2008年04月18日

和田秀樹:「受験のシンデレラ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

受験のシンデレラ (小学館文庫 わ 8-1)
和田 秀樹
小学館
売り上げランキング: 6317
おすすめ度の平均: 4.0
5 良作
4 ラストは予想の範囲内
3 描写は難しい・・・
5 図書館で借り三ページ読んで購入を決めました

りょーち的おすすめ度:お薦め度

受験勉強を題材にした漫画や小説は結構ある。漫画で言えば「ドラゴン桜」が思い浮かぶ(WikipediaにCategory:受験漫画ってのがあるのか・・・)。(とどろけ!一番はちょっとすごいな・・・)。ドラマだと「中卒・東大一直線 もう高校はいらない! 」とか「家族ゲーム」とかも受験が中心となった構成だね。
本書もカテゴリーとしては「受験小説」という位置づけなのかもしれない。読むと分かるが結構現実の受験事情に近いと思われるリアリティを上手く出している。

余命僅かな有名塾講師と高校中退で母子家庭で貧乏生活を送る女の子が東大合格を目指すっていうストーリー。著者の和田秀樹は東京大学医学部医学科を卒業し、医師国家試験を取得し、精神科医を営んでいるという面もあり本書では「受験」というテーマだけでなく「終末期医療」という別のテーマも持っている。

五十嵐透はミチター・ゼミナールという大学入試向けの塾を経営している。ミチターゼミナールでは毎年東大合格者を何人も輩出しており、五十嵐は受験生の中で「受験の神様」と崇められる存在にまでなっている。ビジネスとしてもかなり儲かっており、順風満帆と思われた五十嵐だったが、がん検診により、がんの疑いがあることを同級生から告げられる。

一方、もう一人の主人公、遠藤真紀は両親が離婚し、金銭的な面から高校を中退していた。
真紀の母は生活保護目当てで働く気は全くなく男と遊び歩き酒をかっ喰らう毎日。家のことは全て真紀がやらなければならず、生活費も真紀がアルバイトで稼がなければならない。
貧乏な真紀は99円ショップで商品を3つ買おうと思ったが、手持ちには310円しかない。99円ショップでも消費税がかかるので、合計は
( 99円 × 3 ) × 1.05 = 297円 × 1.05 = 311.85円 ≒ 311円
なのだ。つまり1円足りない。で、どーするかといえば、3つ別々に買うのだ。
99円 × 1.05 = 103.95円 ≒ 103円
103円 × 3 = 309円
消費税は切り捨てで計算するので、こういうことがおこるのだが、これを瞬時に思いつくほどの頭のよさはあったのだ。今後、この方法を使えば99円ショップで常に安く商品を買うことができると気づいた真紀は再度訪れた99円ショップで店員ともめていた。そのとき、偶然マーブルチョコレートを買いに来ていた五十嵐と出会うのだ。時間のない五十嵐は店員と真紀がもめているのに腹を立て、真紀の分まで代金を払うといい、店を去って行く。しかし、真紀はそんなことをしてくれと頼んだつもりはないと五十嵐を叱責する。これが二人の初めての出会いだった。

真紀と五十嵐の二度目の再会も偶然だった。
真紀の彼氏の雄太は「20万円貯めると結婚してくれる」約束だったが、貧乏の真紀にそんな大金を用意できるはずがないと思った雄太の口実だった。真紀は雄太にとって「便利な女」でしかなかった。結局真紀は雄太に捨てられてしまう。落ち込んだ真紀は母と離婚した父の元に足を運ぶが父には既に新しい女がいた。更にショックを受けた真紀は自棄になり、売春行為に走る。
一方五十嵐はがん検診の結果が悪性だったことを告げられる。五十嵐も自棄で女子高生を買おうとしていた。そこでまたもや偶然二人は会う。
五十嵐は自分の短い命をこの真紀に託し、真紀を東大へ合格させようと決めるのだ。
東大を目指す理由は貧乏から抜け出す。これしかない。五十嵐は残り少ない命を真紀を東大に合格させるために、自分の持つ受験テクニックを教え込むことにした。

翌日から二人の勉強が始まる。五十嵐の考えはこうだ。真紀が東大に入るための勉強時間を2000時間とする。東大に入れれば、平均5億の生涯収入を勝ち取れると見積もる。今の真紀では今後どんなに働いても生涯収入は1億円を下回るだろう。つまり、真紀が今から2000時間勉強するという行為は差額の4億円を勝ち取る行為であり時給20万円のバイトなのだと。
果たして真紀は東大に受かるのか?

受験テクニックに関する多くの薀蓄も読みどころの一つだが、真紀と五十嵐の絆が試験が近づくにつれ深まっていく過程がラストの涙を誘うね。

なお、この「受験のシンデレラ」は映画化もされている。

和田秀樹 初監督作品『受験のシンデレラ』公式サイト
遠藤真紀:寺島咲
五十嵐透:豊原功補
主題歌:星野みちる『ガンバレ!』(元AKB48)

五十嵐役は豊原功補ってのは結構あっているような気がしてよろしいね。病魔と戦う五十嵐の角が丸くなってやさしくなっていくところがいいね。
寺島咲ってどっかで見たことあると思ったら宮部みゆきの「理由」に出ていたんだねー。「片倉ハウス」の長女片倉信子役だったんだね。ふむ、あれは確かによかったな。

作者の和田秀樹さんが監督をやるらしいがどうなんだろうなぁ。小説は結構よかったので是非映画も成功してほしいところである。


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2008年04月15日

具光然:「僕の彼女はサイボーグ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

僕の彼女はサイボーグ (小学館文庫 く 3-1)
具 光然
小学館
売り上げランキング: 87552

りょーち的おすすめ度:お薦め度
書店で何気なく手にしたこの一冊。可愛い女の子と青年の見詰め合う表紙に惹かれたのだが、よくみると綾瀬はるかと小出恵介だった。どーやらこの「僕の彼女はサイボーグ」は映画化されるよーである。5月31日に公開らしい。
作者の具光然さんも、原作のクァク・ジェヨンさんもよくしらなかったのだが、どーやら原作の郭在容(クァク・ジェヨン)さんは、韓国映画で日本でも上映されかなりヒットした「猟奇的な彼女」や「僕の彼女を紹介します」の脚本・監督を手がけた方らしい。
「猟奇的な彼女」は日本でもTBSで草g剛(草なぎ剛)と田中麗奈によるドラマが始まることもあり、相乗効果でこの「僕の彼女はサイボーグ」にも注目が高まるよーな気がするね。確かに「猟奇的な彼女」は面白かったよ。なので、きっとこの「僕の彼女はサイボーグ」も面白いに違いないっすと思い、買ってみたっす。
で、読んでみたっす。

うーむ、このクァク・ジェヨンって人は素晴らしいね。天才だね!
よくこういうプロットを思いつくよなー。すごいっす。ホントに。

簡単なあらすじはこんな感じ。

大学生の北村ジローは典型的なイケてないヤツ。記念すべき二十歳(ハタチ)の誕生日を一緒に過ごしてくれる友人もなく、一人レストランを予約し、デパートで買ったフィギュアを自分へのプレゼントするという全く以って冴えない一日を過ごそうとしていた。そんな誕生日の日、レストランのテーブルで食事するジローの元に突如、飛び切りの美女が現れる。そして何故かジローと食事をすることになる。状況が飲み込めていないジローはそれでも「これはチャンスなのだ」と悟り、楽しく食事をするのだが、何故かレストランを食い逃げするよーに去って行く羽目に陥ってしまう。
彼女と街の中をダッシュで逃げ、なんとか追っ手を巻いた(といっても、食い逃げするほーが悪いんだけど)。逃げる最中も謎の美女との逃避行よろしく心躍る瞬間を楽しんでいたジローだったが、別れの時はあまりにも早すぎた。その彼女は別れ際に「私は未来からやってきたのだ」と呟いた。到底そんなことを信じることはできなかったが、その後彼女と会うことは暫くなかった。
そして、1年の歳月が流れた。ジローは今でもあの彼女のことを忘れることができず、誕生日に同じレストランをまた予約していた。そして、果たして彼女は現れた。
ジローの前に登場した彼女はなんと自分は未来からやってきたサイボーグであると告げた。しかも彼女は未来のジローが現在のジローに送ったサイボーグであるらしい。どうやら、未来のジローはかなり悲惨な生活を送っているらしく、この悲惨な生活を回避すべく、過去の自分宛てにこのサイボーグ(と言ってもどっからみてもフツーの美女?なんだが)を送り込んだのだ。
こうしてとても可愛いサイボーグとジローの奇妙な同居生活が始まるのだが・・・

いやー、この後の展開はかなり面白い。物語の後半(殆ど最後あたりだが)で「あー、こういうことだったのかー」とやっと物語の全体構成を把握できた瞬間はとても心地よく、気分良い読後感だったな。
しかし、こういうストーリーをよく思いつくよなぁ。
更に考えてみればこれって「ドラえもん」なんだよな、と思ったりした。んーと、ってことは、「のび太くん=小出恵介」「ドラえもん=綾瀬はるか」ってことだな(爆)。
未来の自分を救うために過去にサイボーグ(ネコ型ロボット)を送り込むってことなのか。本書「僕の彼女はサイボーグ」の場合は「のび太くん」と「ドラえもん」の間に恋愛関係に似た感情を持ち込むことが成功しているよーに思える。
先にも書いたが、ホントに読後感がスッキリしてとてもよい一冊っす。ストーリーそのものも楽しむことができるので、綾瀬はるかファン、小出恵介ファンの方々は映画館に足を運んでも良いと思うっす。
危惧すべきは、小説を読む限りでは映画になるだけの尺(時間)が取れるのかってのが心配かな。とてもシンプルに無駄なく小説が構成されているのでスラスラと読める文、映画ではどう見せ場を作るか(だいたい想像できる見せ場のシーンもあるが)が監督の腕の見せ所かなと思われる。まあ、その点ではあの「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」を手がけた監督なので、心配は皆無だろう。
映画に行かずとも本だけでも十分楽しめた一冊だったっす。

『僕の彼女はサイボーグ』公式サイト
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2008年04月03日

服部真澄:「エクサバイト」 このエントリーをはてなブックマークに追加

エクサバイト
エクサバイト
posted with amazlet at 08.04.03
服部 真澄
角川書店
売り上げランキング: 10787

りょーち的おすすめ度:お薦め度
久々に服部真澄の作品を読んでみた。「龍の契り」「鷲の驕り」「ディール・メイカー」「バカラ」「エル・ドラド(旧題はGMO)」と読んでみて、まあそんなに嫌いな作家ではないのでほぼ惰性的に読み薦めてきた感がある。

タイトルにもなっているこのエクサバイト。コンピュータのデータ量をあらわす単位のよーである。
コンピュータのことがあまりよくわかっていないりょーちとしては、そーいえば昔、エグザバイトっていうテープメディアがあったなぁってのを思い出し、ちょいとぐぐってみたらまだ存在していた。

「VXA 230M X23」160GB/320GB って全く以ってエクサバイトじゃないじゃん?
で、エクサバイトはどのくらい大きいのかってのを更に検索したら国際単位系なるものがあることを知った。そんなものがあるのか?
1024メガバイト=1ギガバイト
1024ギガバイト=1テラバイト
1024テラバイト=1ペタバイト
1024ペタバイト=1エクサバイト
1024エクサバイト=1ゼタバイト
1024ゼタバイト=1ヨタバイト
らしい。
ってことで、エクサバイトとは、まあ、なんとなく大きい気がする。

で、肝心の小説としての「エクサバイト」はどんなお話しか。

西暦2025年に情報化社会ってのがかなり進んで人々の中に「ヴィジブル・ユニット」と呼ばれる超小型カメラが登場した。ヴィジブル・ユニットには記憶メモリが搭載されており、人生の全ての事象を記憶できるほどの容量を有している。ヴィジブル・ユニットを作ったのはグラフィコム社という世界的な会社。
「誰がそんなものを好き好んで装着するのか?」と思ったあなた。多分正常な思考の持ち主だと思います。2025年は個人情報保護法が更に強化され、個人に関する情報の殆どは守られているっぽいので、逆に個人に関することが記録しづらい世界になっているよーだ。まあ、今の世の中でも一方では個人情報が晒されるのは気分が悪いと言いながらも、個人がブログなどで情報を発信している。この考えが更に進んだものと思えばよいっす。
ユニットに記憶された膨大な情報は人が死んだらどういう扱いになるのか?本書はこのあたりの個人情報の扱いに関して「こんな考え方もあるんだねぇ」と思わせる一冊。

映像製作会社「イエリ」の経営者であり世界的な映像プロデューサのナカジの元に「エクサバイト商會」という怪しげな会社から共同事業を持ちかけられる。エクサバイト商會の考えるビジネスはユニット装着者が死んだ際、死者からユニットを回収し、限りなく正確な歴史を再構築しましょうというビジネスのようである。
本書を読みながら「うーむ、誰がこんなビジネスに乗ってくるのか?」とも思ったが「自分の記録が歴史上に残るかも」という売り文句が効いたのか蓋を開けてみればかなりの数のユニット提供者が集まった。
しかし、「ナカジ達のビジネスは大成功。よかったね」という話しで終わるはずはない。横槍を入れてきたのはヴィジブル・ユニットを開発しているグラフィコム社である。
まあ、こっからは「グラフィコム社」と「エクサバイト商會」の対決になり、ナカジはどっちに付くか悩んじゃうよって感じにストーリーが流れて行く。
本書で面食らったのはナカジの実の母親のクニコの存在。ナカジの母のクニコは世界的に有名な戦場ジャーナリストである。このクニコのヴィジブル・ユニットはとても価値あるものとして扱われている。世界的に有名なクニコのユニットに何が記録されているのかを人々は知りたいらしい。

ってことでまあ、最後まで読んでみた。
うーむ、そんなに悪い感じはしないんだけどなんだかしっくりこない。服部真澄の作品の中ではかなりライトな部類に入るのかなと思われるが、分量が多い、少ないの問題ではない。本書のテーマは世間的には「ライフログ」というテーマに分類されると思う。不満なのは何故かなと考えていたのだが、服部真澄なら「ライフログ」をもっと別の視点から書いてくれるよーな気がしたのだ。確かに小説としては完成されているが、うーむ、何といえばいいのか・・・読者の想定の範囲内におさまっている印象がとても強い。
あの「龍の契り」「鷲の驕り」を書いた服部真澄だからこその題材の料理の仕方ってものを見ることができなかった気がする。
2002年、2003年のWIRED VISIONの記事でさえこんなことを指摘しているんだよね。服部真澄にはもうちょっと突き抜けて欲しかったなーと思ったりしたっす。
さらに「エクサバイトという単位でホントに人間の一生を記録できるのか?」というのが最後まで納得いかなかった。もっとたくさんの容量が必要じゃないのかなーと思ったよ。

とまあ、いろいろいちゃもんを付けた書き方になってしまったが、コンピュータにあまり詳しくない方が読むにはお薦めしてもよいかもしれない。
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2008年03月27日

三雲岳斗:「少女ノイズ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

少女ノイズ
少女ノイズ
posted with amazlet on 08.03.27
三雲 岳斗
光文社 (2007/12/14)
売り上げランキング: 41540

りょーち的おすすめ度:お薦め度

三雲岳斗さんの作品を読むのはこれが初である。本屋で斎宮瞑と目が合ったので買ってしまった(謎)
本書は斎宮瞑(いつきのみやめい)という女子高生と高須賀克志(たかすかかつし)という大学生が探偵となり事件の真相を解明していくミステリー小説である。
「Crumbling Sky」「四番目の色が散る前に」「Fallen Angel Falls」「あなたを見ている」「静かな密室」という5つの短編が掲載されている。

高須賀克志ことスカ(あだな)は雙羽塾という進学塾での講師のバイトを紹介される。しかし、バイト先に行ってみると彼の仕事はある女子高生の面倒を見るというものだった。それが斎宮瞑である。
塾なので問題のある生徒をフォローする必要はないのかもしれないが、瞑の父は雙羽塾の経営者であり、やめさせるわけにはいかないようだ。瞑の成績は全国でもトップクラスであり、人形のように美しく非常に博学な瞑は非の打ち所がなさそうだが、どこか暗い影を持っている。

そんな瞑とスカが殺人事件を解決していくとなれば、まあスカのほうがワトソン君、瞑のほうがホームズと相場が決まっている。スカは猟奇的な写真の撮影が趣味であり、殺人現場に進んで赴くというなんだかよくわからないキャラ設定。(まあこういう設定がないと犯罪捜査に立ち会うこともないので、いいのかな)

まあ、短編が1話つづ進んで行く間に、はじめはスカに心をあまり開かなかった斎宮瞑が次第に打ち解けていくよーな流れで4話まで進んでいたのだが、4話の最後に瞑はスカの前から姿を消すのであった。最終話「静かな密室」ではワトソン君のスカが殺人事件の容疑者となる。ホームズの瞑がいない中どうやってこの窮地を乗り切るか、というところで「やっぱりあたしがいないとダメね」といった形で登場する瞑。こうやってみると、短編小説とはいえ、ひとつひとつの話しを通じて一定の流れがあり「静かな密室」まででシリーズとしては完結してもおかしくない形に仕上がっています。
キャラに思い入れのある人は続編を読んでみたい一冊かも。

三雲岳斗氏Webサイト:G-Act Blog

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2008年03月17日

有川浩:「図書館革命」 このエントリーをはてなブックマークに追加

図書館革命
図書館革命
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有川 浩
メディアワークス (2007/11)
売り上げランキング: 5668

りょーち的おすすめ度:お薦め度

有川浩の図書館シリーズ4部作の最終巻。「図書館戦争」「図書館内乱」「図書館危機」とやってきて、最終巻のこの「図書館革命」。前作の「図書館危機」にこの「図書館革命」でシリーズ終了と謳っていたので淋しい気持ちもあったが読んでみたっす。

最終巻は殆どの読者が予想していたよーに「あまーい」話しが散りばめられていたねぇ。笠原郁と堂上教官の恋の行方。
本書のストーリー上の中心人物は作家の当麻蔵人の書いた小説「原発危機」に酷似した原発テロが実際に行われた。メディア良化委員が当麻蔵人を捕まえる前に図書隊側で身柄を保護された当麻蔵人を郁たち図書隊が守っちゃいます。
これが大きなストーリーの骨子。

なのだが、読者の興味(おそらく作者の興味も)はもはや「郁と堂上は結局どーなるのよ?」ってベクトルにシフトしているはずである。
今回に限っては「図書館革命」の全てのエピソードは郁と堂上の恋を盛り上げる道具の一つになっちゃっていると思われる。勿論、戦闘シーン的な見せ場もある。柴崎と手塚も夫々見せ場を作ってはいる。小牧・玄田もそりゃ働いたさ。
でも、まあ作者の興味はもう殆ど「郁と堂上の恋を成就させちゃおう」ってとこに注力してます。素晴らしいっす。多分作者の有川浩は郁と堂上の最後のラブラブなシーンがシリーズの結構初めの方で浮かんできて、ゴールめがけて書き上げたって感じのよーに思う。

やっぱ、このシリーズは戦闘シーンの多いラブコメなんだよね?

ってことでこのシリーズもついに終わってしまい淋しい限りであるが、郁たちはどこかで頑張っていることであろう。スピンアウト作品もいくつか出るようなので、気が向いたら読んでみるっす。
個人的には柴崎と手塚の恋の行方が気になるね。

そーいや、4月10日(木)24:45からフジテレビでついに図書館戦争のアニメが始まるよーである。

これは見なければ・・・

併設されている 図書隊報告書 も必読であろう。

各登場人物の設定などは下記を見るとよかろう。()内は声優さん。
楽しみだねぇ。

TVアニメ「図書館戦争」2008年4月10日(木) 24:45からフジテレビで放送開始キャラクター原案:徒花スクモ
監督:浜名孝行
シリーズ構成:古怒田健志
キャラクターデザイン:中村悟
アニメーション制作:プロダクション I.G
製作:図書館戦争製作委員会
オープニングテーマ曲:高橋瞳「あたしの街、明日の街」
エンディングテーマ曲:Base Ball Bear「changes」


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2008年02月08日

貴志祐介:「新世界より」 このエントリーをはてなブックマークに追加

新世界より 上新世界より 下
りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、芹沢鴨です(嘘です)。
(若干ネタバレあり)

貴志祐介の新世界よりを読んだよ。
上下巻共に相当分厚いのでちょいと買うのを躊躇したのだが、えいやっと買ってみた。通勤・通学途中に読むには骨が折れる。この本そのものが凶器っす。
ただ、その分量に見合ったオモシロさは得られたよ。
感想を書きたいのであるが、どーも上手くまとまらない。
あまりに長くて気を失いそうになったが再度少し読み返したりしてみた。

渡辺早季が冒頭で

「十二歳だったあの晩からは、すでに二十三年の月日が流れた」

「多くのものが灰燼(かいじん)に帰した、あの日から、十年の月日が経過した」

と語っている。なので、現在35歳の大人の女性である渡辺早季が、和貴園(今の小学校のよーなもの)に通っていた頃から今までを振り返る回想録として話しが進められる。
今読み返してみて「十二歳だったあの晩からは−−−」「多くのものが灰燼に帰した−−−」のが何を指しているのかがよくわかる。

早季は「千年後の同報にあてた長い手紙」という位置づけでこの手記を書いている。

その早季たちは、いま(西暦2008年)から約千年先の未来の日本にいる。
戦争などにより、人口は急激に減少し現在日本には数えるほどしか町が存在していないが、その頃の人間はなんと、現在超能力と呼ばれるような能力を有している。

この時代は子供の人数も少ないことから、教育にとても力を入れていた。教育というよりも殆ど管理に近いのだが、多くの大人たちが子供を管理する仕事についていた。子供達を間違った方向に進ませないため、大人たちは、悪鬼や業魔という恐ろしい話しを子供達に聞かせたりもした。
和貴園にいるころの早季も普通の女の子同様にそういった話しを怖がっていた。
祝霊を受け、無事全人学級(多分中学校のようなもの?)に進級した早季は真里亜、覚、瞬たちと課外活動で利根川周辺を散策していた。そのとき遭遇したミノシロモドキという生物を捕まえた。しかしその生物は実は過去の時代の人間が残した図書館アーカイブだった。
早季たちはミノシロモドキから過去の話を聞くことができた。ちなみに、この時代の子供達は大人たちの手によって、不要な情報(大人たちが不要と思う情報)にアクセスできないように管理・監視されていた。なので、ミノシロモドキから聞く話しは早季にとっても初めて聞く話しだった。

ミノシロモドキの話しでは
「人々はその昔、呪力を利用することができなかった」
「人々はその昔、殺し合いをしていた」
などと今では、俄かに信じることが難しい話だった。

早季たちが保有する呪力は、人間に向けて発動し、人を殺めることはできない。なぜなら愧死機構により発動した人間は死に至るのである。つまり人殺しをすることなど考えられないという時代なのだ。そういった過去を知ってしまうことが元で早季たちは大人たちから呪力を封印されてしまう・・・

うーむ。ここまで書いてかなりキリがない気がし始めた。
この小説の世界観をブログの記事で表現するのは結構難しいね・・・

固有名詞についてだけでも、非常に強い呪力を持つ鏑木肆星、バケネズミ、風船犬、不浄猫、悪鬼、業魔、八丁標(はっちょうはじめ)、トラバサミ、スクィーラ、コロニーなどと枚挙に暇がない。

物語は後半になり、今まで人間に従順だったバケネズミが謀反を起こし、人間と戦争状態になる。バケネズミたちは人間の言葉を話すが知能は低く、呪力を操ることができないが前時代の武器などを駆使し、人間に対抗していく。そのバケネズミの知恵には舌を巻くばかりだが、バケネズミの正体が明かされたときは突如哲学的な何か深い衝撃を受けたっす。
しかし、業魔になった瞬の記憶が人々から消えていくのはどういう仕組みなんだろう?
千年先の世界とはいえ、あまりにも急激に変わりすぎているよーな気もするっす。ちなみに、今から千年前ってこのは平安時代だと思うのだが、平安時代と現代以上に現代とこの小説で描かれる千年後は乖離しているねぇ(まあ小説なので問題ないのだが)。

大人たちの悪鬼・業魔に対する畏怖は尋常ではない。勿論数百年前におきた事件を再度繰り返さないようにという魂胆はあったのかもしれないが、現代の大人たちが我が子に向ける過保護さ以上のものであることは間違いない。何しろ町ぐるみで子供達に包囲網を敷いているのだから。

貴志祐介の描く千年後の未来の多くは現代に投影できる教訓が多々あるように思う。まあ作者が意図的にそのように書いているのだから当たり前なのだが。
バケネズミと人間との関係、子供達だけのコミュニティの楽しさ(と危うさ)、大人たちの子供への接し方、情報の公開・非公開の考え方、性についてなどなど、未来の話しなのだが非常に現代に近い、しかし、どこか異様な空気を醸し出す怪しげな世界観を上手く紡ぎだしているっす。

それにしても長いよ。しかし、長いが何故かもう一度読みたくなる一作。で、多分二回目に読むほうがこの世界観を分かっているのでより理解が深まり楽しめること請け合いである。
多分今後の貴志祐介を語る上でとても大きな一作となったことは間違いあるまい。続きを読む
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2007年12月07日

松岡圭祐:「千里眼ファントム・クォーター」 このエントリーをはてなブックマークに追加

千里眼ファントム・クォーター
松岡 圭祐
角川書店 (2007/01)
売り上げランキング: 29662

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、テレサ野田です(嘘です)。

千里眼新シリーズの第2弾として登場したこのファントムクオーター。

何かを覆うことでその物体を見えなくすることができるというフレキシブル・ベリスコープと呼ばれる新たな素材が題材となる。
岬美由紀にロシア大使館よりチェチェンの難民に対して心理的見地からサポートを要請される。ロシア政府のチェチェンに対する対応に半ば閉口していた美由紀は、ロシア行きを躊躇していた。そんなとき、広門空将より既に自衛隊を除隊した岬美由紀にフレキシブル・ベリスコープを利用したトマホークに関する防衛対策委員会となった旨を告げられる。あまりに突然であり、広門からの依頼を断るため美由紀はチェチェン行きを決める。
チェチェンに行く前に美由紀を尋ねてきた萩庭夕子という女性からカウンセリングの依頼があった。カウンセリングが必要と判断した美由紀は萩庭夕子もチェチェンに連れて行くことにし、空港に一緒に向う。しかし、空港でロシア政府から送られてきたマトリョーシカから突如催眠ガスが噴出し車中で意識を失う。

催眠ガスにより意識を失った岬美由紀が覚醒した場所は明らかに日本ではなかった。そして、萩庭夕子の姿もそこにはなかった。謎の主催者から渡されたポータブル型ゲーム機を片手に周囲の人間にこの場所のことを聞くと「ここはファントム・クォーター(幻影の地区)」と呼ばれるところのようである。
美由紀はここを脱出するために、ゲーム機に指示される課題をクリアしなければならない。まさにテレビゲームのロールプレイングゲームのような状況であった。参加者との会話を重ねていくうちに、ここに集められたのは全世界から「千里眼」と呼ばれる名だたる有名超能力者たちであることが分かる。日本からも厳島咲子と呼ばれる占い師(間違いなく細木数子がモデルなのだが)も呼ばれていた。

美由紀はこの難局を乗り切り無事に日本に帰れるのか?

うーむ。やはり面白いな。
本書では冒頭に記載した、岬美由紀が見知らぬ場所から無事に生還できるかという主題とは別に萩庭夕子のカウンセリングというふたつの物語が存在する。

読みどころとしては、まあ殆ど全て読みどころなのであるが、ファントム・クォーターで最終章に到達した美由紀がゲーム主催者の目的を看破するところと、日本に戻ってきてから厳島咲子と対決するあたりだろうか?

あと、岬美由紀とフレキシブル・ベリスコープ付トマホークの対決も見逃せないな。ここは是非映像化して欲しいところだ。

いやー、しかし、岬美由紀、凄すぎる。
日本を救ったよ、あんた。
美由紀の持つ千里眼の能力はカウンセリングの場面で人の一瞬の表情の動きを読み、その感情を推測するだけでなくあらゆる場面で登場する。美由紀の持つ主な能力は言って見ればこの動体視力だけと言っても良い。
その能力をどのくらい効果的に使い見せ場を作っていき壮大なストーリをつむぎだすかは作者の松岡圭祐にかかっている。そういう意味では最後まで読者の期待を裏切らない物語ができているといえるだろう。

また、本書の最後に登場するメフィスト・コンサルティング・グループのジェニファー・レインの不気味さが次回作以降もよりオモシロそうな展開になりそうな雰囲気を残している。
次回作「千里眼の水晶体」も楽しみである。

■他の方々のご意見
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2007年12月03日

神山裕右:「カタコンベ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

カタコンベ (講談社文庫)
神山 裕右
講談社 (2007/08/11)
売り上げランキング: 46482

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、如月小春です(嘘です)。

史上最年少で江戸川乱歩賞を受賞した、神山裕右さんの受賞作「カタコンベ」を読んでみた。
どうも、ネットでは今ひとつ不評のよーであるが、そんなにダメな感じでもなかった。多分ダメだと仰っている方々は「江戸川乱歩賞受賞作」ってことで、ミステリ・ミステリしている作品を期待されていたからではないかと想像する。
本書はどちらかといえば、冒険小説的な要素が多い。そのため、夢枕獏の「神々の山嶺」とか、真保裕一の「ホワイトアウト」のよーな小説だなと思っていただければよいかと思う(但し、冒険小説的には「神々の山嶺」には到底及ばないが・・・)

本書のタイトルとして登場する「カタコンベ」とは死者を葬る為に使われた洞窟、岩屋や地下の洞穴のことらしい(カタコンブ - Wikipediaを参照)。

舞台は新潟県付近にあるマイコミ平に未開拓の鍾乳洞(黒姫山鍾乳洞)。
ストーリーはこの調査に赴いたケイブダイバー(洞窟内の地底湖探索を生業とするダイバー)と研究者達が洞窟内で起こった不測の事態に対処しながら、脱出を試み、更に洞窟内に潜む謎を解明しながら、迫り来る殺人者と対決してしまうという、なんだか凄いことになっている小説なのだ。

主人公の東馬亮は、5年前、このマイコミ平で命を落としかけたことがある。地底湖ダイビング中に不慮の事故により、仲間とはぐれてしまったのだ。それを救ったのが水無月健一郎というダイバーだった。水無月は東馬を救助後、行方不明になり、その捜索は打ち切られた。
そんな東馬も現在は一流のダイバーとして世間でも認められるようになっていた。そして、今回のマイコミ平への調査クルーとして参加することになったのだ。
東馬は渋滞により現地への到着が遅れたのだが、現地に着いてみると、先発隊が洞窟内で落石事故に遭い、連絡が取れない状況のようだった。
東馬は先発隊のリストに水無月の娘である、弥生の名前を見つけ、一人救助に向うことにした。外は雨が降り始め、洞窟内では増水の恐れがあり、救助までの時間は限られている。無謀とも言える救助は果たして成功するのか?

洞窟内で弥生たちと合流してからは話しがドンドン進んで行きスピード感がある。救助用ロープに人為的に亀裂が入れられたり、東馬の時計が30分ほど何者かに狂わされていたりと、クローズドミステリーの一面も垣間見える。
自然の驚異とは別に洞窟内で怪しげな行動をする露崎という若者。幾重にも張り巡らされた罠を掻い潜っていく様はなかなか読み応えがあった。

ケイビングという新しい題材を上手くミステリー小説に持ち込んでいるよーに思え、結構満足する一冊であった。
あえて苦言を呈すれば、ストーリーとは全く関係ないが、ヒロイン(?)の名前の水無月弥生ってのはもうちょっとどうにかならなかったのか?(6月3月って名前でしょ? これ?)

本書が江戸川乱歩賞を受賞したってのは、乱歩賞も何かが変わり始めたのかなーと思われる多分20年前に応募されたらきっと受賞していなかったと思う。
冒頭にも書いたが純粋なミステリーを想像して読むのでなければ楽しめる一冊だといえる。

■他の方々のご意見(意外とみなさん辛口?)
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2007年11月19日

道尾秀介:「シャドウ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

シャドウ (ミステリ・フロンティア)
道尾 秀介
東京創元社 (2006/09/30)
売り上げランキング: 44117
おすすめ度の平均: 3.5
4 新たな俊英が描く本格ミステリー
3 軽くて読みやすい
3 なんか釈然としない・・

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、斎藤道三です(嘘です)。

うーむ、最近読書に割り当てる時間が少なくなっているっす(忙しいからか?)。

そんな中、本を読む女。改訂版 のざれこさんの 本を読む女。改訂版 | 「シャドウ」道尾秀介 を読んで、是非とも読んでみたいと思ったので読んでみたっす。

「シャドウ」の感想をネタバレ抜きで書くのは結構難しい。

推理小説のテクニックとして、叙述トリックというものがある。
推理小説は小説なので読者は1ページ目から順番に読み、最終ページまで到達し物語が終わるようになっている。読者は登場人物の体験や時間、空間を共有し、ストーリーに入り込んでいく。一般的に叙述トリックとは、作者が「意図的に読者の思考をストーリー上の事実と異なるベクトルにミスリードするような記述方法」のことを指し示す。

何故こんなことを書いたかといえば、本書にもこの叙述トリックというものが使われている(と思う)からである。
概して叙述トリックを利用したミステリー小説は、読む前にその小説が実は叙述トリックを使っていることが判明すると、ストーリーとしての面白みが半減してしまうことがよくある。しかし、本書「シャドウ」ではそのような心配は全く無用である。
しっかり騙されて欲しい。

小学生5年生の我茂凰介は母親、恵を癌で亡くした。
相模医科大学で精神科医に勤める凰介の父、洋一郎は悲嘆に暮れながらも恵の葬儀を執り行う。葬儀には医学生の同期である、水城徹とその妻の恵、徹と恵の娘の亜紀も参列していた。
鳳介の父母と恵の父母は共に同じ大学で面識があり、二つの家族は文字通り家族ぐるみの付き合いをしていた。凰介と恵は同じ小学校に通い、所謂幼馴染である。

母の死後、凰介は夢とも現実ともつかない不思議な光景を目にするようになる。自分の見ている光景が何であるのかを理解できない凰介。そんな中、亜紀の母親、水城恵が自殺してしまう。凰介の見る不思議な光景の正体は何か?

うーむ、終わり方がちょいと切ないが、なかなかよい話しであった。
途中、凰介の父の秘密と水城亜紀の抱える秘密がオーバーラップすることで読者の思考を「そっちの方向」へ持って行くところが自然に書かれており、まんまと騙されたっす。

ストーリー構成もこの内容からすれば、非常に無駄が少なく、すんなり読めるので結構よいかも。いろんなところで話題になっているだけあって、なかなかよい作家さんだな。

ざれこさんも言及されているが、ともすれば、全て暗い話しで終わりそうな本書に「少年の成長」という部分に唯一未来を託したくなるっす。

さて、本書の「シャドウ」ってタイトルは、「人間の暗部」=「影(シャドウ)」とも勿論読めるのだが、「もうひとつの人格」=「影(シャドウ)」とも読めなくもない。前者の場合は自分が意識していることが多いと思われるが、後者の部分は無意識(意識下)にある「もうひとつの人格」という意味を考えながら再読すると、本書の別の読み方ができるかもしれないねぇ・・・

道尾秀介さんの別の作品も今度読んでみよう。

■他の方々のご意見
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2007年10月23日

山本弘:「神は沈黙せず」 このエントリーをはてなブックマークに追加

神は沈黙せず〈上〉 (角川文庫)
山本 弘
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神は沈黙せず〈下〉 (角川文庫)
山本 弘
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りょーち的おすすめ度:お薦め度お薦め度(今のところ今年一番)

こんにちは、又吉イエスです(嘘です)。

本書を手にするまで、山本弘という人物を全くしらなかった。

山本弘さんは、その筋ではかなり有名な人らしい。その筋ってのは と学会公式HP をご覧いただければお分かりになるかと思う。ちなみに、と学会とは「トンデモ本」を研究するグループのよーである。トンデモ本とは - はてなダイアリーを見ると、こんな感じに紹介されている。
藤倉氏の定義によれば「著者が意図したものとは異なる視点から読んで楽しめるもの」である。要するに、著者の大ボケや、無知、カン違い、妄想などにより、常識とはかけ離れたおかしな内容になってしまった本のことなのだ。したがって、最初から読者を笑わせることを意図して書かれた本は、どんなに内容がトンデモなくても「トンデモ本」とは呼ばれない。

さて、そういう意味では本書「神は沈黙せず」は「トンデモ本」とは呼べないだろう。
なぜなら、作者の山本弘は非常に緻密な計算により本書を書き上げ、山本弘の意思通りに見事な小説として上梓されているからである。

本書のテーマは幾つかあるが、最も大きなテーマは「神の存在証明」である。
神は本当に存在するのか? 存在するならどういうモノなのか?
これらの命題に関して山本弘は現代社会で起こっている様々な事象と自分の仮説を上手く融合し、ひとつのアイデアを紡ぎだしている。
そう、証明ではなく、あくまでも「アイデア」である。本書で書かれている不可思議な現象は全て山本弘本人が体験したものでなく、他人からの伝聞や参考資料を寄せ集めて生み出された壮大な「仮説」なのだ。それは現在の科学ではきっと証明することができないと思われるが、それでいいのではないか? なぜならこの小説はSFだからいいのである。 で、面白いからいいのである。
本書はホントに様々なところでいろいろ物議を醸し出しているよーである。ネットの中での肯定的意見や否定的意見が入り乱れ、否定的な意見の方を見てみると、作者の人格そのものを否定するよーな書き込みも散見される。まあ、それほど話題性のある一冊なのだなと正直に思った。

幼い頃に両親を台風災害で亡くした和久優歌は神の存在を否定していた。優歌の兄である和久良輔もまたそう思っていた。別々の親戚に引き取られた二人は離れて生活し、優歌は大学を中退してフリーライターに。兄の良輔は人工知能分野の研究者となり、現在はゲーム会社で人工知能を取り入れた。
優歌は雑誌のインタビュー記事で天才肌の若い作家、加古沢黎と会う。加古沢黎の小説は歴史ものが多いが、歴史に関する膨大な知識を持ち、歴史的事実を自分の中で再構築し、常に話題となる作品を世の中に送り出している、今最も注目すべき作家である。加古沢のインタビューで兄の作ったゲームをいたく気に入っていたことにより、兄と優歌と加古沢黎、そして優歌の中学時代からの親友の柳葉月と4人で会うことになった。そしてそのときの兄、良輔と加古沢黎の会話により、その後の世界は大きく変わることになる・・・

そのころ良輔はある悩みを抱えていた。良輔はUFOを撮影したという。その現象を解明するため、超能力現象や怪奇現象の研究家の大和田という男に相談することになる。
大和田は世界で報道された不可思議な現象を事実かどうかを客観的に判断する材料の程度によりランク付けをしている。ここで大和田が披露する現在の超常現象の話しはかなり膨大な資料に裏づけされたものであると思われる。
大和田のスタンスは客観的事実のみを淡々と列挙するのみで、それが正しいかどうかを評価はしていない。ましてや名声などを求めてもいない。
大和田と優歌、良輔が出会ったことで良輔は自分の理論を再度客観的に確認することができる。このあたりの良輔の心情も上手く表現されているよーに思える。
大和田家を出た後に優歌と良輔が遭遇する子供が空から降ってくるファフロツキーズ現象で奇跡的に助かった子供を柳葉月と良輔が育てることになる。
しかし、程なくして良輔は「サールの悪魔」という謎の言葉残して葉月たちの前から姿を消す。良輔は何を発見してしまったのか?

本書では世界中の様々な超常現象やUFO、心霊現象などの存在理由を「神から人間へ向けられたメッセージ」として展開している。
良輔はコンピュータによるシミュレーションを元に、神が存在することを証明した。そして、この世界の「意味」というか「意図」を見抜き絶望し、その後行方を晦ますのだ。
一方加古沢は良輔との議論を元に「仮想天球」を発表する。歴史分野の小説に傾向していた加古沢には珍しい小説だった。「仮想天球」ではこの世は神によって創造された仮想空間であると謳っている。そして発表とほぼ同時期に神がついにその姿を人類に知らしめるかのように現れたのだ。

果たして神は実在した。
神の目的は何なのか?

いやー、凄く面白い。この本は。
エンターテイメント小説としてもSF小説としても非常に面白い。
悪役ともいえる加古沢黎のその見事なまでの邪悪さ。柳葉月はその邪悪さをいち早く見破った一人であるが、世の中の誰もが加古沢黎の邪悪さに気づかなかった。全ての日本人にネットワークの世界で崇められるまでの聡明さは今の世の中で比較できる人物はそういないと思われる。りょーちの印象は id:dankogai さんを1000倍邪悪にしたイメージ(って、小飼弾さんは全く邪悪ではありませんので1000倍しても0かもしれんが・・・)。
加古沢黎の野望は良輔と出会った時期を皮切りに具体的なグランドデザインが描かれはじめている。加古沢黎のその理論を語る場面では「おー、こいつこんなこと考えていたのかー」と唸ってしまったっす。いや、まじ邪悪。
この邪悪さに真に打ち勝つ術はもはやないと思われた。
あそこで、あーなるとは・・・(山本弘、おそるべし)。

小説としての完成度の高さは、山本弘が小説にリアリティを出すために用意した超常現象に関する様々な薀蓄も手伝っている。その内容が間違っているとか合っているということはここではあまり問題ではなく、この「神は沈黙せず」という小説内での世界の地盤固めとして非常に有効に利用されている。

創造主の神が作り上げたこの世界は神のコンピュータの中の仮想空間であるという題材は、どこかで聞いたことのあるような話しである。鈴木光司の「リング」シリーズなども同様だろう。しかし、人類が前世紀に発明したコンピュータを見て神は「自分の存在を受け入れるだけの土壌ができた」と認識し、様々なメッセージを人類に向けて送る。
地球で起きている様々な不可思議な現象。UFOや心霊現象、超能力。
それは人類が考える物理的法則から大きく逸脱している。
これらは神からのメッセージである。
だから、神が存在する。

この思考プロセスが見事。

そして、神が存在する事実を突きつけられた人類に更に希望を残す形でこの小説を終わらせることができるってのは素晴らしいエンディングだな。
数年前に出版されたようであるが、今まで知らなくてすまんかった。

山本弘、あんたすごいっす。
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