2005年04月11日

霧舎巧:「カレイドスコープ島」 この記事をはてなブックマークに追加

カレイドスコープ島―《あかずの扉》研究会竹取島へ
霧舎 巧
講談社 (2000/01)
売り上げランキング: 145,516
通常1〜2週間以内に発送

りょーち的おすすめ度:お薦め度

昔から不思議なものがいろいろあって、はじめて万華鏡なるものを見たときはちょいとびっくりした。万華鏡を覗くとシンメトリーな幾何学図形が出現し、一度として同じ模様をみせることがない不思議なおもちゃだった。
愛知万博の大地の塔はその内部が巨大な万華鏡になっており、ギネスブックにも掲載されるという。作者はあの藤井フミヤさん。

本書「カレイドスコープ島」は直訳すると「万華鏡の島」ってことになるのですが、万華鏡そのものは今回の事件にそんなに大きな比重を占めていない(よーな気がする)。
「カレイドスコープ島」は霧舎巧の「ドッペルゲンガー宮」に次ぐ「あかずの扉」研究会シリーズの第2弾である。主要登場人物も前作のメンバーがそのまま登場する。
本格推理小説なので、主要登場人物をまとめておこう。(お、本格っぽい)
■本書より転記
・月島幻斎(島の長。月島御殿当主)
・剣持剣次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・剣持剣之介(剣持剣次郎の父親)
・木虎虎次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・木虎白虎丸(木虎虎次郎の弟)
・竜崎竜次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・竜崎竜之介(竜崎竜次郎の父親)
・竜崎竜衛門(徘徊老人)←こんな紹介の仕方って・・・
・金本鈴(女子高生。竹取島出身)
・「恐子」(カネモト・クリニック女医)
・真珠さん(月島へ宝探しに来ていた女性)
・朝比奈瑠美(月島へ侵入した女性)
・朝比奈健作(瑠美の祖父)

・後動悟(あかずの扉研究会 会長)
・鳴海雄一郎(自称 名探偵)
・大前田丈(どんな鍵でも開けてしまう特技を持つ)
・森咲枝(霊能力らしきものを持つ)
・由井広美(広報担当?)
・二本松翔(書記)

・丹波(駐在)
・今寺(刑事)

ホント、こうやって書くといかにも本格っぽいじゃないですかー。(ってホントに本格推理小説なんですが・・・)
竹取島と月島と言う名前からすれば、いやでも竹取物語を想像するであろう。本書では世俗から乖離されたこの二つの小島で起こる殺人事件をまたもや後動悟がかっこよく解決するのだ。ノベルズの帯に「横溝正史の獄門島をイメージした」的なことが書かれていた。因習に支配された島の中で不可思議な事件が起こるってちょいと面白そう。

由井広美の友達の金本鈴の紹介で八丈島付近にある小さな島、竹取島に行くことになった開かずの扉研究会の面々。島へ上陸する船の中で咲さんが「鳴海くんはここに残って」と唐突に告げる。名探偵鳴海は何時でも咲さんの言葉には従順なのだ。翔も一旦は鳴海と残ることにするが、鳴海から「お前は竹取島へ行って来い」と進言されやっぱりいくことになる。が交通手段は既にない。そこに偶然現れた真珠子(真珠さん)という女性が竹取島へ行くということで船に乗り遅れて行くことにする。真珠さんは何でも竹取島へ「宝探し」に行くという。その真珠さんの船で竹取島へむかう途中に、何者かが死体のようなものを崖から海へ投棄する姿を目撃してしまう。なんとか真珠さんと上陸を果たした翔は竹取島の駐在に不審人物として捕えられてしまう。捕えられた座敷牢にやって来た爺さんと話しをしていくうちにどうもこの爺さんが月島幻斎であることに気づく。
翔が見た崖(虎鳴の崖)で見つかった死体こそが連続殺人事件へのプロローグだった・・・
謎解きに関しては、後動悟の「あなたホントは犯人でしょ」的な明晰な推理で解決をするのでこちらは読んでからのお楽しみなのだが、本書を読んで、日本語ってのは凄いなーと思ったよ。日本人は漢字・ひらがな・カタカナ・英語などを無意識に使いこなしている。更に漢字のような表意文字とひらがな・カタカナのような表音文字とを使い分けているって結構すごいなあと今更ながら思ったりする。本書はおそらく日本語でないと書けない作品のひとつかなとも思う。(これは多分ネタバレではないですよね?)
また推理小説に幅を持たせるには読者をミスリードさせることが必要なのだが、本書では二本松翔がその役だった。シャーロックホームズシリーズで言うところのワトソン役だが、このミスリードがそれほど鼻に付かない程度のものなので違和感なく読めた。

どうもWebの他の書評を読んでいると、霧舎巧には賛否両論分かれている・・・
本書もどちらかと言うと批判的な意見が多い気がする。
このあたりほんとはどーなんだろーと東工大の奥村研究室で開発中のBlogWatcherで調べて見た。
その結果がこんな感じ。




"霧舎巧"のバースト度の推移
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うーむ。どうなのか・・・

ラグナロク洞も読んで見ますよー。

posted by りょーち at 16:53 | Comment(11) | TrackBack(1) | 読書感想文

2005年03月23日

新堂冬樹:「忘れ雪」 この記事をはてなブックマークに追加

忘れ雪
忘れ雪
posted with amazlet at 05.03.23
新堂 冬樹
角川書店 (2003/02)
売り上げランキング: 48,319
通常4日間以内に発送

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

「これ、ホントに新堂冬樹の本ですか?」と若いひょろっとした段田安則似の書店員の方に聞きそうになった。先ず、装丁からして新堂冬樹っぽくない。(新堂冬樹入っていないって感じ)。
なんとも新堂冬樹っぽくないが、新堂フリークのりょーちとしては読まねばと一念発起して買っちゃったのだ。
春に降る雪は「忘れ雪」。
忘れ雪に願い事をすると叶うって本当ですか?

「こんなの新堂冬樹ちゃう!」(まあ、押えて押えて・・・)
物語は深雪という少女が傷ついた子犬を拾うとこから始まる。深雪の家はそれほど裕福ではなく、しかも故あって伯父夫婦の家に住んでいる。公園で途方に暮れている深雪の下に桜木という学生が現れる。桜木の家は獣医を開業しており、桜木自身も獣医志望である。桜木と深雪は子犬を桜木の病院まで運び手当てを受け、奇跡的に子犬は一命を取り留める。
子犬を家につれて帰る深雪だが、伯父夫婦から当然の如く飼ってはいけないと反駁される。伯父夫婦の家は裕福ではなく、しかも深雪を京都に預けるという構想を持っていた。深雪は実は里子に出されることをそれとなく知っていた。
子犬をどうにか飼うことを許して貰った深雪は子犬に「クロス」という名前をつける。クロスの名前の由来は子犬の胸に十字の痣が認められたためである。深雪はクロスとともに公園に行くことが日常となった。深雪は絵を描くことがとても好きでしかも非常に上手だった。
深雪が公園に行く理由はもうひとつあった。クロスを助けてくれた桜木に再会するためだった。淡い恋心を持つ少女の願いは果たして届き、桜木と無事再会できる。しかし、既に京都に行くことが決まり、桜木との別れが近づいていた。桜木と深雪は7年後にこの公園で会うことを約束する。そして深雪は京都へと旅立つ。

ここまでは「お、新堂冬樹、どーしたの?」「キャラ違うじゃん?」と思ったものだ。まるで丹古母鬼馬二がNHKの「お母さんと一緒」の歌のお兄さんになったような違和感を受けた(って実際ありえないけど)。

このあたりから徐々にりょーちの知っている新堂冬樹が帰ってきた(ほら、来た)

で、7年後桜木は大学を無事卒業し、父の桜木動物病院を継いで立派な獣医師として前途洋々の日々を送っていた。父は既に隠居し実質的ない院長は桜木であり地域住民からも頼りにされている。弟の満は荒れ果てた生活を送り、何の仕事をしているかわからないが怪しい仕事のようである。病院を手伝っているのは金井静香という(美人?)女性看護師と中里信一という元ペットショップのトリマーというメンバー。金井静香は密かに(というか大っぴらにか?)桜木に好意を寄せている。
そこに、7年後の約束を果たすため京都から戻ってきた深雪と遭遇する。が、桜木は深雪のことも深雪との約束も忘れてしまっている。深雪は自分の正体を明かさず桜木にアプローチをする。静香から告白されていたが返事を保留していた桜木は次第に深雪に惹かれていく。深雪は現在東京の美術大学で絵画を専攻していた。深雪は桜木に自分のことを気づいてほしかったが、桜木は気づかずじまい。
結局深雪はパリへ留学することとなる。あのときの少女とは気づかない桜木だがどうしても深雪が好きになったため深雪の部屋を訪れるが、時すでに遅く、深雪は旅立った後だった。深雪の部屋に残された手紙を見てやっとあのときの少女だったことに気づく。

いやー、この後はちょっと、今まで書いた感想が何の意味を成さないほどに凄いことになってます。
新堂冬樹の本の醍醐味は人が壊れていく様が細かく書かれていることなのですが、今回壊れるのは(言っちゃいますけど)金井静香である。
いやー、もう、女性って怖い(^^; って思いますよ。「お前、何すんの?」と往年の漫才師の「クルミミルクの飛びツッコミ」(って誰も知らないか?)を食らわしたくなるような悪行三昧ですわ。

ラストもかなり泣けます。これは結構ありでしたねー。
やっぱり人間を表現させたら新堂冬樹はピカイチですな。


posted by りょーち at 20:41 | Comment(19) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年03月14日

有栖川有栖:「作家小説」 この記事をはてなブックマークに追加

作家小説(幻冬舎文庫)
有栖川有栖〔著〕

出版社 幻冬舎
発売日 2004.08
価格  ¥ 560(¥ 533)
ISBN  4344405455

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

有栖川有栖さんにしては珍しい、幻冬舎から出版されているこの「作家小説」。8つの短編小説が掲載されている。

1. 書く機械(ライティング・マシン)
2. 殺しにくるもの
3. 締切二日前
4. 奇骨先生
5. サイン会の憂鬱
6. 作家漫才
7. 書かないでくれます?
8. 夢物語

ちなみに上記の表紙イメージと私が持っている本の表紙は何故か違います。私の持っているのは雲上に羽ペンのようなものが浮かんでいる写真です。(このバージョンはもう売っていないのだろうか?)
本書は「作家」という職業にスポットを当てた小説です。有栖川有栖さんの普段の推理小説かと思いきやテイストが全く異なります。8つの切り口で作家の日常や作家の周辺事項について書かれた短編ですね。

1. 書く機械(ライティング・マシン)
作家の仕事は「小説を書くこと」にあります。作品に一定の水準を保つ必要がある職業作家の方々は自分の選んだ道とはいえ、おそらく死に物狂いで執筆活動に勤しんでいると思われます。ここに登場する作家は新人賞受賞後、いまひとつパッとしない作家、益子紳二が主人公です。出版社の担当から「キミはもっと才能がある」と煽てられた益子は出版社の秘密の部屋に連れて行かれる。そこには「ライティング・マシン」と呼ばれる異様な機械があった。「ライティング・マシン」は小説を書くためだけに作られた機械で、椅子の座り心地、気温、その他の環境がすべて小説執筆に丁度よく設定されている。しかし、ワープロに小説を入力しないと椅子がどんどん後方に移動し、奈落の底に落ちてしまうというとても恐ろしいマシンである。しかし、この「ライティング・マシン」をかつて利用した作家は全てベストセラー作家になっている。益子は「ライティング・マシン」に座り、大作を書き上げた。作品も好調に売れ名実共に一流作家となった。
その後、益子は自宅にもその「ライティングマシン」を導入したのだが出版社にあるものとはただ1点異なるところがあった・・・
この物語は余韻を楽しむことにあるのかなと思った。その後の益子がどうなったのか考えるとちょいと恐ろしい。

2. 殺しにくるもの
りょーちは小説はかなり読みますが、小説家の方にファンレターを書いたことは一度もありません。ただ、多くの作家は読者からの手紙を出版社経由で受け取り感想などを聴くことができるようになっている。今でこそ読者の感想はこのBlogのように読者個人が発信したり作家のホームページに掲載されている掲示板などに書かれたりすることができるようになっているが、未だファンレターというものは根強く残っていると思われる。作家の方はこういったBlogとか見ているのかどーかわからないのですが、自分の生み出した小説についての感想はやはり気になるところであろう。(有栖川有栖さん、まさかこのページご覧になってないですよね・・・)
この小説の登場人物の上杉皇一の元にもいろいろなファンレターが来る。ファンレターって好印象の文章もあれば批判的な文章もありえるのですね。
上杉皇一のファンである富沢愛もファンレターを送っていた。富沢愛は高校の文芸部に所属している読書好きな女の子。高校生には難しいテーマを扱っている上杉皇一の本に傾倒している。少し背伸びして高校生にしては難しい本を読んでいるため、話題を共有する相手が周囲に今まではいなかったのだが、辻原省平という同級生が上杉皇一を読んでいることを知り、いろいろ意見交換ができるようになる。
時を同じくして巷では謎の連続殺人事件が起こっており被害者の共通点は特に見出せていないようだ。
上杉皇一の作品に関する辻原昇平の感想はあまり芳しいものではなかった。その辻原昇平も謎の死を遂げる。
早い段階で殺人事件の犯人がわかるのだが、根底にあるものはフーダニットではない。
犯人が表に現れないことにより、より一層恐怖感が高まる作品だった。

3. 締切二日前
どの仕事にも締切ってのがある。締め切り前は誰でも焦燥感が募り、平静ではいられないものだろう。ましてや作家の締め切りは普通の人の仕事と違って、誰かが変わりにやってくれたり協力してくれたりするものではなく、全て自分の責任で創作する必要があるため、そのプレッシャーとしては尋常ではないと推測される。
川村耕太郎も締め切りに追われる作家であった。そーいえば藤子不二夫の漫画にも締め切りに追われる漫画家が登場する作品があった。藤子不二夫の漫画では、過去からもう一人の自分がやってきて二人で漫画を書くストーリーだった。(あとからもう一人きて三人で書いていたっけ?)
川村耕太郎の場合、そんな協力者もいるはずもなく、一人で悶々と悩むのであった。アイデアを捻出するために過去に自分の書いたメモやカードを見ては「これは何だっけ?」などと思いながら時は流れている。
この作品のオチはりょーちは意外と好きなオチだった。(「そうきたか?」って感じだったよ)

4. 奇骨先生
畠山高校の図書部の島貫くんと吉沢さんが機関紙作成のため、気難しい奇骨先生の下をたずねてインタビューする話し。島貫くんの父は出版社勤務であり、作家志望である。
奇骨先生は名前の通り少し風変わりな気難しそうな先生のようである。いい感じでインタビューが行われていたのだが、島貫くんが作家志望であることを告げると「そんなに簡単に作家になれるものじゃない」と態度が一変する。うーむ、確かにそんなに簡単に作家になれるわけはないんだけど・・・
出版というのは斜陽産業で云々という奇骨先生の自虐的に繰り出される論理にも負けじと島貫君は自論を繰り延べる。いやな感じで終わるのかと思いきや、最後は微笑ましい終わり方でなかなかよかったんではないかな?

5. サイン会の憂鬱
これは可哀想な話しだけど、実際ありえそうで面白い。凱旋帰国ならぬ凱旋帰省で地元の本屋が出版記念としてサイン会を開催してくれるというので気乗りしないまま勅使河原秀樹は帰省する。サイン会が開催されると、自分の本のミスを論(あげつら)う読者や、別の作家の先生にファンレターを渡してくれだの、喀血して救急車で運ばれるおじいさんとか奇妙な客が山ほど登場する(こんなサイン会、確かにいやだね・・・)。
ラストはちょいとホラー入ってましたね。でも、この話しに関して言えば、はじめのノリと同じような終わり方でもよかったんじゃないかなーとも思いました。

6. 作家漫才
わけわかんなかったけど、面白い。会話だけの小説ってあまり読んだことがないのですが、これはホントに会話だけ。しかもその会話が漫談・・・。
芥川正助と直木正太のコンビはそれぞれ作家なのである。そのコンビが織り成す漫談がこの作品の全てだったりする。
自虐的なギャグが随所に見受けられ、ホントにこの漫談を聴いたら笑っていいのかどーなのか判断が難しい。彼らのネタで「歌手は同じ歌を何度も歌ってもいいのに作家は同じ作品を何度も出版できないのでいかん」という件(くだり)があったが、確かにそう思う。でも、こないだ紹介した中町信さんの「模倣の殺意」のようにアレンジをちょいと変えたりして出版するようなことも出版社はやってますよね。でも今のお笑いブームって「何でもあり」っぽいので近いうちにホントに出てくるかも(ってでてこない?)

7. 書かないでくれます?
ホラーだ。こりゃ。都市伝説でもしかしたらこういうのあるのかな?とおもうくらいすんなり入り込めた。タクシーの中って閉鎖的な空間で一度乗ってしまえばもう運転手の方に身を委ねるしかないのです。私はよくタクシーの運転手の方に話しかけられることが(何故か)多いのですが、この話しを読んだ後はちょいとタクシーの運転手の方とのお付き合いの方法を再度考えたくなるような話しでした。
あと、この本の中で、日本の昔話の雪女の話しが挿話として登場する。作中の人物のコメントに思わず頷いてしまいます。雪女はある雪の夜、遭難しかけたよひょうを助けてあげるが「このことは他言してはいけません」といいその場を去っていくが、その後よひょうの元にひょっこり現れて監視し続けていく。気を許したよひょうが雪女との遭遇の話しをすると「言ってしまいましたね」といいよひょうを殺しちゃう。
ってちょっと酷いよねぇ。
昔話には何らかの教訓があったりするのですが、この雪女の話からは何を教訓として学べばよいのかよくわからなかったりしたばい。

8. 夢物語
雰囲気としてはミヒャエル・エンデのネバーエンディングストーリーっぽい感じ。これだけ、ちょっとファンタジー入ってました。
主人公は物語を創作することができない世界へ誘われます。
そこで主人公は自分の世界の聴いたことのある物語を次々と話してあげます。彼の話す物語は自分の作った物語ではなくこちらの世界(私たちの住む世界)の著名な物語を語るのです。例えばシェークスピアとかそういった有名な奴ですね。別の世界の住人は彼を神格化し、奉り上げるのです。別の世界の中で主人公は一人の女性に恋をします。女性の方は彼の素晴らしい能力にベタぼれなんですが、彼は自分は他の世界からやってきて自分にはなんのとりえもないということを切に語ります。
なかなかよいお話しでした。

総じて、この作家物語で書かれている作家は創作活動上の幾多の悩みを抱えています。これを読むと世の中に作家になりたい人々が増えるのか減るのかはわかりませんが、創作活動をしている方々は一度読んで見てもいいかもしれません。
推理小説ではないのですが、非常に楽しく読めました。

posted by りょーち at 18:26 | Comment(4) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年03月04日

中町信:「模倣の殺意」 この記事をはてなブックマークに追加

模倣の殺意(創元推理文庫)
中町 信

出版社 東京創元社
発売日 2004年8月上旬
価格  ¥ 714(¥ 680)
ISBN  4488449018

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

推理小説読了後、うまく騙されたときには気分が良い。中町信さんの小説を読むのはこれがはじめてなのであるが、どうやら本書は中町信さんのデビュー作のようである。
本書の解説を読むとどうもこの本はいろいろな紆余曲折を経ているようだ。

1971年「そして死が訪れる」(第17回江戸川乱歩賞候補作)(この年の受賞作はなし)
1972年「模倣の殺意」に改題(雑誌『推理』に連載)
1973年「新人賞殺人事件」(1973年 双葉社)
1987年「新人文学賞殺人事件」(1987年 徳間文庫)
2004年「模倣の殺意」(2004年 創元推理文庫)

この5つ、基本的に全く同じ小説である。これだけ改題されて今なお注目を浴びている小説は珍しいのではないか?小説としての骨子は変わっていないため、時代背景も1970年前半の設定のままで、携帯電話とかも登場しない。尤も、携帯電話などあったらこの小説はある意味成立し得ないのだが。
そういう意味である種古めかしい印象を持つかもしれないが、プロットとしてはなかなかいい感じであった。
本書を読み終えて、私の好きなある推理小説作家の有名な小説を思い出した。ここでその作家の名前を出すと本書をこれから読む方にも対比される推理小説作家(仮にAさんとしておきます)の作品を読む方にも先入観を与えてしまうので言及するのは避けます。私としてはそのAさんの作品を先に読んだので「これは似ているなー」と思ったのですが、発表年は「模倣の殺意」の方が断然早い。
おそらく本書を発表した際はこういったトリックが受け入れられにくい土壌にあったのではないかと感じる。
本格よろしく「読者への挑戦」なども付記された本書、ストーリーとしてはこうだ。
本書には中田秋子と津久見伸助という二人の視点から記されている。
7月7日午後7時、坂井正夫が服毒自殺する。密室ということもあり自殺であろうと判断された。坂井正夫とつきあっていた中田秋子は彼の死に疑問を持ち自ら捜査を開始する。
中田秋子は坂井が世話になっていた高名な作家、瀬川恒太郎の娘である。
一方、作家兼ルポライターの津久見伸助は坂井の死亡に関する話しを記事にすべく、坂井の周辺を調査し始める。
坂井正夫は死ぬ前に親しい人間に自分は素晴らしい小説を書き上げたと吹聴したり、婚約者の秋子には近々まとまったお金が入るのでどこかに旅行に行こうなどと伝えており、自殺する動機は見えてこない。
しかし、その坂井渾身の一作は瀬川恒太郎の盗作ではないかという疑惑が生じていた。
秋子は坂井の死を調査する中、以前、坂井の部屋で会った遠賀野律子という女性が鍵を握っているのではと思い、律子の住む魚津市へと向う。
津久見伸助は取材の途中で、坂井に恨みを持っていたと思われる柳沢邦夫という編集者に目星をつけた。柳沢の妹は坂井とつきあっていたのだが自殺してしまったのだ。
「1部 事件」「2部 追求」「3部 展開」「4部 真相」という4章からなる本書。3章の終わりでは、中田秋子と津久見伸助はそれぞれ真相と思われる結論を出す。
そして、4章へとなだれ込むのだ。で、4部の扉にこのように書かれている。
あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。
ここで一度、本を閉じて、結末を予想してみてください。

などと挑戦的な文章が書かれている。
りょーちも結末を予想して見たのだが、予想通り(?)見事に外れた。
「真相はそーだったのか。うーむ。」
どうも中町信に上手く騙されたような感じなのだが、悪い気分ではない。真相を踏まえてもう一度読んで見たくなる作品になっている。1971年の江戸川乱歩賞候補作が今も支持されているのは頷けた。
今回「はじめての中町信」だったのですが、感触としては悪くない。もうすぐエープリルフールなのでちょいと騙されたいと思った人にはお薦めの一作である。
posted by りょーち at 18:00 | Comment(6) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年03月01日

新堂冬樹:「無間地獄」 この記事をはてなブックマークに追加

無間地獄 上(幻冬舎文庫)
新堂冬樹〔著〕

出版社 幻冬舎
発売日 2002.08
価格  ¥ 680(¥ 648)
ISBN  4344402677

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無間地獄 下(幻冬舎文庫)
新堂冬樹〔著〕

出版社 幻冬舎
発売日 2002.08
価格  ¥ 630(¥ 600)
ISBN  4344402685

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

人間には人に触れて欲しくない過去が多かれ少なかれ、あるんだと思います。
本書に登場する桐生保もそういった過去を抱えています。彼の過去はちょいと強烈でした。特にネタバレではなさそうなので言及しても構わないのですが、ここではその暗部に触れることは避けておきます。
新堂冬樹という作家は人の暗部や過去の傷を抉り取るように物語を進めます。眼を背けたくなるような、想像するのも忌まわしい言動・行為をこれでもかと読者に投げつけてくるのです。
桐生保は暴力団富樫組の若頭である。彼は闇金からの借金が滞っている顧客から金品を回収することを生業としている。桐生の金に対する執着心は筆舌に尽くしがたい(って小説なので書いちゃってるのですが・・・)ものである。取立ての際に債権者が窓から落ちて死のうがお構いなく室内から金目の物を奪い取り、債権者の葬儀で香典まで平気で奪い取るような人間である。
一方、もう一人の男、玉城慎二はエステティックサロンで働く営業マンである。営業マンと言っても訪問販売のように各家庭を回りあるくのではなく、街頭でのキャッチセールスによる営業活動が主体だ。玉城には生まれ持った美貌があり、自分の武器が何かをよく心得ており、街行く若い女性を甘いマスクと巧みな話術で契約を取り付ける。玉城は以前女性に騙され全財産を失うというトラウマがあり、以後、女性は利用して捨てるものという信条で生きている。
この物語はそんな二人を中心に描かれる。ここまで読めば単なるヤクザ系金融小説かと思われるかもしれない。新堂冬樹の得意とする「人が堕ちていき、崩壊していく様」が「これでもか!」と描かれ目を覆いたくなる。しかし、本書の根底にあるテーマは異なる。新堂冬樹の描くテーマはすばり「愛」なのである。無間地獄で描かれる愛は通常の常識では理解し得ない愛である。
「闇金」と「愛」の二軸で語られる本書を読了後、きっと「借金だけは絶対してはいけない」と思うに違いない。
玉城は本書ではどうしようもない人間の典型として描かれている。女を騙し、金を搾り取り、自己に危険が迫ると以前捨てた女を口先で再度騙しということをひたすら繰り返す。玉城は桐生に嵌められとてつもない借金を背負ってしまうのだが、玉城に関しては愛惜の念は最後まで沸くことがなかった。
桐生はといえば、彼の生い立ちの部分だけでひとつの物語が完成するほどの壮絶な過去を持ち、ヤクザの世界で生きていく桐生に不思議と肩入れしてしまう自分がいることに気づいた。力が全てという桐生の生き方には当然反発するものいる。桐生と常に敵対し富樫組の後釜を狙う鬼塚の奸計が物語りの幅を広げる。誰もが利己主義的な生き方をし、自分の私利私欲の赴くままに走り続けている。そのレースの先頭を切って走る、桐生。
ひたすら強者として自分を鼓舞する桐生が最後に見せる弱さを私は笑うことができない。桐生はそういう生き方しかできない人間だったのだと諦念するのは容易だが、人はどこかで道をひとつ間違っただけで、悲壮な人生になってしまう可能性を秘めている。瞠目に値する本書のラストを読み終え、暫し放心してしまったよ、ホント。

文庫本の解説で茶木則雄氏が言及しているが、無間地獄とは、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄と続く八大地獄の最下層に位置し、その苦しみは先の七地獄の千倍といわれる最悪の地獄らしい。経典にはこの無間地獄に関しては詳細が一切語られていないが「無間地獄」という名前を聴いただけで吐血して死に至るらしい。本書はそのタイトルに相応しい内容であることは間違いない。私はこの「無間地獄」の中のどの登場人物(たとえそれが街行くサラリーマン的な端役だったとしても)にもなるのは願い下げである。
いやーな気持ちになったり落ち込みたいときは本書を読めばよいだろう。(って、こんな感想を読んだ後にこの本を買う人がいるのだろうか?)
posted by りょーち at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書感想文

2005年02月24日

日日日:「ちーちゃんは悠久の向こう」 この記事をはてなブックマークに追加

ちーちゃんは悠久の向こう(新風舎文庫)
日日日著

出版社 新風舎
発売日 2005.01
価格  ¥ 590(¥ 562)
ISBN  4797495588

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

新井素子さんが「あたしの中の……」を発表したのが高校2年生。小林めぐみさんが「ねこたま」を発表したのも高校生の頃だった。素晴らしい若者はたくさんいるんだねー。
そんな中、最近巷を賑わしている高校生作家がいるらしい。その人の名前は日日日(あきら)という。最近この名前を本屋や書評系のWebでよく見かける。一瞬乱視になったのかと思ってしまうようなこの名前。おそらく「晶」という文字からとったペンネームだと思われる。
本書は、第4回新風舎文庫大賞の受賞作。日日日さんは、その他に第1回恋愛小説コンテスト ラブストーリー大賞(私の優しくない先輩)、第6回エンターブレインえんため大賞 佳作(狂乱家族日記)、第8回角川学園小説大賞 優秀賞(アンダカの怪造学)、第1回MF文庫J新人賞 佳作(蟲と眼球とテディベア)などともうそこら中の賞という賞を取りに取りまくっている、今ノリノリの作家さんのようである。

不思議な作品でしたね。この本。ホラー小説、ファンタジー小説、青春小説がミックスされたヘンな空間ですな。主人公の「僕」こと久野悠斗は両親の家庭内暴力に会い虐待されている高校生。隣に住む幼馴染のちーちゃんこと歌島千草とは同じ高校に通い同じクラスの女の子。
ちーちゃんは昔からオカルトとかホラーとか不思議なものが心から大好きで悠斗を怖がらせる話しばかりしていた。そして、幽霊に遭遇するなどの超常現象を体験したいと常日頃から考えていた。そんなちーちゃんは周囲から変わり者扱いされ、教室内でも話しをするのは悠斗だけであり、昼食も悠斗と一緒に食べていた。悠斗とちーちゃんはその後、クラブ活動に入部することになる。本来クラブ活動などやっている暇も金もない悠斗は何故か武藤白(女性)が部長をやっている陸上部へ。ちーちゃんはそのままの思考でオカルト研究会(通称オカ研)のような怪しげな部に入っていく。ちーちゃんはオカ研で発見した「学校の七不思議」を調査すべく悠斗を誘い、手始めに「苔地蔵」の調査に取り掛かる。そこでは男女二種類の血を苔地蔵に与えることにより願いが叶うといわれていた。ちーちゃんと悠斗は苔地蔵に血を分け与え願い事をお願いした。ちーちゃんの願い、それは「幽霊を見ること」だった。
そして、図らずもそのちーちゃんの願いが叶ってしまう。ちーちゃんは幽霊を見ることができるようになったのだ(まじですか?)
しかし、その後ちーちゃんは日に日に壊れていく。ちーちゃんは非日常を求め、両親に虐待され、満足に食事も取ることができなかった悠斗は日常を求めていた。二人の思いは日に日にすれ違ってきた。そして、武藤白の突然の告白を受けた悠斗はちーちゃんへの思いを感じながらも白を受け入れてしまう。

非常に楽しく読めた。ともすれば、かなり陰鬱になりそうなストーリーを作者、日日日の軽妙な文体が解きほぐしてくれる。しかし、その軽妙且つ面白おかしい文体が一層物語りに深い悲しみを与えてくる。ふざけたペンネームで期待せずに読み始めたが彼はイイですよ。椎名誠の「オモシロカナシミズム」とは少し違うのですが、余韻が残る一冊となりました。
これで、高校生ってちょっと凄いよ。そして高校生にして既に多くの小説を書き上げる日日日さんの今後の活躍を是非是非期待したいのだった。


posted by りょーち at 20:53 | Comment(2) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年02月23日

霧舎巧:「ドッペルゲンガー宮」 この記事をはてなブックマークに追加

ドッペルゲンガー宮(講談社ノベルス)
霧舎巧著

出版社 講談社
発売日 1999.07
価格  ¥ 1,155(¥ 1,100)
ISBN  4061820834

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

20世紀最後の新本格派推理作家、霧舎巧をご存知でしょうか?

本書「ドッペルゲンガー宮」は霧舎巧さんのメジャーデビュー小説なのである。
ちなみに「霧舎巧」というペンネームはあの島田荘司さんが名付け親だそうである。
本書はどことなく有栖川有栖さんの江神シリーズを髣髴とさせるストーリーなので、江神シリーズの好きな方にはお薦めの一冊である。実はこの「ドッペルゲンガー宮」も「あかずの扉」シリーズとして、現在2005年2月までに「カレイドスコープ島」「ラグナロク洞」「マリオネット園」とビシビシと出ているのである。でも「マリオネット園」以降、シリーズが中断しているみたい・・・
で、おそらく、霧舎巧さんはこの「ドッペルゲンガー宮」を書く際にシリーズ化をある程度見据えていたのではないかと思う。
有栖川有栖さんの「江神シリーズ」をご存知の方は、あかずの扉研究会会長の後動悟は江神。二本松翔は有栖という構図で読んでみればわかりやすいだろう。由井広美は思い当たる節がないんだけど、「孤島パズル」の麻里亜というよりも、森博嗣さんの犀川創平シリーズの西之園萌絵に近いかも。
で、当然、後動悟はホームズ役、二本松翔はワトソン役となるのである。このあたり、ある意味推理小説の王道ですね。
先にも記載したように、本書は「あかずの扉研究会」シリーズの1作目となっているため、前半部分の人物紹介が少し冗長だったのはいたしかたないかと思う。ただ、ラスト付近の謎解きはそれにもましてかなり長めだった。本格推理小説好きの方にはもしかしたら垂涎の展開なのかもしれませんが、ちょっと長かったかな?
でも、謎解きが長い理由として犯人の綿密な計画を看破する後動悟の論理的思考と真相にたどり着くまでに用意された数多くの伏線を考えれば気持ちのいい分量かもしれない。
本シリーズは北澤大学に通う二本松翔という青年から見た視点で物語が紡がれていく。「ドッペルゲンガー宮」は翔が北澤大学の「あかずの扉研究会」に入部するところから物語が始まる。
「あかずの扉研究会」は文字通り「あかずの扉」を研究するサークルである。大学にこんなサークルがあったら「入りたい!」と思うあなたは推理小説フリークでしょう。
構成メンバーは翔と同学年の不思議な少女、由井広美。広美とは別の意味で不思議な霊感のよーな能力を持つ綺麗なお姉さん、森咲枝。自称(ホントに自称なのだが)名探偵の鳴海雄一郎。「あかずの扉研究会」には必要だと思うどんな鍵でも開けられる(らしい)大前田丈。そして会長で素晴らしく頭脳明晰な後動悟(でも五年生?)。
本格推理小説に必要な要素をそれぞれが持っているというメンバーが小説のように(?)偶然集まっている。そしてワトソン役は先に紹介した二本松翔なのである。
なぜ推理小説にワトソン役が必要かといえば、読者と同じ目線を持つ、または読者よりちょっとだけ賢い頭脳の持ち主が必要なのだ。そしてそのワトソン役は読者を上手くミスリードし、真相にたどり着く道を迂回しながら進ませる舵取り役なのだ。
そういう意味で言えば本書に登場する二本松翔はワトソン役としてパーフェクトに立ち回ってくれている。
ストーリーだが「あかずの扉研究会」に行方不明の女生徒を探して欲しいという依頼が舞い込んでくる。依頼人は一般の人には全く知られていない超名門女子高校(そんなことあるのか?)の教員からだった。行方不明の女生徒、氷室涼香は祖父の氷室流侃が当主となる流氷館とよばれる館に囚われているという。
自称名探偵の鳴海は行きがかり上、氷室涼香救出のため流氷館へと潜り込むが、そこでは恐るべき連続殺人事件が待ち受けている。

本書の読みどころは幾つかあるのだが、本格推理小説が根っから大好きな人間だと思われる人(=霧舎巧)が書いた本格推理小説なので、推理小説に関する数多の薀蓄が随所に溢れている。(このあたりは有栖川有栖氏の江神シリーズと同様)
次に、伏線の張り方に余念がない。来るべきラストに向けて着々と準備されている伏線が本物の名探偵の後動に解かれる(説かれる)プロセスは本格好きでない推理小説ファンにも読み応えがあるであろう。
次に、青春小説としても(一応)成り立っている。このあたりも江神シリーズとオーバーラップするところがある。
で、ここまで書いて、以前りょーちが書いた「孤島パズル」の感想を読み返してみると似たようなことが書かれている(^^;
江神と後動の両者はホントかっこよすぎです。
犯人と思しき人物が二転三転するのですが、当然、最後は後動悟がキメてくれちゃいます。爽快ですよ。
いろいろなサイトを見て見ると本書には賛否両論ある見たいですが、りょーちはどちらかと言えば好印象でした。論理に破綻のない本格推理小説を読みたい方は霧舎巧はお薦めです。1点気になるところを挙げるとすれば、キャラクターが「おとなしい」かな? お上品とも言えるのかもしれませんが、折角特長のあるキャラ設定なので、もうちょっとキャラが持つ本来の動きをさせてあげたらいいのではないかと思います。(偉そうにすみません・・・)

霧舎巧さんには「あかずの扉研究会」の続編の執筆を是非是非お願いしたいです。(2001/10以降出ていないよーな気が・・・)
どなたか「あかずの扉研究会」の続編についての情報をお持ちの方は教えてくださーい。

posted by りょーち at 20:34 | Comment(6) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年02月22日

椎名誠:「さらば国分寺書店のオババ」 この記事をはてなブックマークに追加

さらば国分寺書店のオババ(新潮文庫)
椎名誠著

出版社 新潮社
発売日 1996.09
価格  ¥ 540(¥ 514)
ISBN  4101448175

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りょーち的おすすめ度:お薦め度

昔出版した書籍が何年たっても色あせず、今読んでも共感できる本っていうのを名作というのであろう。そういった本は時代背景などに関係なく人々に感動を起こす書籍である場合が多い。でも「今読んでも笑える本」ってのは結構少ないのではないか?
そんな中、10年以上前に出版された本書「さらば国分寺書店のオババ」をダンボールから引っ張り出して再読した。
うーむ。やっぱり未だに笑える。
時代的にはJRがまだ「国鉄」と呼ばれていた時代。この本は作家としてオギャアと生まれてきたばかりのシーナマコトの産声のよーな小説である。生まれたばかりの赤ちゃんは「今、こんなところで泣いてはいけない」などと思わずあたり構わず泣き叫ぶ。椎名誠さんの叫びの原動力は「世間に対しての怒り」だったのではないかと思う。そして彼の言う「世間」とはシーナマコトさんの半径5メートルくらいの範囲だと思う。
なので、一般のジャーナリズムの方々のように「オレのペンで世の中を変えてやろう」などと(思っていたかもしれないけど)いう感じではなく少なくとも自分の周りだけは何とかしてくれという気持ちがうかがえる。
しかしその背伸びをせずに自然体のままで世の中を見た視点は人々に「そーだそーだ」「その通り」「あんたが大将」などと共感を与える。で、彼の作品に共感した人々は彼のことを好きになっていくのである。一度食べたら最後、気づけばシーナマコトの恐ろしくも心地よい世界にどっぷり浸かっていることに気づくだろう。
本書の前半部分、彼はホントにいろいろなものに怒りをぶつけていた。
その目次だけ拾って見ても十分楽しめる。
1. 国鉄はいま わしらの眼をまともに見ることができるか
検察/業務連絡/乗り越し料金/電気ドリル/カラオケ超人願望/最終電車
2. 日本の”本官”たちはいったい何を話しておるのか
交通整理/国分寺駅前派出所/南口ロータリー/国分寺書店/ビールとラーメン/忍者影丸/東京地方検察庁/毒だみが原のアリ地獄/派出所の会話
3. 死ね! そこいら中の制服関係の皆様
深夜の激闘/憤怒の底流/地獄の路線バス/甲子園はクソ劇画である/うるさいのだ/オババの正体
4. うに寿司のジャーナリズム的摂取方法
公務員の算数/制服人間粉砕同盟人民戦線/生牡蠣とロースとビーフの問題/涙の目標管理/産業界タマタマの法則/痴的おかま的マイルドセブン
5. 夕陽にむかい背を丸め痛恨のチーズケーキ九六〇円の春
車掌の本分/国分寺カバ/オババの運命

もう、読む前からワクワクするラインナップじゃないですか?

どれもこれも等身大の椎名誠さんの詰め合わせなのである。これだけの完成度でデビュー作というのだからやはり椎名誠さん、おそるべしなのだ。そして嵐山光三郎さんの後書きも非常によい。何がよいかといえば貶しているのだか褒めているのだかわからないところがよい(いや、やっぱ、絶賛しているんだよなー)。単語だけ取って見たらネガティブな単語がポンポンと飛び出すのだが、やっぱ褒めちぎってます。

りょーちとしては、椎名誠さんの「世の中を見る視点」が非常に好きである。学生時代は「哀愁の町に霧が降るのだ」「新橋烏森口青春篇」「銀座のカラス」の一連の私小説に心を奪われ、克美荘日記に私も一筆書きたかったなーなどと昭和の時代に青春を謳歌する貧乏学生達に共感し、のめないのに「クレバワカル」という居酒屋で一杯やってみたいなーと思ったりした。このあたりの本を読んでいると不思議と椎名誠さんと青春時代を共有したと感じちゃうところがまた凄いのだ。

で、繰り返しになっちゃんだけんども、りょーちの中では本書「さらば国分寺書店のオババ」は「何か小説読みたいなー」でも「手元に新しい小説がない」というときに引っ張り出される小説だったりします。
りょーちのお気に入りのエピソードは「生牡蠣とロースとビーフの問題」である。これはもう廃刊になっちゃったんだけれど「噂の真相」という雑誌が創刊されたときのパーティの話しである。このパーティに呼ばれた人々はマスコミ関係者の人であり、椎名誠さんも呼ばれたのである。それまでビジネス界のパーティには参加したことがあった椎名さんはマスコミ関係者・ジャーナリストの方々横暴且つ横柄なパーティでの礼儀作法(?)に怒りを覚えたというお話し。これってよく読むと「寿司が食えなかったことへの怒り」というだけなのだが、椎名誠にかかれば抱腹絶倒は必至の出来事に仕立てあがるから不思議だ。パーティの中での椎名さんの怒りに打ち震える様子がありありとイメージできるのだ。日常の出来事を面白おかしく小説にするということは言うなれば普通の日常生活でも見方を変えれば「楽しく生活できる」のだということを気づかせてくれる。

で、更に椎名誠さんのすごいところは今まであれほど拳を振るわせるほど怒りに満ち、糾弾していた人々を最後の最後でフォローしている。このフォローも「なんか怒ってばっかりだと各方面、各関係者、新郎新婦代表、ご家族の皆様に反感を買うから謝っちゃえ」というスタンスではなく、自分の怒りを向けていた人々を別の側面から客観的に見て「許して」いるのだった。(ここがすばらしいばいね)

本書のタイトルにもなっている「国分寺書店のオババ」は国分寺駅付近にある古本屋を営むオババであり、椎名さんは古本屋を売る際に勇気を振り絞ってこの国分寺書店に行っていた。あの、椎名さんが畏怖するほどのオババはどれほどの威力を秘めているかは本書をお読みいただきたい(なお、本書に登場する国分寺書店は既になくなっているようである)。で、このオババにも最初は罵詈雑言を並べ立てていたのだが、椎名さんが改心(?)するプロセスはちょいと「ホロリ」と泣けてくる。
「八代亜紀の舟歌が流れる安い居酒屋で小学校の初恋の相手に似た人を見かけたのだがやっぱり人違いだった。あーあのころはよかったね」
などと新橋で一人ごちているサラリーマンのよーな哀愁を感じる。(謎)

ちょっと元気がなくなったらまた再読したい一冊なのだ。いまや全世界を飛び回って未だ青春真っ盛りの椎名誠さんには今後も是非是非頑張っていただきたいのであった。

posted by りょーち at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(2) | 読書感想文

2005年02月21日

雫井脩介原作「火の粉」のドラマ放映を見て この記事をはてなブックマークに追加

火の粉(幻冬舎文庫)
雫井脩介〔著〕

出版社 幻冬舎
発売日 2004.08
価格  ¥ 800(¥ 762)
ISBN  434440551X

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ってことで、先週の土曜日、雫井脩介氏原作の「火の粉」のドラマが放映されちゃいました。雫井脩介氏および「火の粉」の読者の方々のいろいろなご意見もあることと思いますが、総じて「まあ、あれはあれでいいのでは?」と思いました。
ドラマはこうだったけど、原作はもっと面白かったって風評が流れれば、雫井脩介さんへの注目や期待度も高まりますし、雫井脩介さんのより素晴らしい作品が話題となればこれもまたファンとしてはありがたいことです。
まあ、100%バッチリOKとまではいかないのですが、りょーちとしては「ラストが書き換えられていた」ことに非常に納得がいかなーい!(と思ったばい)。

小説を原作として2時間で全てを語ることには限界が勿論あるので、パーフェクトとまでは勿論いかないわけで、原作の登場人物と配役を前回、「雫井脩介「火の粉」テレビ朝日系列で2月19日(土)ドラマ放映!!」で紹介いたしましたが、まあ、よかったのではと思われる配役は、雪見役の原沙知絵さんかな。意外と頑張ったのではないでしょうか?
ダメ夫である俊郎役の嶋尾康史さんは、そのダメさ加減は演技力なのか演技そのものがダメなのか、よくわからんかったよ。
武内役の村田雄浩はやはり上手い。あの不気味さはちょっと怖いよ。押え目の演技とその後の豹変ぶりは◎ではないけど、○だろう。
ドラマの雰囲気を壊すのではなかろうかと懸念していた柳沢慎吾も見て見れば(池本役でなら)及第点だろう。
って、こんなエラソーな書き方して「オレは何様なんだ?」と自問自答しちゃったりするんだけど雪見役の原沙知絵さんは繰り返しになりますが、よかったんじゃないかな?あまりにキャラの強い女優の方だと雪見役には合わない気がしていたんですが、原沙知絵さんは沈鬱な表情がやはり似合うね。

このドラマを見て再度配役を考えるなら、りょーち的には下記のよーな感じかも。主なメンバーの配役を勝手に考えて見た。()内は実際の配役。

梶間雪見  ・・・ 伊藤かずえ/西田尚美/中越典子/畑野浩子/(原沙知絵)
武内真伍  ・・・ 大鶴義丹/加勢大周/柏原崇/段田安則/豊原功補/(村田雄浩)
梶間勲   ・・・ 小林稔侍/西岡徳馬/蟹江敬三/(愛川欽也)
梶間俊郎  ・・・ 大澄賢也/豊原功補/相島一之/(嶋尾康史)
池本亨   ・・・ 清水國明/渡辺いっけい/益岡徹/(柳沢慎吾)

って、どうでしょう?
ちょっとパターン化してますけど、伊藤かずえさんとか結構イメージにあってそうな気がするのは気のせい? ちなみに伊藤かずえさんは、TBSで今日から始まる「聞かせてよ愛の言葉を」で松村雄基さんと共演するっぽいですね。このドラマ、昔の大映テレビを彷彿とさせるキャスティングだなー。ナレーション担当は来宮良子さんで、「ヤヌスの鏡」や「アリエスの乙女たち」のナレーションをやっていた人のよーである。大映テレビ世代の30代半ばくらいの主婦層がターゲットなのかも。これも要チェックか? 
池本の場合は猫車で運ばれてしまうときのイメージが非常に強かったので強烈なイメージを残しながらも儚く世を去りそうな人を選定。
勲役は本来であればメインキャラであるはずなのですが、元裁判官という設定なので重みのある役者さんを配役してみた。俊郎は読者や視聴者から「あー、なんでお前はそうなんだ?」というもどかしさを生じさせる役割なので難しかったのですが、豊原功補さんなどはかなり上手く演じてくれそう(役者さん本人にしてみれば不本意かもしれませんが)。で、問題の武内なのですが、あの豹変する演技を上手くやってくれる人はかなり難しいかも。実体験で不遇な目に最近あっている大鶴義丹とかは異常な演技が似合いそう。
畑野浩子さんと柏原崇さんの夫婦対決も見て見たい気が・・・
あと、りょーちのお薦め俳優さんとして豊原功補さんを挙げたいかも。豊原功補さんの演技は安定感があって、落ち着いて見ることができる気がする。シリアスな役とかビシッとやってくれそうだな。
うーむ。小説のキャスティングを考えるのって意外と楽しいかも。1冊で2度おいしいな。こりゃ。

で、「火の粉」のストーリー部分にちょいと言及しますと、先にも書きましたが「ラストは変えないでほしかった・・・」
原作どおりのラストはやはりあまりに切ない、やりきれない、後味悪いってのはわかるのですが、あのラストだけは譲れない気がするんだなー。でも原作のままのラストをテレビで放映するのは難しい気も確かにしますね。

まあ、いろいろ書いて見ましたが、2時間いう限られた時間の中でのドラマ化ということを考慮すれば、総合的にはよかったのではないでしょうか?
まあ、このドラマを通じて更なる雫井脩介ファンの急増を望みます。
ドラマをご覧になったみなさんはどのよーに感じたのでしょうか?非常に気になるところです。もう少し経ったら「火の粉」のドラマについていろいろなBlogで(こんなふうに)取り上げられるとおもいますので、ちょこちょこ覗いてみたいと思います。

posted by りょーち at 16:37 | Comment(9) | TrackBack(0) | 読書感想文

2005年02月16日

奥田英朗:「空中ブランコ」 この記事をはてなブックマークに追加

空中ブランコ
奥田英朗著

出版社 文芸春秋
発売日 2004.04
価格  ¥ 1,300(¥ 1,238)
ISBN  4163228705

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りょーち的おすすめ度:お薦め度お薦め度

爆笑。そして爆笑。
どーよ、奥田英朗。

本書「空中ブランコ」は「イン・ザ・プール」の続編。そう、あの男、伊良部が帰ってくるのだ。概して世の中いろいろなものが帰ってきてますな。「帰ってきたウルトラマン」とか「帰ってきたアルバイト探偵(大沢 在昌)」とか「帰ってきた桃尻娘(橋本 治)」とか「帰ってきたドラえもん」(どーでもいいけど、「どらえもん」で変換するとキチンと「ドラえもん」になるところが素晴らしい・・・)とか「帰ってきたジェイソン」とか「帰ってきたヨッパライ」とか、もう、世の中帰りまくりなのだ。(ってここまでの文章ホント意味ないかも・・・)
まあ、兎に角、伊良部かまたもや帰ってきたのですよ、奥さん(誰?) 超常現象や都市伝説にも匹敵しそうなキャラ。イン・ザ・プールだけで終わってたまるか。鈴木光司よろしく、「リング」「らせん」「ループ」の勢いで突っ走って欲しい。(ちなみにりょーち的には「バースディ」は余計だった気がする・・・)
しかし、誰だよ、こいつに医師免許発行したの。面白すぎるじゃん。尾辻さんだか坂口さんだか、よく知らないけどホントにこんな医者がいたら世も末です。ブラックジャックの生みの親の手塚治虫先生もピノコと一緒に天国で嘆かれていることでしょう。
更にどーでもいいのですが、現職の厚生労働大臣の尾辻秀久氏のプロフィールに「昭和39年、23歳で東京大学入学。在学中に、5ヵ年をかけ国産車で世界77カ国を巡る。」などと書かれています。やんちゃな感じがしてちょっと好感を持ったかも。
冗談は、坂口力さんの髪型だけにして話しを進めますと、本書「空中ブランコ」も前作の「イン・ザ・プール」のように、5つの症例(?)が収録されています。

「空中ブランコ」
サーカスというのは非日常という感じがします。幼少の頃に地元に来ていた木下大サーカスを見て感動した記憶があります。そーいえば最近サーカス団という言葉自体をあまり耳にしない気がします(安田大サーカスはおいといて・・・)。そんなサーカスの花形といえばやっぱり空中ブランコでしょう。普通では考えられないことをやってのける彼らも一人の人間。心の病に落ちることもあるでしょう。
新日本サーカスの空中ブランコ担当の山下公平は最近、キャッチャー内田が自分をキャッチするのを拒んでいると感じ怒っていた。演技部長の丹波に「疲れているんだから一度病院で見て貰ってみては?」と諭され、睡眠薬でも貰ってこようという軽い気持ちから伊良部総合病院を訪ねた(あーあ。行っちゃった・・・)。
待ち受けるは我らが伊良部医師。診療そっちのけで、サーカスに行きたがる。山下は面倒とは思いながらも社交辞令で適当な相槌を打つ。そこがもう間違いの始まり。きっと山下は「イン・ザ・プール」をまだ読んでいなかったに違いない。ちゃっかり翌日には伊良部がサーカス団に顔を出してくる。それだけならまだしも、空中ブランコの上の台まで登りはじめる。空中ブランコをやってみたいということだけしか伊良部のアタマにはなく、何の恐怖心もなく、飛び移ってしまう(ホントかよ・・・)。
そしてそして何を思ったか、伊良部はなんと本番のサーカスの舞台にまで登場することになる。
結局山下は極度のスランプに落ちているだけだったのだが、伊良部の演技を見て何か思うところがあったのか、スランプへの打開策の切っ掛けを掴んだようだ。
ちなみに、伊良部は例によって診療めいたことは全くしていない。(合掌・・・)

「ハリネズミ」
タイトルからして何の話しか推測し難かったのですが、尖端恐怖症の話し。尖っているものはみんな誰しも嫌いだと思うのですが、日々尖っているものを利用しなくてはいけない職業は世の中にたくさん存在します。たとえば、調理に携わる方々は常に包丁などを利用しますし、建築関連の方々は釘や錐などを用います。また、鍼灸師の方々は商売道具に針を使ったりします。伊良部医師の場合はあまり関係ないかもしれませんが、外科医師の場合は勿論メスが必要となります。こういった方々が商売道具が尖っているから「きゃー怖い」などとごちた日には商売上がったりです。
本書に登場する猪野誠司も尖ったものを必要とする職業です。猪野の職業は所謂ヤクザ屋さんです(うーむ、これは尖ったものが必要だ)。その猪野が尖端恐怖症と周囲に知れちゃうと、そりゃーもう大変である。ヤクザ屋さんの沽券に関わる重大問題である。
しかも、血判状などを押す際も自分で指を切り押さなきゃいけないわけだ。朱肉でペタッてわけにはいかない。
そんなわけで、いやだとは思いつつ山下はどうにかしなければという思いで(どう間違ったのか)伊良部総合病院に吸い込まれてしまう。
伊良部はヤクザだから怖いとかそういった気持ちは全くなく、「銃を撃たせてくれ」などとあらぬ方向のお願いをしたりと相変わらず、よくわからない言動・行動を取る。
その後、山下は吉安組との抗争が生じ、吉安との直接対決っぽくなる。
で、何故か伊良部もそこに同席している(なんでだ?)
直接対決の危機を山下はどう回避するか。そのとき伊良部は?
読後感は「あー、よかったね」といった清清しいものだった。

「義父のヅラ」
ヅラとはあれだ。鬘(カツラ)のことである(漢字で書くとこんな難しい字なのか・・・)。プチ整形などが市民権を得た今、ヅラはある意味化粧などのレベルにまで達しているのかもしれません。しかし、そこは実際にヅラをつけている人にしかわからない。会社などでも「あ、この人はもしかしたらヅラなのかも」と思う人もいるかも知れませんが、基本的に本人がカミングアウトしない限り口にしてはいけないという不文律とも言うべき社会のルールが存在する。でも、ヅラの可能性を秘めている人が非常に近しい人だとどーだろう? 更にその人が非常に権威のある人や自分に対して影響力を持っている人の場合、やっぱり確認したくなるものかもしれない。
池山達郎の場合、まさにその典型だった。池山は義父のがカツラではないかと疑問を持ちどーしても剥がしたくなる衝動を抑えられないようである。強迫神経症というらしいが、池山が言うには「学会で登場する際、欽ちゃん走りで走りたくなる」とか「非常ベルを押したくなる」とか破壊活動っぽい衝動に駆られることがしばしばあるようだ。
池山は実は伊良部と同じ大学の同級生であった。同窓会の席でバッタリ伊良部とあった池山はそれとなく自分に起きている不可思議な衝動についておそるおそる伊良部の見解を伺うが伊良部は「ビタミン不足だ」などと相も変わらずわけのわからない応対。
そこで行った伊良部の治療方法は「思い切ってやりたいことをやらせる」という一見、理に適った(?)方法だった。しかし、具体的な手法がいかん。
池山が「歩道橋に書いてある地名に一筆加えて遊んで見たくなる」といった破壊的活動を率先してやろうとする。ちょっと違うと全く違う意味になる言葉はたくさんある。金王神社の王が玉になると・・・とかそういった類のことを池山とホントに実践してみる。当然そういったいたずらをしちゃうと社会が許しておくはずもなく新聞などで「誰が一体やったのか?」などと取り上げられちゃう。
しかし、池山はそういった子供っぽい行動を実際に行い、伊良部と童心に返り盛り上がることによって性格面でも良い変化が生じる。
はたして、義父のカツラ問題に池山は言及できるのか?真面目に物事を考えていない(と思われる)伊良部に池山が感化されるプロセスそのものが治療だったりする。うーむ、不思議だ。

「ホットコーナー」
40代以上の年配の方々にとってはサードといえば長島なのか?野球ではサードの守備はホットコーナーと呼ばれる。直訳すると「熱い角」。なんのこっちゃ?と思うかもしれないが、サードには強い打球が転がる可能性が圧倒的に高い。世の中には右利きの人が多く、右打者が力強く引っ張って打つと必然的にサードに強い打球が飛ぶのだ。で、そこを華麗に捌き一塁へ矢のような送球をする。ショートと並んで守備の見せ場を作れる花形ポジションだ。
長年、東京カーディガンズのサードを守っていた坂東はある日突然、一塁への送球がまともにできなくなってしまう。こういった症状は実はイップスと呼ばれているようである。ゴルフでよく使われる言葉で手や手首の筋肉が無意識に収縮し、殆どパットができなくなるような症状である。精神的なものであるようだが、プロスポーツ選手にとってイップスになることは選手生命の危機に立たされることに他ならない。
悩んだ末に坂東はよりによって伊良部総合病院を訪れる。
伊良部は診療そっちのけで坂東とキャッチボールをしてみる。当然素人の伊良部はコントロールなどめちゃくちゃなのだがゴロを投げて無理な体勢からスローイングさせるとど真ん中のストライクを返球してしまう。ドカベンの岩鬼の守備バージョンのような体質なのか?
坂東の方は素人の伊良部がいともたやすく無理な送球体勢からストライクを投げることに疑問を感じますます送球というものがわからなくなり深みに嵌る。そこに追い討ちを掛けるように伊良部が「コントロールって何?」という根源的な疑問を投げかけてくる。
数学の証明問題では定義とか定理とか公理とかってものが存在し、命題論理学という学問も存在している。定義とはある事象(何でもいいのだが)を考察する際に言葉や記号の意味を規定することであり、定理とはその定義から論理的に導かれる事柄である。公理とは証明する必要のない、明らかに自明な法則である。なので、定義が覚束ないとその先の定理だとか公理とかも足元から崩れてしまうのである。
伊良部の掲げた疑問は坂東にとって自己の野球の定義を覆すような疑問だったに違いない。実際、その疑問を投げかけられることにより、自問自答しまくり、ますます深みに嵌っていく。更に追い討ちを掛けるが如く、伊良部の「バッティングとは?」とか「歩くってどういうこと?」などの素朴な疑問に悉(ことごと)く嵌ってしまう。
しかし、そのスランプ(?)の光明を見出したのもこの伊良部であった。この話しのラストも爽快な終わり方だった。いいじゃん、伊良部。

「女流作家」
女流作家の星山愛子の悩みは自己の小説がマンネリ化しているのではないかという強迫観念に掛かってしまう。よくよく考えれば、作家の方々は自分がどういったものを書いたかをキチンと覚えていて凄いと思う。しかし、この星山愛子のように30冊以上もの本を書き続けて同じような設定を避けて書かなくてはいけないというのは至難の業のような気がする。星山は出版社の担当や友人などに自分がどんな設定で今まで書いたかを聞きまくるのだ。(気持ちはわからなくもないが・・・)
そんな不安定な精神の中、精神安定剤を貰うために訪れてしまったのが伊良部総合病院だった。星山が作家と知ると伊良部は「自分も本を出版したい」と言い出す。ホント子供のような伊良部である。星山自身は薄々であるが精神的にまいっている原因はわかっているようだ。星山が以前書いた「あした」という渾身の一作がさっぱり売れなかったことにある。そこまで自身でわかっているのだが体がいうことをきかないような感じである。
その後、再度病院を訪問した星山を待っていたのは伊良部の書いた作品を渡されてしまうという自体だった。しかも看護婦のマユミちゃんのイラスト付き・・・ どーしてもこれを出版社に渡して欲しいとせがむ伊良部に一応原稿(のようなもの)を受け取る。
伊良部はもう有頂天になり、「何時出版されるのか?」と相変わらず童心である。
しかし、そんなに出版業界が甘い筈もなく出版社の担当は婉曲的にダメだしを伊良部にするのだがスーパーポジティブシンキングの伊良部に伝わるはずもなくますます創作活動にやる気を出してしまう。
そんななか、ちょっとしたいざこざが切っ掛けで星山はポジティブな気持ちを持てるようになる。(言っておきますが伊良部の治療のおかげではないですよ)
最後にポジティブさを取り戻す過程に花を添えるエピソードがマユミちゃんの一言だったりするのもよい。

総合的にみて、前作の「イン・ザ・プール」と共に本書を読んで思った伊良部の印象は、「こんな裏表のない人間がいると非常に世界がシンプルで平和になるのでは」と感じた。殺伐とした世の中に一石を投じる一冊だな。こりゃ。
りょーちも伊良部に診察して貰いたいかも。(どーゆー治療をされるのか・・・)
直木賞も受賞し、フジテレビでもドラマ化される(らしい)この奥田英朗の渾身の一作、奥田英朗は当分安泰、順風満帆だな。

最後に一言。
「つべこべ言わず、いいから読んでみて!」

※最近★×10連発しすぎか?
奥田英朗さん作品一覧

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