C14年代測定によるトリノの聖骸布の作られた年代は1260年から1390年の間の中世に作られたモノという結果が出ている。
単にキリストを包んだ布なんだねぇと思うことなかれ。世界の不思議満載の X51.ORG にあるこの写真を見て欲しいっす。



なんとこの布には、キリストの顔が転写されているというのだ。うーむ、写真を見る限り人の顔にも見えなくはないが、真偽のほどはどうなのか? 私も含めて一般的に日本人にはキリスト教はあまり馴染み深い宗教ではないと思うのだが、欧米諸国ではキリスト教が生活の一部になっている国も多いため、キリスト教に関しての小説なども当然よく書かれている。本書の作者「フリア・ナバロ」はスペインの作家(女性?)。スペインもおそらくキリスト教国なのであろう。

で、話しの流れはこんな感じ。(本書あらすじ参照)
聖骸布が保管されているトリノ大聖堂で火災が発生した。火災現場から発見されたのは「舌のない男性」の焼死体だった。2年前にトリノ大聖堂に忍び込んだ犯人にも舌がなかった。彼らが狙うのは「トリノの聖骸布」。犯人達が聖骸布を盗もうとする真の目的は何か?
って、何かどっかで聞いたことのあるよーな感じだねぇと思ったら「ダヴィンチ・コード」っぽいじゃん? 「おっ、これは面白いのか?」と結構身を乗り出し気味に読み始めたのであるが読み終わってみてなんだか不完全燃焼って印象が否めないっす。
イタリア美術品特捜本部長のマルコ・ヴァローニ、ジャーナリストのアナ・ヒメネス、美術館特捜部員のソフィア・ガローニ、その他、登場するキャラにことごとく感情移入できなかったっす・・・orz。
また、感情移入できなかったもうひとつの要因が、マルコ率いる美術品特捜本部と共同体、テンプル騎士団という三つの組織がひとつの聖骸布を巡り右往左往するというストーリーがなんだかとても複雑で読んでいて「えーっと、あなたは誰でしたっけ?」といった形で何度もページと人物相関図とを行ったり来たりしてしまったことである。(って、これは私の頭がよろしくないだけなのだが・・・orz)

全編を通じてなんとなくB級映画的な印象を受けたのはどうも私だけではないようである。これを読むなら素直にダヴィンチ・コードを読んだほうがよいかも。

■他の方々のご意見(意見がバラバラだが結構読んでいる人がいるんだねぇ)
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2007年03月20日

LOST Number 4 8 15 16 23 42 DHARMA ? このエントリーをはてなブックマークに追加

LOST シーズン1 DVD Complete Box
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こんにちは、宇津井健です(嘘です)。

ってことで、遅ればせながらLOST SEASON 1 を読み終わった。今、やっとSEASON 2に入ったっす。
超有名なので説明するまでもないが、簡単にストーリーを書いてみると、飛行機事故で見知らぬ島に不時着したメンバーが救助を求め島で生活をし始める。
医師のジャックや犯罪者のケイト。イラクの兵士サイード。怪しい老人ロック。その他様々な面々が時に衝突し、時に力をあわせてこの危機を乗り越えようとする。

かなり面白い。オモシロさの理由は幾つかあるのだが、やはり謎に満ちた島とそこに住むアザーズ(others)の存在。そして謎の数字「 4 8 15 16 23 42 」とハッチに書かれたDHARMAとは?
本国アメリカではすでにSEASON 3に突入しているっぽい。LOSTの秘密に迫るため、視聴者達がいろいろなWebサイトでLOST Numberについていろいろ議論しているのが結構面白い。
この数字の意味するものは何なのか?
はじめに思いつくのはやっぱり数字を足してみると何かわかるのかなと思い足してみる。
4+8+15+16+23+42 = 108

この108はロックが見つけたハッチを開いた先にあるコンピュータでカウントダウンされる数字の108分と一致する。
オーシャニック航空815便という便数にも8と15というLOST NUMBERが使われている。
もしかするとその数字には何の意味もないかもしれないが全世界がこの6つの数字に注目していることであろう。。

一方ハッチに書かれていた謎の文字DHARMAはおそらく達磨を意味しているのではなかろうか? 念珠の知識 を見てみると、念珠の珠の数は108らしい・・・
母珠はまた達磨(だるま・たらま)ともいい、梵語 dharma つまり法を意味します

うーむ。
むむ、AからZまでに数字を振ると、Dは4番目Hは8番目ってことは「4,8,15,16,23,42」だから、「D,H,O・・」違った・・・orz
数字の意味するものは何か? その謎を解いたときに何が起こるのか? 島の正体は?
うーむ、どうしても続きが気になるっす。

Googleでこの「 4 8 15 16 23 42 」で検索してみるといろいろ面白い考察がされているっす。
LOST Number考察ページ
うーむ、しかし、こんなのまで作っちゃうって、やっぱアメリカ人、凄すぎるっす。
Lost Numbers (Black LW Tee)
直ぐにSEASON 2を読まなければ・・・
LOST シーズン2 COMPLETE BOX
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2007年03月19日

服部真澄:「バカラ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

バカラ
バカラ
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服部 真澄
文藝春秋 (2005/06/10)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度
こんにちは、牧村三枝子です(嘘です)。

かなり前に読んだ、服部真澄の「バカラ」を再読してみた。

この本が出版されたのは002年。服部真澄は予知能力者なのかと思うほど、未来を正確に予測しているっす。(勿論すべてあたっているわけではないのだが)。

本書のタイトルでもある「バカラ」とはご存知の方も多いと思うが、トランプを使ったカードゲームである。マカオやラスベガスなどの公営カジノなどではよく遊ばれているゲームらしい。日本ではおそらく「お金をかけて遊んではいけません」というゲームだと思われるが、東京のアンダーグラウンドでは実は密かに遊ばれているのではないかと推測する。テレビなどでよく「警視庁24時」とかで摘発されている映像などはおそらくバカラ賭博ではないかと思われる。日本では禁止されているこのカード賭博であるが、数年前に一時期「カジノを合法化してお台場に作っちゃおう」的な運動が起こっていたと思うのだが、今はどーなっているのやら?

で、肝心の本書の感想なのだが、どーもいまひとつしっくり来なかった。確かに先見の明はある。エンターテイメント小説として闇社会の暗部にメスを入れ、世の中に一石を投じる一作になってはいる。テーマとしても公営カジノ解禁による巨額の利益に群がる投資会社、政治家という基本構造とそれに対峙するメディアという分かりやすい構図。裏切り、そしてどんでん返しと至れり尽くせりのはずなのだが、読み終わって、上記のとおり、上手く時代を先取りしているなぁとは思ったのだが・・・

理由は大きく三つあるっす。
ひとつは、本書を手にしたとき、バカラ賭博がもっと前面に出て「胴元と客の微妙な駆け引き!」とか「賭博上での一世一代の大勝負で大どんでん返し!」とか勝手な想像をしていたが、ふたを開けてみたがちょいとイメージが違ったからってのが理由のひとつ。
もうひとつは、やはり服部真澄といえば「世界的な秘密、謎、巨悪に向って世界を駆け巡り、無手で立ち向かう無謀な主人公」というストーリーを期待してしまう。そういった意味で本書は「龍の契り」や「鷲の驕り」とまでの国際色がもうひとつ見えてこなかったこと。服部真澄には世界が似合うっす。
最後に、物語の中でその場その場で主人公と思われる人の視点が変わるような印象を受けたことかな。換言すれば日継に主人公としての器がなかったよーな気もする。

出版当時に本書を読んだときには「おー、日本の将来ってこんなになっちゃうの?」的な新鮮さは味わうことができ、その点では十分及第点であるといえるであろう。

しかし「服部真澄の実力はこんなもんじゃないんだろーなー」と信じて疑わないりょーちだったが、最近は服部真澄の国際色豊かな作品を目にしていないっす。

なお、りょーちは知らなかったのだが、いつの間にか日テレでドラマになっていたらしい(見ればよかったよ・・・orz)

日継育が渡部篤郎かぁ・・・。里奈の小沢真珠ってのは結構しっくりくるっす。志貴大希の西村雅彦も破滅が似合いそう。今春からTBSで放映されている山崎豊子原作の「華麗なる一族」でも、やっぱ、西村雅彦は破滅気味だし。
バカラ、再放送しないかなぁ・・・

■他の方々のご意見(絶賛している人もいるのだが・・・)
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2007年03月16日

梁石日:「カオス」 このエントリーをはてなブックマークに追加

カオス
カオス
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梁 石日
幻冬舎 (2005/09/09)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、山岡久乃です(嘘です)。

うーむ、結局何に焦点を当てた物語なのかいまひとつ分かりづらかった。二軸のストーリーが平行して走っている感じっす。ただ、読んでいる最中は興味深く読むことができたかな。

在日韓国人の李学英(ガク)と金鉄治(テツ)は新宿歌舞伎町でヤクザにも一目置かれるほどの腕っ節の持ち主。ガクとテツはある日、劉周達という中国人から漢方薬を買わないかという話しを持ちかけられる。はじめは漢方薬なんて誰が買うのかと訝しがっていたガクとテツだったが、二、三ヶ月で一億五千万ほども儲かるとの話しを聞き、真剣に考え始めていた。
テツはタマゴというニューハーフと付き合っていた。タマゴは以前男だったとは思えないほど女性らしく、かなりの美貌の持ち主だった。ガクはタマゴを見てある考えを思いついた。それはタマゴをホステスにして店を出すというものだった。更にガクはあるクラブで見た今西沙織というクラブ歌手にもその店にスカウトすべくアタックを仕掛け始める。
そんな中、高田馬場で中国人とヤクザの抗争があり、劉周達がどうやら狙われているらしいことを二人は知る。どうやら麻薬取引のもつれが原因のようである。そして、それが元で本来無関係だったガクとテツも狙われ始める。
ガクとテツはこの苦難にどう立ち向かっていくのか・・・

本書はこのガクとテツたちが有名中華料理店「龍門」を巡り、マフィア、ヤクザたちと対決していくというストーリーと、ニューハーフのタマゴが本物の女になるためにありとあらゆる神に祈り続けるという二つのストーリーが平行して進んでいく。

まあ、小説なのでよいとは思うのだが、嘘もここまで来ると結構すごい。なにしろ、ニューハーフのタマゴが妊娠するってどーいうこと?一心不乱に巫女の神託に耳を傾けるタマゴの願いが通じたのか、果たしてタマゴのお腹は日に日に膨らみ続ける(マジですか?)どういう原理なのか読んでいて全くわかんなかったっす。宗教は性別をも越えるってか?
りょーち的にはどちらかといえば、ガクとテツたちの戦いの部分よりも、タマゴがどーなるのかってのをかなり興味深く読んだっす。タマゴの中身が孵化するのかどうかは読んでのお楽しみ。

タイトルは「カオス」でなくてもよかったよーな気がする。
梁石日の本にしてはライトな感覚で読める一冊かと思われるっす。

■他の方々のご意見(あまり読まれてないけどオススメなのか?)
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2007年03月15日

梅原克文:「カムナビ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

カムナビ〈上〉
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梅原 克文
角川書店 (2002/11)
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カムナビ〈下〉
カムナビ〈下〉
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梅原 克文
角川書店 (2002/11)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、稲川淳二です(嘘です)。

ってことで多分あまり誰も知らないと思われる作家、梅原克文の「カムナビ」を再読してみた。
梅原克文の本でりょーちが最も素晴らしいと思っている作品は「二重螺旋の悪魔」なのだ。で、梅原克文はその後、この「カムナビ」を世の中に送り出してから2001年9月に「サイファイ・ムーン」を出したっきりあまり姿を見なくなった。うーむ。やはり二重螺旋の悪魔を越える作品はもう出てこないのであろうか・・・

多分梅原克文はSF作家だと思う。本書「カムナビ」では日本の古代史を軸として地球外生命体と戦っちゃうよーなスケールとしては非常に壮大な物語だったりするのだが、どうもあまり感情移入できなかったっす。なので、感想というより愚痴っぽくなってしまうのだった(うーむ)。

邪馬台国は日本のどこにあったのか? この研究に一生を費やしている研究者はかなり多い。葦原志津夫もそんな研究者の一人であった。志津夫は考古学者の竜野助教授より失踪した父の正一の手かがりがあるとの情報を受け、茨城県の石上遺跡にやってきた。
しかしそこで見たものは竜野教授と思われる男の死体であった。警察の現場検分によるとかなりの高温で焼かれないとこのような死体にはならないとのことだった。志津夫は竜野と父の話とは別にもうひとつの約束をしていた。それは「前代未聞の土偶」を見せてくれるということだった。日を改めて竜野の研究室に赴いた志津夫は研究室で一枚の写真を見つけた。そこに映っていたのはヒスイのように青いブルーグラスの土偶の写真だった。
竜野が分析を依頼したクロノサイエンス社の分析官大林は志津夫の大学時代の同期であり、竜野からの分析依頼は大林が受けていた。大林が鑑定したその土偶の年代は今から3000年ほど前の弥生時代であるようだ。しかし弥生時代にはこのブルーガラスの土偶を製造できるだけの温度を上げる技術はまだ存在しなかったはずだった。C14(カーボンフォーティ)の年代測定にはほぼ間違いないはずなので、この土偶は所謂オーパーツともいえる代物なのだ。
そしてその不思議な土偶と父の失踪とは切っても切れない深い関係があるようだった。
果たして土偶の正体とは?そして謎の現象カムナビとは?

うーむ。面白くなりそうな要素はかなりあると思うのだが・・・
ブルーガラスの土偶を狙う安土真希や、「チ」を使う謎の少女稲川祐美、伊勢神社に奉納されている天叢雲剣(草薙の剣)に付随する八岐大蛇の伝説など、随所にワクワクする要素が散りばめられているのだがそれらが最後に尻すぼみになって消化不良のような形で終焉を迎えてしまっているのが惜しいっす。
旧辞(くじ)、日本書紀、古事記といった古い文献についての考察も些か説明的すぎるのは仕方ないとは思うが、登場人物もなんだか画一的な印象が否めないし「どーした、梅原克文」って感じである。上手くまとめようとして返って話が矮小化してしまったきらいがある。もうちょっとこれぞサイエンスフィクション的な誇大な嘘話でもよかったのではないかと生意気にも思ったのであった。
サイファイ・ムーンを読むべきか否かを現在検討中である。むむむ。

■他の方々のご意見(結構真っ二つに意見が分かれている?)
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2007年03月14日

梨木香歩:「西の魔女が死んだ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

西の魔女が死んだ
西の魔女が死んだ
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梨木 香歩
新潮社 (2001/07)
売り上げランキング: 9084

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、秋野暢子です(嘘です)。

/* 追記:2006/3/22 ここから */
アスミック・エース エンタテインメント/お知らせを見ると、梨木香歩さんのこの「西の魔女が死んだ」が映画化されるようです!
監督:長崎俊一
原作:梨木香歩 「西の魔女が死んだ」(新潮社刊)
制作:アスミック・エース エンタテインメント
配給:アスミック・エース


長崎俊一さんといえば、坂東眞砂子さんの「死国」や桐野夏生さんの「柔らかな頬」の映画監督っす。おどろおどろしい感じの作品が多い印象だが、この心あたたまるよーな「西の魔女が死んだ」をどう見せるかが注目かも。
/* 追記:2006/3/22 追記ここまで */

本書は登校拒否児となったまいがおばあちゃんこと「西の魔女」との生活により何かに気づき成長していくというストーリーである。とても分かりやすいストーリーで且つ読後に幸せな余韻に浸れそうな素敵な本である。

西の魔女というフレーズを聞くとどうしても「オズの魔法使い」を想像してしまう。しかしこの物語はそういった怪しげな魔術の類は登場してこない。
主人公のまいは中学校に上がってすぐに学校に行くことができなくなった。持病の喘息に端を発し、まいは所謂登校拒否児となる。
そしてまいはママのママ(つまりおばあちゃん)の住む田舎で暫くの間暮らすことになった。おばあちゃんはまいを快く迎えてくれ、そしてその日からおばあちゃんこと「西の魔女」とまいとの生活が始まった。イギリス人の祖母のおばあちゃんはおばあちゃんのおじいちゃんが日本びいきであることから日本に興味を持つようになり、イギリスから日本に英語教師としてやってきた。そして日本人と結婚しまいのママを生み、いまでもイギリスに戻ることなく日本で生活しているのだ。
おばあちゃんとの生活がはじまり、まいは野いちごを使ったジャム作りなどを手伝ったり田舎でのんびりと過ごし始めた。
そんなおばあちゃんはまいに魔女の話しをする。おばあちゃんの祖母は実は魔女であったらしい。魔女といってもおとぎばなしに登場する杖を持ち、怪しげな魔法を操るような魔女ではない。人間が本来誰でも不思議な力を持っている。現代社会においてそれは忘れ去られてしまってはいるが、誰もが持つ不思議な力が弱っているだけなのである。その力はまいにもあるとも言っていた。昔の人は人生の達人(ライフマスター)を指して魔女と言ったのかもしれない。
まいは祖母に「魔女になる修行をしたい」と懇願する。魔女になれればいじめられたりすることもなくなるであろう。まいの申し出をおばあちゃんは快諾し、その日からまいとおばあちゃんの「魔女修行」がはじまった。
スポーツにでも何でも上手くなるためにはまず基礎が必要である。魔女になるための基礎とは精神力を鍛えることである。といっても特別なことではない。第一歩として「早寝早起きをし、食事をしっかりとり、運動をして規則正しい生活を送る」という訓練からであった。まいにとってはこの訓練はとても難しいことであった。更にまいにとって田舎での生活は町での生活とはかなり違い、洗濯一つにしても全自動洗濯機ではなくたらいの中で足踏みをする方法だったり、ひとつひとつが不便な生活である。
最初は戸惑い気味のまいも段々田舎での生活に慣れてき始める。生活の中でまいは「何でも自分で決める」ということを身に付け始めつつあった。まいはおばあちゃんとの日々の生活で生きていくのに必要なモノの考え方が身に付いてくるのだ。そういったモノの考えかたをよく知っている者こそがその昔「魔女」と呼ばれていたのではないかと思う。
魔女との生活によりまいが体験したことはおそらく一生ものの宝物になったことであろう。現代では核家族化が進み、親子三世代でいろいろ話しをすることも少なくなってきているとは思うが、学校での教育とは違った観点で子供が成長するにはやはり家族同士のコミュニケーションは当たり前だが重要なのであろう。
また本書では人の死生観についても書かれている。「人間は死んだらどうなるのか?」という疑問は大人でもちょっとそう簡単には答えることができないであろう。魔女の考える死生観も非常に興味深い。
年頃の子供を持つお父さん、お母さんなどや、小学校の高学年・中学生などにも是非読んで貰えるとよいのではないかと思う。
おばあちゃんの最後の言葉がなんだかとても切なくて可愛くて泣けるっす。

■他の方々のご意見(やはり絶賛である)
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2007年03月13日

有川浩:「図書館危機」 このエントリーをはてなブックマークに追加

図書館危機
図書館危機
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有川 浩
メディアワークス (2007/02)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、佐倉しおりです(嘘です)。

ってことで、有川浩の「図書館危機」を読んでみた。

前々作の「図書館戦争」、前作「図書館内乱」に続く第三作目。タイトル的には「戦争」→「内乱」→「危機」と次第に状況は緩和されているよーな印象を受けるが、我らがヒロイン笠原郁(ちょいと体格良すぎのヒロインだが)の前途は多難である。
前作「図書館内乱」では郁が図書隊に入隊したきっかけでもある王子様の正体が直属の上司の堂上教官だということを同僚の手塚の兄の手塚慧から知らされたところで終わっていた。読者としては「これで郁と堂上との仲も急接近?」と思ったが、堂上も郁も恋愛に関しては子供。ヤキモキさせる場面が以前よりもかなり増えたがそこらへんの匙加減が作者の有川浩の計算高い作戦であろう。図書館シリーズは次回作でひとまず終焉を迎えるらしいが、多分りょーちの予測では
「郁と堂上は晴れてお互いを分かり合い恋人になってハッピーエンド!」
ってストーリーはありえないと思われる。そうですよね?有川さん?

図書館内に出没する痴漢に小牧の彼女の鞠江が被害を受け、犯人逮捕に協力したり(郁の制服姿って「女装?」とか思ったけど違った^^;)昇任試験で手塚が意外な弱さを見せたり、その手塚はいつの間にかクールな女性柴崎と意外にも仲良くなり恋愛にも発展しそーな雰囲気を見せたりと第三作目に入り、キャラが固定した分、そのキャラの特徴(特長?)を活かして縦横無尽に暴れまくっているっす。

本書でちょいと興味深いなぁと思ったのは「ねじれたコトバ」の逸話である。「床屋」というのは差別用語でこの言葉どおりに出版するのはけしからんとメディア良化委員会からのお達しがあり、玄田と親しい間柄にいる折口マキの出版する週刊新世相でのインタビュー記事が改変されることになる。インタビューを受けた売れっ子俳優の香坂大地は自分の祖父の仕事は紛れもなく床屋であって、この言葉を利用できないことに憤りを感じていた。こういった「何故この言葉は差別用語なの?」と言う言葉は現在でも多々存在している。その言葉を利用する、利用されることで不快に思う言葉はあまり利用しないほうがよいとは思うが、確からしい根拠もなく利用する言葉を抑制することは過剰反応だと思う。
Wikipedia によると「差別用語」とか「放送禁止用語」についていろいろ記載されているのだが、発言者と受け取る人がその意味や経緯などを正しく理解していないとよろしくなさそーな気がするっす。例えば、「ちびくろサンボ」のタイトルが変わったってのはちょいとやりすぎのよーな・・・
まあ、本書ではこの香坂と図書隊達の活動によって、メディア良化委員会に一石を投じるきっかけになったのではあるが、今の日本でも十分に起こりうることなのでちょいと考えさせられたっす。
なお、りょーちとしては稲嶺司令の勇退が残念でならないっす。更に完全にサブキャラと認識していた柴崎が実は第四作ではどうも話しのキーポイントになってきそうな雰囲気を残しつつ最終巻に突入っすか? こういった余韻の残し方って上手すぎるっす。こんなことされたら、絶対に第四作も買っちゃうじゃないですか。有川さん、あんたホントに商売上手且つ素晴らしい作家っす!

■他の方々の意見(「次回が最終巻なんて!」と涙する人多し!)
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2007年03月12日

桜庭一樹:「赤朽葉家の伝説」 このエントリーをはてなブックマークに追加

赤朽葉家の伝説
赤朽葉家の伝説
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桜庭 一樹
東京創元社 (2006/12/28)
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りょーち的おすすめ度:お薦め度お薦め度

こんにちは、東京丸・京平です(嘘です)。

この物語のジャンルは何なんだろうとふと考えてみると読み終わった今でもなんだかよくわからない不思議な物語である。
紅緑村の赤朽葉家に嫁いだ万葉(まんよう)の超能力ともいえる不思議な力が物語のコアな部分となってはいるのだが、山陰地方のとある村の昭和期の記録とも読めるし、親子三代にわたっての伝記とも読めるが、終始一貫して不思議ワールドであるのは間違いない。
物語は三部構成となっており、第1部は祖母の赤朽葉万葉、第2部はその娘毛毬(けまり)、第3部は毛毬の娘である瞳子(とうこ)が主人公となり、全ての物語は瞳子の回想録として紡がれている。

昭和初期、鳥取県にある紅緑村に住む捨て子の少女は幼き頃から自分には不思議な能力があることを知った。それは未来を予知できる能力であった。少女は地元紅緑村で製鉄業を営んでいた赤朽葉家の当主の嫁タツに見込まれ、自分の息子と結婚し赤朽葉家に入るように示唆する。少女は未来が見える千里眼の持ち主ではあったが、学はなく、文字すら読むことができなかった。それが元で学校ではいつも一人ぼっちであり、特に黒菱造船の娘、黒菱みどりとにはことあるごとにいじめられていたが、ふとしたことでみどりとはその後数十年もの間、唯一親友と呼べるほどの仲になっていく。
タツの言葉どおり、数年後に赤朽葉家に嫁いできた万葉の心の中にはあるひとつの印象的な予知が頭に残っていた。それは「見知らぬひとつ目の男が空を飛んでいく」未来視であった。未来視で見た男は結婚後すぐに赤朽葉家で会うことができた。男の名前は保積豊寿(ほづみとよひさ)と言い、赤朽葉製鉄の職工であった。男の目はまだ両方あり、万葉は遠い未来、豊寿が隻眼になるであろうことを憂い「目を大事にするように」と進言した。しかし、万葉の助言の甲斐もなく、豊寿はある日隻眼になった。溶鉱炉の事故を止めるために作業をしていた豊寿の目に熱いものが飛び散り、目が溶け落ちた。
この頃から万葉は口伝に千里眼の持ち主であることが周囲で噂になりつつあった。
万葉の能力はその後も消えることなく、万葉の初めての出産の日、産み落としたわが子「泪」の一生を予知してしまった。その未来はあまりにも暗い未来であった。泪は同性愛者であり、ある日山に登りそこで遭難して死んでしまうのだった。万葉はそれ以来もっと沢山の子供を生まなければという使命感に駆られ、娘の毛毬を産んだ。毛毬の出産のときは万葉は娘の未来を見ようとしなかった。
そしてその頃女中の真砂(まさご)が百夜を産んだ。百夜の父は万葉の夫の曜司(ようじ)である。曜司と真砂は密かに通じ合っていたのだ。そしてその子供百夜もその後寝取りの血筋とも呼ばれるまでに万葉の子供、毛毬の男を寝取っていく。

タツの命令で、万葉は妾の子、百夜を育てされられることになってしまった。同じ頃に生まれた娘の毛毬。毛毬が生まれて1年後に生まれた娘の鞄(かばん)など赤朽葉家にも随分人が増えてきた。
娘の毛毬は万葉のような千里眼の持ち主ではなかったのだが、唯一不思議なこととして、真砂の産んだ娘の百夜の姿が見えなかった。文字通り視界からも見えず、その存在さえも認識できないのだ。毛毬が中学に上がる1980年前後は混沌とした時代であった。巷ではレディースと呼ばれる女性暴走族が流行り、毛毬は豊寿の弟の子供(姪)の保積蝶子たちとつるみ、山陰地方を牛耳るまでの勢力になっていった。毛毬も蝶子もルックスがよく周囲からの評判も高かった。特に蝶子に至っては成績もよく、中学を卒業するまでにレディースは卒業すると周囲に明言していた。毛毬たちの噂は県を越え、全国的にもかなり知られるまでになっていった。そんな毛毬にも恋人ができた。野島武は紅緑中学の総番で顔はお世辞にも良いほうではなかったが強い人間に憧れていた毛毬と武は惹かれあって恋人になっていった。毛毬はその後も勢力を拡大し、ついに中国地方を制圧するまでになったが、突然引退することを決めた。
引退後毛毬は何故か漫画家になった。毛毬の書く漫画は中学時代の体験を元にした暴走族をテーマに「あいあん天使(えんじぇる)!」という漫画を書いた。これが見事に世間に受け入れられ見る間に毛毬は有名漫画家の仲間入りを果たす。毛毬はこの頃、タツが決めた男の美夫と結婚した。この頃連載が忙しくなっていた毛毬はタツの連れて来たこの男とすんなり結婚し、まもなくして瞳子を産んだ。毛毬の書いた「あいあん天使(えんじぇる)!」はその後12年もの歳月連載されるというロングセラーとなったのだ。しかし、瞳子が9歳になった頃、その連載の最終回を書き上げると毛毬はあっけなくこの世を去っていった。

そしてこの物語の瞳子の時代である現代。瞳子は祖母の万葉のような超能力もなく、母の毛毬のようなクリエイティブな才能もなかった。瞳子は祖母万葉の死に際に万葉が告げたある言葉が頭を離れなかった。万葉は「人を一人殺した」と瞳子に告げ、この世を去っていった。瞳子は祖母の万葉が誰を殺したのか検討が付かなかったのだが、祖母の話を元に周囲の人間一人一人の死を再度洗出していくことにした。
そして瞳子が最後にたどり着いた結末とは・・・

日本の昭和史を軸に親子三代にわたるこの物語。ミステリー小説ともいえなくはないのだがやはり他のミステリー小説にはない「何か」があるように思う。独特の世界観を構築した、この桜庭一樹の才能には瞠目に値する。この本を手にするまでこの桜庭一樹という作家を知らなかったのだが、どえらい人間であるっす(女性であることもはじめて知った・・・ 桜庭一樹オフィシャルサイト Scheherzade - Home)。戦後の日本史に沿って地方都市にある旧家の復興と没落が淡々と語られているのだが、その題材の選択も秀逸である。桜庭一樹はどちらかといえば今まではライトノベル系のフィールドで活躍していたようであるが、本書はどの世代の人々にもかなり共感して読むことができるのではなかろうか?兎に角、超オススメの一冊である。

■他の方々のご意見(やはり絶賛されているっす!)
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2007年02月13日

村上龍:「69(シクスティナイン)」 このエントリーをはてなブックマークに追加

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こんにちは、小松方正です(嘘です)。

村上龍の名著中の名著、「69(シクスティナイン)」を再読してみた。この小説のタイトル「69」ってのは村上龍が青春時代を謳歌した1969年にちなんで付けられたタイトルである。

村上龍は長崎県の佐世保市の出身であることはかなり有名である。彼が高校時代、どんな生活を送っていたのかは本書を読めばかなりの部分がわかってくる。ちなみに村上龍の出身高校は長崎県立佐世保北中学校・高等学校のようである。69は少し前に、妻夫木聡が映画『69 sixty nine』で主演し、かなり話題になっているのでストーリーなどはよく知られていると思われるが、映画に関して言えば、妻夫木聡のよーにかっちょいい役者ではなく、もうちょっと普通っぽい人が主役になるとよかったと思われる(例えば、電車男のテレビ版の主役の伊藤淳史さんとかよさげな感じがする)。

本書は個人名以外の部分はかなりが実話で構成されていると思われる。1969年という時代は、学生達はロックに目覚めたり全共闘よろしく、学生運動に走ったり、平和を訴えたり、兎に角自分達の手で大きな「ナニカ」を動かそうというエネルギーに満ち溢れた時代だった。
そんな時代、佐世保という基地と炭鉱の町の佐世保北高校という進学校に通う高校生のケン(村上龍)。ケンの頭の中は「女の子にモテたい」という行動原理が中心となり日々欲情した生活を送っていた。
ケンは典型的な場当たり主義且つその場しのぎ主義的な性格で、各方面について広く浅い俄か知識を詰め込み、周囲にひけらかすというあまり好かれる性格の持ち主ではない。しかし、本書ではあまりに露骨にその性格が前面に出されている所為で好感を持ってしまうから不思議だ。
当然にしてケンは北高の中ではオチこぼれの部類に属していた。そんなケンが密かに恋焦がれている北高マドンナの松井和子に気に入られたい一心で仲間達と「フェスティバル」を開催する計画を企てる。ケンの考えるフェスティバルは「兎に角楽しいコトの詰め合わせ」という茫洋としたイメージで、ほぼ無計画に進められていく。
フェスティバルの中心は、松井和子をヒロインとした映画作成である。ケンが脚本を書き(勿論、ヒロインが松井和子で主役はケンというストーリー)クランクインに漕ぎ着ける。しかし、肝心の映画撮影のための8ミリをケンは持っておらず、校内の全共闘のグループに8ミリを借りに行く。そこで、何故かバリ封をすることを宣言してしまい、後に引けなくなった、ケンはある日の深夜にバリ封を決行!
しかし、あえなく見つかり自宅謹慎の憂き目に・・・
このあたりの行き当たりバッタリさ加減がとてつもなく愉快である。

炭鉱出身の頭脳明晰なアダマこと山田、すぐにいじけるが気のいい岩瀬、二年生の指紋のない男、ナカムラなどの愉快な仲間達が先生たち(体制側)に目を付けられながらも「フェスティバル」開催に向け、一丸となって行動するところが見せ場である。ケンのテキトーなトークがそのうち頭の良いアダマに通じず、逆に言いくるめられるよーになる件などは哀愁を感じてしまう。
村上龍が後書きで述べているが、若かりし頃に体制側だった人間を徹底的に「悪」として書き、自分達の周囲の人間を「善」として書かれているこの本は非常に構図的に分かりやすい。
こんな感じで書けば、村上龍の「愛と幻想のファシズム」っぽいものを想像するかもしれないが、テンションとしてはかなり正反対である。「愛と幻想のファシズム」を「陰」とすれば、本書「69(シクスティナイン)」は紛れもなく「陽」である。本書を読むと、誰もが「こんな高校生活を過ごしたかった!」と思うに違いない。それほど、明るく陽気な面が前面に押し出された村上龍、渾身の一冊である。

また、小説そのものに目を向けてみると、作品内で強調したい部分のフォントがかなり大きく乱暴に拡大されていたりする効果が非常に秀逸である。現在Blogなどではこういった文字を大きくしたり色を変えたりするよーな効果が結構使われているが、「69(シクスティナイン)」ほど適切な効果で用いられているBlogは見かけたことがない。

下品な表現が多々頻出するが、ホントに笑い転げるほどに面白く、且つ切ない青春ストーリーである。知的な印象の村上龍とのギャップが大きく、読めばきっと村上龍が好きになるっす。是非読むべしの一冊である。
posted by りょーち | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書感想文
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