2005年06月22日

真保裕一:「奇跡の人」 このエントリーをはてなブックマークに追加

奇跡の人
奇跡の人
posted with amazlet at 05.06.22
真保 裕一
新潮社 (2000/01)
売り上げランキング: 74,811

りょーち的おすすめ度:お薦め度
はじめに言っておきますが、ヘレン・ケラーとは全く関係がありません。
この物語は「自分探し」というジャンルになると思われる。主人公の相馬克己は療養先の病院で「奇跡の人」と呼ばれている。
克己は交通事故により脳死を宣告されていたが克己の母の熱心な介護と克己自身の類まれなる生命力により一命を取り留めた。身体機能の回復についてはリハビリを繰り返すしかないのだが問題は事故による記憶喪失である。克己は交通事故のショックで事故以前の記憶を全てなくしていた。
8年間にも亙る病院でのリハビリ生活を余儀なくされた克己は現在31歳。しかし心の中は生まれて8歳の子供とそんなに変わらない精神レベルである。人生を生き直すことになる克己にとって唯一の肉親であり精神面・身体面をサポートしてくれた克己の母は残念ながら既に亡くなっていた。
そんな克己が病院を退院できるようになった。院長先生から「もう退院してもいいですよ」というお墨付きを貰ったのだ。母のいない中、自分で仕事をしながら生活費を確保しなければならない。克己の働く場所は民生委員の風間さんが斡旋してくれた印刷会社になる。克己は退院後、母のいない自宅に戻る。
部屋でアルバムや母の残したノートなどを見ていると克己は自分の昔のことを知りたくなってきた。それは勿論当然の流れであり、誰も止めることはできない。自分の中学や高校までの卒業アルバムは家にはなく、隣の横山さんとそのことについて話をしていると、どうも克己は事故後にこの町に引っ越してきたことがわかった。
さらに同僚から「市役所で住民表をみれば以前の住所がわかる」ことを知り住民票を取得した。住民票は福岡市となっていた。
克己の瞠目に値するその行動力は非常に素晴らしい。克己が自力で調査をするにあたり、昔の仲間と偶然町で出会う。記憶をなくす以前の自分を知っている人がいることに克己は驚く。彼は克己の友人のコージだった。コージの伝を辿り更に昔の恋人の聡子に会う。しかし、コージも聡子も事故のことについては重く口を閉ざしたままだった。
母や友人を含めて何故克己に昔のことを教えてくれないのか? 事故以前に克己は何があったのか?
なお、ネタバレに近いが克己は終盤に記憶を取り戻す。終盤の展開は賛否両論あると思いますが、私は手法としては「あり」だったのかなと思います。物語としてこういった閉幕の手法は「綺麗な終わり方」なのかなと・・・
更にこの終わり方がハッピーエンドなのか否かというのも賛否両論あるかと思う。
りょーちは「一応」ハッピーエンドなのかなと感じた。
キーワードは「リインカネーション(輪廻転生)」?

posted by りょーち | Comment(8) | TrackBack(3) | 読書感想文

2005年06月03日

横山秀夫:「顔 FACE」 このエントリーをはてなブックマークに追加

顔
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横山 秀夫
徳間書店 (2005/04)
売り上げランキング: 3,198
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 3.5
4 安心して読めますね
4 比較は出来ないのだが…
3 肩の力を抜いて・・・


りょーち的おすすめ度:お薦め度

D県警シリーズ。横山秀夫の「陰の季節」で「黒い線」に登場した婦警の平野瑞穂が主人公となる。「黒い線」での事件で心に傷を負った瑞穂が復帰して配属されたのは機動鑑識班ではなく広報室だった。
本書では「黒い線」から更に警察官としても人間としても大きく成長した瑞穂に出会うことができた。
本書は下記の5つの短編小説からなる。
・「魔女狩り」
・「決別の春」
・「疑惑のデッサン」
・「共犯者」
・「心の銃口」

なお、仲間由紀恵さんが主演でドラマ化されていましたね。横山秀夫原作だと知っていれば見ればよかった・・・ ということなので、りょーちの中では平野瑞穂=仲間由紀恵のイメージで読み始めました。

●「魔女狩り」
復帰後配属されたのは、広報室。通常の企業では広報室は花形というイメージがあるが、県警内の広報室はどうも違うようだ。なんとなく警察の発表というものはニュースなどで見る限りいろいろ謝っているシーンばかり思い出される。勿論謝るだけが仕事ではなくその他の広報活動もやっている。元似顔絵警察官の瑞穂は広報室はどうも自分に会っていないような気がしていた。記者と一緒に飲みに行き情報を得たりすることが仕事なのかとやはり心のどこかで思ってしまう。
県内の選挙違反騒動で県警が上を下へと騒いでいる中、瑞穂はJ新聞の浅川久美子を喫茶店に呼ぶ。最近J新聞は県警発表ネタでかなり特ダネをすっぱ抜いている。浅川に聞いたところ特ダネを飛ばし続けているのは風間という記者のようであった。沖縄からD県の支局にきて5年の風間は東京に帰りたがっていた。浅川と話しているときに風間がひょっこりやってきて香水の匂いを残し去っていく。
そして翌日にまたもJ新聞は「市議会議長を逮捕」という特ダネを披露した。瑞穂が広報室を出たところでR新聞の大城冬美という記者と会った。大城も沖縄生まれだった。瑞穂は風間と大城の間に何かがあるのかと探りを入れてみたがそれらしいことは分からずじまいだった。
県警ではJ新聞の風間にネタを流してるのは誰かということが問題になり始めていた。同僚からは冬美も県警の影山からネタを流してもらったことがあるとの情報を得ていた。内部の人間に情報をリークしていることは問題であるため、今後捜査員をカンヅメ状態にして捜査をすることが決まり安堵する中、またしてもJ新聞に特ダネを抜かれた。
流石に他社も黙っていられなくなり県警には抗議の嵐が吹き荒れた。
内部の中で情報を流している犯人を捜す中、瑞穂はあることに思い当たり、情報をリークしている犯人を突き止める。
瑞穂の推理は女性でないと気づかないことではないのだが、やはり女性の視点というのが有利になったことは間違いないと思われる。

●「決別の春」
広報室に配属され短編2話目(?)にして瑞穂に異動の辞令が降りた。一瞬機動鑑識班に戻れるのではと思った瑞穂の期待を裏切り配属されたのは捜査一課犯罪被害者支援対策室(長いよ・・・)。硬い名前だが、要は「電話相談室」である。瑞穂は電話相談員としての業務は広報室よりも犯罪者への距離は近いと思われる。
電話相談室は室長代理の田丸三郎と他2名。一人は瑞穂の同期の香山なつきというメンバーだった。そんな瑞穂に若い女性から「自分は焼き殺される。また家に火をつけられて・・・ どんどん近づいてくる」という意味深な電話が舞い込んできた。瑞穂は現在D県E市で起きている連続放火事件に思い当たる。
「また家に火をつけられ」という言葉に以前にも放火されたことがあるのかと思っていると先日の女性から再度電話が掛かってくる。電話の女性は「しおり」と名乗った。名前を頼りに過去の新聞記事を調べて見ると、14年前の放火事件の被害者であることがわかる。放火犯はしおり叔父の中島健二で、既に逮捕されていたが14年前の事件ともなると仮出獄している可能性も秘めている。
中島健二の現況を調べるうちに瑞穂は14年前の放火事件の真実の姿に気づいてしまう。
うーむ。この推理はかなり鮮やかな気がする。瑞穂は刑事としても一級の推理力と操作能力を持っているんだねー。

●「疑惑のデッサン」
タイトルからして「陰の季節」の「黒い線」の続きなのかと思ったがちょいと違った。が、背景には警察組織内部の閉鎖的社会が透けて見えるような気がした。
電話相談員の仕事も重要だが、やはり瑞穂は自分のやりたいことは似顔絵によって事件を解決することだと気づいた。瑞穂は自費で絵画教室へと通い始めていた。
しかしその絵画教室には似顔絵婦警の後任の三浦真奈美も通っていたことを知った。そして運悪く真奈美と絵画教室で鉢合わせてしまう。真奈美のデッサンのレベルはまだまだであった。
そんな中、N駅付近で喧嘩による殺人事件が発生した。目撃者の証言から似顔絵が作成された。描いたのは勿論瑞穂ではなく真奈美であった。その似顔絵をみた瑞穂はあまりに完成された似顔絵に正直ビックリしていた。瑞穂は自分の時のように似顔絵の改竄を真奈美がやっているのではないかと感じていた。瑞穂は元上司の湯浅に疑問をぶつけて見たが思わしい答えは返ってこない。
そうこうしているうちに瑞穂はテレビで犯人逮捕の知らせを知る。犯人の顔は真奈美の似顔絵とそっくりであった。果たして真奈美はどうやってこの奇跡的な似顔絵を描くことができたのか。
人には持って生まれた才能があり、努力によりそれを幾分か補完できる。日本人はそれを美徳としているが幾ら努力しても自分には届かない限界も大人になると残酷なまでに分かるようになってくる。努力で埋まらない溝の部分をどう解決していくのか。それは自己の人生、生き方そのものなのかも知れないと感じた。

●「共犯者」
かすみ銀行増淵支店で行われた防犯訓練。途中まではホントに防犯訓練だったのだが折りしもその訓練中にかすみ銀行の北川支店で本当の強盗事件が発生した。なんか伊坂幸太郎の「陽気なギャングが地球を回す」とか新堂冬樹の「銀行籠城」っぽくなってきた。
増淵支店に詰めていた警官たちは対応が後手後手になり、結局犯人を取り逃がしてしまう。あまりのタイミングの良さに警察内部では訓練の日時が外部に漏れたのではないかと疑念を抱き始めていた。警察から漏れたのでなければ共犯者は実は以外なところに・・・
銀行内部に犯人がいるのか。実行犯と別に共謀者がいるのか。
情報をリークした人間は意外なところにいた。そして彼(彼女)ならそうしてもよいと思える理由もあった。どうもこの話しは読んでいてあまり心休まる話しではなかった。
瑞穂の推理がここでも冴えていた。

●「心の銃口」
この話しが最もボリュームがあった。で、最も刑事ドラマっぽい物語でもある。言ってみれば「横山秀夫っぽくない」話しなのかな。でも緊迫感に溢れた話しだった。主人公の瑞穂は女性なので全編に亙り女性の視点に近い目線で物語が進む。
この話しに登場する同僚の南田安奈は射撃ではかなりの腕前であり、瑞穂はといえば射撃のスキルは皆無である。安奈にとって瑞穂は警察内で女性の地位を貶める存在でしかなかったはず。これは警察だけではなく一般のサラリーマン社会にも見られる構図だと思う。しかし、安奈の拳銃が奪われるという警察ではあってはならない事件が起こる。
この物語は、女性同士の戦いっぽく書かれているがりょーちとしては、女性同士が互いの存在や考えを理解するプロセスのよーな話しだなと感じた。
犯人追跡時に登場する箕田という男性刑事の行動も刑事における男性と女性との考え方を上手く対比させた行動を取らせていたと思う。
瑞穂を刑事としても人間としても更に成長させた事件となったことだろう。


やはりストーリーテラーとして横山秀夫は一級品ですよ。想像ですが横山秀夫さんの中では物語を考えるときにストーリー(骨子)よりもあるシーンの具体的なイメージが浮かび上がってきて、シーン同士をリンクさせていくような小説の書き方をしているような印象を受ける。もっといえば、小説の中で描きたいことは主人公やその周りの人々が見せるある一瞬の表情や考え方などの印象的なシーンのために言葉が紡がれていくような感じを受ける。
「クライマーズ・ハイ」などは先ず日航機のあの墜落のシーンが中心となりそれを中心に物語が進んでいる。「半落ち」もあの最後のシーンを中心に物語が収束していくような印象だ。
だからなのかもしれないが、横山秀夫の作品は映像化すると非常に引き込まれるのかもしれない。素晴らしいっすよ。
posted by りょーち | Comment(6) | TrackBack(7) | 読書感想文

2005年05月11日

横山秀夫:「陰の季節」 このエントリーをはてなブックマークに追加

陰の季節
陰の季節
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横山 秀夫
文芸春秋 (2001/10)
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 4.45
5 うならされるどんでん返し
5 おもしろい・・・すごく。
5 短編小説の醍醐味ここにあり

りょーち的おすすめ度:お薦め度

上手いよな。横山秀夫って。
警察小説を書かせたら今は横山秀夫・雫井脩介・貫井徳郎あたりが一押しかも。長編小説もなかなかいいけど、今回の「陰の季節」のような短編小説もやはり上手い。短編小説は長編小説よりも起承転結がしっかり伴っていないと読者としても「で、何の話をしたかったの?」となってしまう。その点も横山秀夫にはかなり満足している。
本書は下記の4つの短編小説が掲載されている。
・「陰の季節」
・「地の声」
・「黒い線」
・「鞄」

ちなみに、本書は第5回松本清張賞を受賞している。

●「陰の季節」
警察にも人事異動があるんだなー。警察官も偉い人はなんだか天下りのようなことをしておるらしい。本書の主人公である二渡真治はD県警の人事課にいる。
二渡は今回の人事で天下り先のポストにある署長を異動させようとしたのだが、そこの天下り先に居座っている尾坂部が辞めないと言い出していた。通常、天下り先にもその期間があり、二渡は尾坂部の退職を見越した人事を考えていたが思わぬところでケチがついた。
「辞めない」という尾坂部の真意を探るため二渡は尾坂部の元へとむかった。尾坂部は二渡にあってもやはり辞めるつもりはないと翻意する様子を伺わせなかった。
尾坂部の周辺を探っていくにつれ、尾坂部の娘が殺人事件で命を落としていたことを知る。犯人は未だ捕まっていない。何故尾坂部は今の仕事をやめようとしないのか、そして娘を殺害した犯人とは誰なのか。このあたりが読みどころであろう。

●「地の声」
警務部監察課の仕事は警察職員の賞罰に関する情報が集まってくる。ただ周囲からは「罰」の部分がクローズアップされ、スパイのような目で見られてしまう部署のようだ。新堂隆義はその監察課にいる。あるとき監察課の元に一通のタレコミ文書が届く。それは「Q警察署の生活安全課長がパブのママと不倫をしている」という内容のものだった。Q警察署の署長とは曾根和男である。新堂は自分より5年上の先輩で曾根と同じ所轄にいたこともあった。曾根の性格を少なからず知る新堂は曾根はそういったことをする人間ではないと感じていた。
事件の真意を見極めるため新堂は調査に乗り出した。張り込みの末、曾根は確かに問題のパブに出入りしていた。ただ曾根にやましいことがあるのかどうか今ひとつ判然としなかった。そんな中、曾根が何者かに刺される。
果たして曾根を指した犯人は誰か?
誹謗中傷のタレコミを送ったのは誰か?
本書を読んで人間は自分の置かれた環境をふと振り返り自問自答するときがあるが、そこで出された「答え」によっては身の破滅を呼び起こす引き金になりかねないという怖さを味わった。

●「黒い線」
「黒い線」では横山秀夫の書いた「顔 FACE」という本の主人公でもある平野瑞穂が登場する。瑞穂は機動鑑識班に所属する婦警である。瑞穂は先日ある事件で新聞にも取り上げられた。それは「平野の書いた似顔絵が元で犯人を捕まえた」というものである。機動鑑識班で瑞穂に与えられた仕事はモンタージュと同じように逃走した犯人の似顔絵を描くことである。新聞には「こんなにそっくり」と平野の描いた似顔絵と逮捕された暴走族の犯人の写真が並べて掲載されている。そんなお手柄を立てた瑞穂が翌日から無届で欠勤している。
二渡は妙に気になり、今回の瑞穂の事件について婦警担当係長の七尾友子に相談する。友子もその事実を知り驚いたが、どういうことなのかを知るために瑞穂を尋ねてみることにした。しかし、寮を尋ねて見たが瑞穂はいなかった。
失踪した瑞穂を捜索中の友子の元に瑞穂の車がM駅前で見つかったとの知らせを受けた。M駅前といえば瑞穂の描いた似顔絵の犯人が捕まった場所である。更に捜索を続けていた友子に瑞穂が実家に帰っているという情報が舞い込んできた。実家に足を運んだ友子はやっとのことで瑞穂に会うことができた。瑞穂は泣いていたようだった。
瑞穂からは無断欠勤の理由を聞けなかった友子はあることが切っ掛けで事件の全容がわかってしまった。
うーむ。これは一番面白かったかな。本書については実は先に記載した「顔 FACE」の中で簡単に触れられている。「顔 FACE」の方はこの「黒い線」の続編と思ってもよい。
ただ、「黒い線」は「顔 FACE」を先に読んだ人にも十分楽しめる。
また、順番どおり「黒い線」→「顔 FACE」と読まれた方は平野瑞穂の成長に目を見張ることだろう。そういう意味でも「顔 FACE」は読んで見てもよいかもしれない。

顔 FACE

●「鞄」
柘植正樹は警務部秘書課で「議会対策」を職務としている。県議会の中で警察に向けられた質問に対しての対応をするのが主な業務だが、県会議員からは逆に「どういう質問をしたらよいか」と質問を考えてくれと言われるようなこともある。
そんな中、県会議員の鵜飼が「今度の議会で県警に対して爆弾発言をする」という情報を耳にする。真意を確かめるべく鵜飼に質問の内容を尋ねにいったところにべもなく質問内容を明かすことを断られる。県議会と警察との間の質問に関してはある種のデキレース的な側面も持っているのだが、柘植にとっては「爆弾」と称される質問の内容を窺い知ることが出来ず苦慮している。
結局何も掴むことが出来ず議会の日を迎えることとなった。柘植は鵜飼の答弁を一言半句漏らさずに聞くことを心がけたが結局答弁中に「爆弾」と思われる発言はなかった。
何故「爆弾」を出さなかったのか。その真意を知ったとき柘植はどうするのか。
警察と県議会とのつながりのようなものがおぼろげに見えてくるこの小説。後味がそれほどよくないなあと最後のあたりまで読んでいて思ったのだが最後の最後で柘植の家族の挿話でちょっとだけ救われたような気がした。


本書の解説で北上次郎さん(本の雑誌の編集長の目黒孝二さん)も書かれているが、この小説は警察の表舞台に決して上がってこない「裏方」の人々の物語なのである。その「裏方」にもキチンとした意思があり組織と言う歯車の中で働いているのだ。そう考えると警察も決して特別な組織ではないことが窺い知れる。
こういった「裏方」の話しをこうまでキッチリ仕上げる横山秀夫さん。やっぱりあなた、凄いです。



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2005年04月25日

貫井徳郎:「鬼流殺生祭」 このエントリーをはてなブックマークに追加

鬼流殺生祭
鬼流殺生祭
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貫井 徳郎
講談社 (2002/06)
売り上げランキング: 95,832
通常24時間以内に発送
おすすめ度の平均: 2
3 貫井流アンチ本格?
4 私は結構好きです。
3 人間の書き方がイイ

りょーち的おすすめ度:お薦め度

貫井徳郎の明詞シリーズの第一弾。「鬼流殺生祭」。こういうのも貫井さん、得意なんですねー。ちょっとビックリっす。
物語は日本の明治時代にちょっと似ている「明詞」という架空の元号の時代で起こる不思議な殺人事件の話し。京極夏彦を読まれている方はこんな感じで読み替えて貰えば分かりやすい。
・九条惟親 → 関口巽
・朱芳慶尚 → 中禅寺秋彦(京極堂)
または、藤木稟を読まれる方は「陀吉尼の紡ぐ糸」や「ハーメルンに哭く笛」「黄泉津比良坂」などに登場する下記の人物とキャラが一致するかもしれない。
・九条惟親 → 柏木洋介(新聞記者)
・朱芳慶尚 → 朱雀十五(盲目の探偵)
と、まあ、いずれにしても分かりやすい構図となっている。これはどーゆーことかといえば、コナン・ドイルで言うところのホームズとワトソンの関係がそのまま踏襲されていると言ってもよい。推理小説はこうでなくっちゃ!(ダメ?)

朱芳慶尚はちょっと病弱でひきこもりがちで書生っぽい生活を送っている。一方、九条惟親は江戸から明治(明詞)にかけてすごいスピードで変革している今の日本にワクワクしている若者といった感じであろうか? 九条は公家の出身で金銭的にも恵まれており、いわばおぼっちゃんである。朱芳も前相模藩主、朱芳慶斉の三男である。朱芳は医学および蘭学に精通しており、アメリカの医師ヘボン先生(あの、ヘボン式ローマ字の人かな?)の弟子として医術を学んでいて英語・ドイツ語・フランス語も堪能らしい。でも、医者の不養生ってわけでもないが病弱である(うーむ)。

事件は、九条の友人の武知正純の家で起こる。武知は結婚を控え留学先のパリから日本に戻ってきた。相手のお蝶は親縁で祖母の霧生カツが命じた許婚である。許婚とはいえ、二人は互いに好意を抱き、晴れて結婚することになっていたが、結婚直前に霧生カツが死亡する。霧生カツの葬儀に呼ばれた九条はそこで今まで見たこともない不思議な葬儀を目の当たりにする。
「なんと神様」「えれんじゃ」「おてんぺんしぁ」などと今まで聴いたこともない言葉が飛び交う中不思議な葬儀は終了する。そしてその葬儀が終わって直ぐに、なんと、正純が何者かに殺されてしまうとの情報が入ってきた。
正純の殺された状況を確認した九条はこれは密室殺人であると感じた。誰も侵入不可能と思われる部屋で正純は懐刀のようなもので刺されて絶命していた。警察の介入を拒む武知家から九条はこの事件の解決を依頼される。九条はこんなときに役に立つと思われる朱芳慶尚に相談に行くが朱芳は「関わりを持つべきではない」と事件の調査から手を引くように進言される。九条が調査を進めていく際にも武知家では次々と人が死んでいく。
事件解決のために動くのを頑なに拒んでいた朱芳慶尚は九条が「この事件に既に取り込まれている」ことを示唆し、重い腰を上げ武知家に乗り込む。
そこで朱芳慶尚が見せた超絶の推理とは? そして事件の背後に潜む武知家の謎とは?
そして更に朱芳慶尚は過去の隠蔽された驚くべき事件をも詳らかにしてしまう。
全てが明かされたとき、武知家は、九条は、そして朱芳はどのような行動を取るのか・・・
ちょっと気になったのは、朱芳慶尚がたとえ話として出したシュレディンガーの猫とかラプラスの悪魔の話し。朱芳慶尚の博学さをもうちょっと別のベクトルから示して欲しかったかも(地頭の良さって知識とは別のところにあると思うので・・・)。
でも、かなり面白く読めました。偶然にもこの事件の背後にある出来事は最近読んだある本と非常に近いところにそのヒントがありました。新しい○○も根競べ(?)で決まったようですし、シンクロニシティを実感できたよーな気がしました(意味分かりますかねー)。


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2005年04月18日

霧舎巧:「ラグナロク洞」 このエントリーをはてなブックマークに追加

ラグナロク洞―「あかずの扉」研究会 影郎沼へ
霧舎 巧
講談社 (2000/11)
売り上げランキング: 190,394
通常1〜2週間以内に発送


りょーち的おすすめ度:お薦め度

霧舎巧がお届けする「開かずの扉研究会」シリーズの第3弾は「ラグナロク洞」。

今回の始まり方は唐突だった。
(自称)名探偵鳴海雄一郎と二本松翔が嵐の中を彷徨うところから物語はスタート。影郎村にやってきた翔たちは嵐の中、落盤事故に遭遇し、洞窟に閉じ込められてしまう。洞窟の中は翔たちの他にも数名の避難者がいた。一見出口のないその洞窟にはエレベータがあり、外(教会)と行き来が自由にできるはずだったのだが、エレベータも何者かに爆破され封鎖されてしまう。
文字通り密室となったこの洞窟内で殺人事件が起こる。しかもダイイングメッセージではことごとく「翔」が犯人であると示されるようなメッセージが残されている(勿論犯人は翔ではないのだが)。犯人は一体誰なのか?

どーも、この「ラグナロク洞」に関してはあまりのめりこむことができなかった。ミステリーとして盛り上がることができそうな要素は結構あった。
・嵐の山荘モノ
・ダイイングメッセージ
・因習に縛られた山村
・歴史的な背景による動機(ってここに書いていいのか?)

なんでだろう?
どーも「取って付けたようなミステリー」とでも言えばいいのであろうか?ミステリー作法のためのミステリー感が前の「ドッペルゲンガー宮」「カレイドスコープ島」よりも顕著な気がする。
お気楽少女、由井広美や霊能少女(?)森咲枝などのメンバーは何れも健在である。でも何故か盛り上がりに欠ける。
この「ラグナロク洞」で唯一評価できた点は探偵No2の鳴海雄一郎が最初から推理を繰り広げていたことか?

スケールが全く違うけど、後動悟と鳴海雄一郎の関係は清涼院流水の「九十九十九」と「竜宮城之助」の関係か?(違う?)
清涼院流水のJDCシリーズは「そこまで風呂敷広げますか?」的な壮大なテーマで最後には人ではないようなものが出てきてもはや探偵小説ではなくSFになっている(いや、おもしろければいいんですが・・・)。
まだ一回しか読んだことないんですけど、複数回読むには正直気合が必要だ。
一冊一冊がとてつもなく分厚い・・・(って比べちゃいかんとは思うのだが)

更にネタバレになることを恐れずに書けば、どっちかといえば、貫井徳郎の「鬼流殺生祭」の方がよかった。(って比べちゃいかんとは思うのだが)

次回に期待か?
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2005年04月11日

霧舎巧:「カレイドスコープ島」 このエントリーをはてなブックマークに追加

カレイドスコープ島―《あかずの扉》研究会竹取島へ
霧舎 巧
講談社 (2000/01)
売り上げランキング: 145,516
通常1〜2週間以内に発送

りょーち的おすすめ度:お薦め度

昔から不思議なものがいろいろあって、はじめて万華鏡なるものを見たときはちょいとびっくりした。万華鏡を覗くとシンメトリーな幾何学図形が出現し、一度として同じ模様をみせることがない不思議なおもちゃだった。
愛知万博の大地の塔はその内部が巨大な万華鏡になっており、ギネスブックにも掲載されるという。作者はあの藤井フミヤさん。

本書「カレイドスコープ島」は直訳すると「万華鏡の島」ってことになるのですが、万華鏡そのものは今回の事件にそんなに大きな比重を占めていない(よーな気がする)。
「カレイドスコープ島」は霧舎巧の「ドッペルゲンガー宮」に次ぐ「あかずの扉」研究会シリーズの第2弾である。主要登場人物も前作のメンバーがそのまま登場する。
本格推理小説なので、主要登場人物をまとめておこう。(お、本格っぽい)
■本書より転記
・月島幻斎(島の長。月島御殿当主)
・剣持剣次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・剣持剣之介(剣持剣次郎の父親)
・木虎虎次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・木虎白虎丸(木虎虎次郎の弟)
・竜崎竜次郎(次期月島幻斎候補の一人)
・竜崎竜之介(竜崎竜次郎の父親)
・竜崎竜衛門(徘徊老人)←こんな紹介の仕方って・・・
・金本鈴(女子高生。竹取島出身)
・「恐子」(カネモト・クリニック女医)
・真珠さん(月島へ宝探しに来ていた女性)
・朝比奈瑠美(月島へ侵入した女性)
・朝比奈健作(瑠美の祖父)

・後動悟(あかずの扉研究会 会長)
・鳴海雄一郎(自称 名探偵)
・大前田丈(どんな鍵でも開けてしまう特技を持つ)
・森咲枝(霊能力らしきものを持つ)
・由井広美(広報担当?)
・二本松翔(書記)

・丹波(駐在)
・今寺(刑事)

ホント、こうやって書くといかにも本格っぽいじゃないですかー。(ってホントに本格推理小説なんですが・・・)
竹取島と月島と言う名前からすれば、いやでも竹取物語を想像するであろう。本書では世俗から乖離されたこの二つの小島で起こる殺人事件をまたもや後動悟がかっこよく解決するのだ。ノベルズの帯に「横溝正史の獄門島をイメージした」的なことが書かれていた。因習に支配された島の中で不可思議な事件が起こるってちょいと面白そう。

由井広美の友達の金本鈴の紹介で八丈島付近にある小さな島、竹取島に行くことになった開かずの扉研究会の面々。島へ上陸する船の中で咲さんが「鳴海くんはここに残って」と唐突に告げる。名探偵鳴海は何時でも咲さんの言葉には従順なのだ。翔も一旦は鳴海と残ることにするが、鳴海から「お前は竹取島へ行って来い」と進言されやっぱりいくことになる。が交通手段は既にない。そこに偶然現れた真珠子(真珠さん)という女性が竹取島へ行くということで船に乗り遅れて行くことにする。真珠さんは何でも竹取島へ「宝探し」に行くという。その真珠さんの船で竹取島へむかう途中に、何者かが死体のようなものを崖から海へ投棄する姿を目撃してしまう。なんとか真珠さんと上陸を果たした翔は竹取島の駐在に不審人物として捕えられてしまう。捕えられた座敷牢にやって来た爺さんと話しをしていくうちにどうもこの爺さんが月島幻斎であることに気づく。
翔が見た崖(虎鳴の崖)で見つかった死体こそが連続殺人事件へのプロローグだった・・・
謎解きに関しては、後動悟の「あなたホントは犯人でしょ」的な明晰な推理で解決をするのでこちらは読んでからのお楽しみなのだが、本書を読んで、日本語ってのは凄いなーと思ったよ。日本人は漢字・ひらがな・カタカナ・英語などを無意識に使いこなしている。更に漢字のような表意文字とひらがな・カタカナのような表音文字とを使い分けているって結構すごいなあと今更ながら思ったりする。本書はおそらく日本語でないと書けない作品のひとつかなとも思う。(これは多分ネタバレではないですよね?)
また推理小説に幅を持たせるには読者をミスリードさせることが必要なのだが、本書では二本松翔がその役だった。シャーロックホームズシリーズで言うところのワトソン役だが、このミスリードがそれほど鼻に付かない程度のものなので違和感なく読めた。

どうもWebの他の書評を読んでいると、霧舎巧には賛否両論分かれている・・・
本書もどちらかと言うと批判的な意見が多い気がする。
このあたりほんとはどーなんだろーと東工大の奥村研究室で開発中のBlogWatcherで調べて見た。
その結果がこんな感じ。




"霧舎巧"のバースト度の推移
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うーむ。どうなのか・・・

ラグナロク洞も読んで見ますよー。

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2005年03月23日

新堂冬樹:「忘れ雪」 このエントリーをはてなブックマークに追加

忘れ雪
忘れ雪
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新堂 冬樹
角川書店 (2003/02)
売り上げランキング: 48,319
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

「これ、ホントに新堂冬樹の本ですか?」と若いひょろっとした段田安則似の書店員の方に聞きそうになった。先ず、装丁からして新堂冬樹っぽくない。(新堂冬樹入っていないって感じ)。
なんとも新堂冬樹っぽくないが、新堂フリークのりょーちとしては読まねばと一念発起して買っちゃったのだ。
春に降る雪は「忘れ雪」。
忘れ雪に願い事をすると叶うって本当ですか?

「こんなの新堂冬樹ちゃう!」(まあ、押えて押えて・・・)
物語は深雪という少女が傷ついた子犬を拾うとこから始まる。深雪の家はそれほど裕福ではなく、しかも故あって伯父夫婦の家に住んでいる。公園で途方に暮れている深雪の下に桜木という学生が現れる。桜木の家は獣医を開業しており、桜木自身も獣医志望である。桜木と深雪は子犬を桜木の病院まで運び手当てを受け、奇跡的に子犬は一命を取り留める。
子犬を家につれて帰る深雪だが、伯父夫婦から当然の如く飼ってはいけないと反駁される。伯父夫婦の家は裕福ではなく、しかも深雪を京都に預けるという構想を持っていた。深雪は実は里子に出されることをそれとなく知っていた。
子犬をどうにか飼うことを許して貰った深雪は子犬に「クロス」という名前をつける。クロスの名前の由来は子犬の胸に十字の痣が認められたためである。深雪はクロスとともに公園に行くことが日常となった。深雪は絵を描くことがとても好きでしかも非常に上手だった。
深雪が公園に行く理由はもうひとつあった。クロスを助けてくれた桜木に再会するためだった。淡い恋心を持つ少女の願いは果たして届き、桜木と無事再会できる。しかし、既に京都に行くことが決まり、桜木との別れが近づいていた。桜木と深雪は7年後にこの公園で会うことを約束する。そして深雪は京都へと旅立つ。

ここまでは「お、新堂冬樹、どーしたの?」「キャラ違うじゃん?」と思ったものだ。まるで丹古母鬼馬二がNHKの「お母さんと一緒」の歌のお兄さんになったような違和感を受けた(って実際ありえないけど)。

このあたりから徐々にりょーちの知っている新堂冬樹が帰ってきた(ほら、来た)

で、7年後桜木は大学を無事卒業し、父の桜木動物病院を継いで立派な獣医師として前途洋々の日々を送っていた。父は既に隠居し実質的ない院長は桜木であり地域住民からも頼りにされている。弟の満は荒れ果てた生活を送り、何の仕事をしているかわからないが怪しい仕事のようである。病院を手伝っているのは金井静香という(美人?)女性看護師と中里信一という元ペットショップのトリマーというメンバー。金井静香は密かに(というか大っぴらにか?)桜木に好意を寄せている。
そこに、7年後の約束を果たすため京都から戻ってきた深雪と遭遇する。が、桜木は深雪のことも深雪との約束も忘れてしまっている。深雪は自分の正体を明かさず桜木にアプローチをする。静香から告白されていたが返事を保留していた桜木は次第に深雪に惹かれていく。深雪は現在東京の美術大学で絵画を専攻していた。深雪は桜木に自分のことを気づいてほしかったが、桜木は気づかずじまい。
結局深雪はパリへ留学することとなる。あのときの少女とは気づかない桜木だがどうしても深雪が好きになったため深雪の部屋を訪れるが、時すでに遅く、深雪は旅立った後だった。深雪の部屋に残された手紙を見てやっとあのときの少女だったことに気づく。

いやー、この後はちょっと、今まで書いた感想が何の意味を成さないほどに凄いことになってます。
新堂冬樹の本の醍醐味は人が壊れていく様が細かく書かれていることなのですが、今回壊れるのは(言っちゃいますけど)金井静香である。
いやー、もう、女性って怖い(^^; って思いますよ。「お前、何すんの?」と往年の漫才師の「クルミミルクの飛びツッコミ」(って誰も知らないか?)を食らわしたくなるような悪行三昧ですわ。

ラストもかなり泣けます。これは結構ありでしたねー。
やっぱり人間を表現させたら新堂冬樹はピカイチですな。


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2005年03月14日

有栖川有栖:「作家小説」 このエントリーをはてなブックマークに追加

作家小説 (幻冬舎文庫)
有栖川 有栖
幻冬舎
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

有栖川有栖さんにしては珍しい、幻冬舎から出版されているこの「作家小説」。8つの短編小説が掲載されている。

1. 書く機械(ライティング・マシン)
2. 殺しにくるもの
3. 締切二日前
4. 奇骨先生
5. サイン会の憂鬱
6. 作家漫才
7. 書かないでくれます?
8. 夢物語

ちなみに上記の表紙イメージと私が持っている本の表紙は何故か違います。私の持っているのは雲上に羽ペンのようなものが浮かんでいる写真です。(このバージョンはもう売っていないのだろうか?)
本書は「作家」という職業にスポットを当てた小説です。有栖川有栖さんの普段の推理小説かと思いきやテイストが全く異なります。8つの切り口で作家の日常や作家の周辺事項について書かれた短編ですね。

1. 書く機械(ライティング・マシン)
作家の仕事は「小説を書くこと」にあります。作品に一定の水準を保つ必要がある職業作家の方々は自分の選んだ道とはいえ、おそらく死に物狂いで執筆活動に勤しんでいると思われます。ここに登場する作家は新人賞受賞後、いまひとつパッとしない作家、益子紳二が主人公です。出版社の担当から「キミはもっと才能がある」と煽てられた益子は出版社の秘密の部屋に連れて行かれる。そこには「ライティング・マシン」と呼ばれる異様な機械があった。「ライティング・マシン」は小説を書くためだけに作られた機械で、椅子の座り心地、気温、その他の環境がすべて小説執筆に丁度よく設定されている。しかし、ワープロに小説を入力しないと椅子がどんどん後方に移動し、奈落の底に落ちてしまうというとても恐ろしいマシンである。しかし、この「ライティング・マシン」をかつて利用した作家は全てベストセラー作家になっている。益子は「ライティング・マシン」に座り、大作を書き上げた。作品も好調に売れ名実共に一流作家となった。
その後、益子は自宅にもその「ライティングマシン」を導入したのだが出版社にあるものとはただ1点異なるところがあった・・・
この物語は余韻を楽しむことにあるのかなと思った。その後の益子がどうなったのか考えるとちょいと恐ろしい。

2. 殺しにくるもの
りょーちは小説はかなり読みますが、小説家の方にファンレターを書いたことは一度もありません。ただ、多くの作家は読者からの手紙を出版社経由で受け取り感想などを聴くことができるようになっている。今でこそ読者の感想はこのBlogのように読者個人が発信したり作家のホームページに掲載されている掲示板などに書かれたりすることができるようになっているが、未だファンレターというものは根強く残っていると思われる。作家の方はこういったBlogとか見ているのかどーかわからないのですが、自分の生み出した小説についての感想はやはり気になるところであろう。(有栖川有栖さん、まさかこのページご覧になってないですよね・・・)
この小説の登場人物の上杉皇一の元にもいろいろなファンレターが来る。ファンレターって好印象の文章もあれば批判的な文章もありえるのですね。
上杉皇一のファンである富沢愛もファンレターを送っていた。富沢愛は高校の文芸部に所属している読書好きな女の子。高校生には難しいテーマを扱っている上杉皇一の本に傾倒している。少し背伸びして高校生にしては難しい本を読んでいるため、話題を共有する相手が周囲に今まではいなかったのだが、辻原省平という同級生が上杉皇一を読んでいることを知り、いろいろ意見交換ができるようになる。
時を同じくして巷では謎の連続殺人事件が起こっており被害者の共通点は特に見出せていないようだ。
上杉皇一の作品に関する辻原昇平の感想はあまり芳しいものではなかった。その辻原昇平も謎の死を遂げる。
早い段階で殺人事件の犯人がわかるのだが、根底にあるものはフーダニットではない。
犯人が表に現れないことにより、より一層恐怖感が高まる作品だった。

3. 締切二日前
どの仕事にも締切ってのがある。締め切り前は誰でも焦燥感が募り、平静ではいられないものだろう。ましてや作家の締め切りは普通の人の仕事と違って、誰かが変わりにやってくれたり協力してくれたりするものではなく、全て自分の責任で創作する必要があるため、そのプレッシャーとしては尋常ではないと推測される。
川村耕太郎も締め切りに追われる作家であった。そーいえば藤子不二夫の漫画にも締め切りに追われる漫画家が登場する作品があった。藤子不二夫の漫画では、過去からもう一人の自分がやってきて二人で漫画を書くストーリーだった。(あとからもう一人きて三人で書いていたっけ?)
川村耕太郎の場合、そんな協力者もいるはずもなく、一人で悶々と悩むのであった。アイデアを捻出するために過去に自分の書いたメモやカードを見ては「これは何だっけ?」などと思いながら時は流れている。
この作品のオチはりょーちは意外と好きなオチだった。(「そうきたか?」って感じだったよ)

4. 奇骨先生
畠山高校の図書部の島貫くんと吉沢さんが機関紙作成のため、気難しい奇骨先生の下をたずねてインタビューする話し。島貫くんの父は出版社勤務であり、作家志望である。
奇骨先生は名前の通り少し風変わりな気難しそうな先生のようである。いい感じでインタビューが行われていたのだが、島貫くんが作家志望であることを告げると「そんなに簡単に作家になれるものじゃない」と態度が一変する。うーむ、確かにそんなに簡単に作家になれるわけはないんだけど・・・
出版というのは斜陽産業で云々という奇骨先生の自虐的に繰り出される論理にも負けじと島貫君は自論を繰り延べる。いやな感じで終わるのかと思いきや、最後は微笑ましい終わり方でなかなかよかったんではないかな?

5. サイン会の憂鬱
これは可哀想な話しだけど、実際ありえそうで面白い。凱旋帰国ならぬ凱旋帰省で地元の本屋が出版記念としてサイン会を開催してくれるというので気乗りしないまま勅使河原秀樹は帰省する。サイン会が開催されると、自分の本のミスを論(あげつら)う読者や、別の作家の先生にファンレターを渡してくれだの、喀血して救急車で運ばれるおじいさんとか奇妙な客が山ほど登場する(こんなサイン会、確かにいやだね・・・)。
ラストはちょいとホラー入ってましたね。でも、この話しに関して言えば、はじめのノリと同じような終わり方でもよかったんじゃないかなーとも思いました。

6. 作家漫才
わけわかんなかったけど、面白い。会話だけの小説ってあまり読んだことがないのですが、これはホントに会話だけ。しかもその会話が漫談・・・。
芥川正助と直木正太のコンビはそれぞれ作家なのである。そのコンビが織り成す漫談がこの作品の全てだったりする。
自虐的なギャグが随所に見受けられ、ホントにこの漫談を聴いたら笑っていいのかどーなのか判断が難しい。彼らのネタで「歌手は同じ歌を何度も歌ってもいいのに作家は同じ作品を何度も出版できないのでいかん」という件(くだり)があったが、確かにそう思う。でも、こないだ紹介した中町信さんの「模倣の殺意」のようにアレンジをちょいと変えたりして出版するようなことも出版社はやってますよね。でも今のお笑いブームって「何でもあり」っぽいので近いうちにホントに出てくるかも(ってでてこない?)

7. 書かないでくれます?
ホラーだ。こりゃ。都市伝説でもしかしたらこういうのあるのかな?とおもうくらいすんなり入り込めた。タクシーの中って閉鎖的な空間で一度乗ってしまえばもう運転手の方に身を委ねるしかないのです。私はよくタクシーの運転手の方に話しかけられることが(何故か)多いのですが、この話しを読んだ後はちょいとタクシーの運転手の方とのお付き合いの方法を再度考えたくなるような話しでした。
あと、この本の中で、日本の昔話の雪女の話しが挿話として登場する。作中の人物のコメントに思わず頷いてしまいます。雪女はある雪の夜、遭難しかけたよひょうを助けてあげるが「このことは他言してはいけません」といいその場を去っていくが、その後よひょうの元にひょっこり現れて監視し続けていく。気を許したよひょうが雪女との遭遇の話しをすると「言ってしまいましたね」といいよひょうを殺しちゃう。
ってちょっと酷いよねぇ。
昔話には何らかの教訓があったりするのですが、この雪女の話からは何を教訓として学べばよいのかよくわからなかったりしたばい。

8. 夢物語
雰囲気としてはミヒャエル・エンデのネバーエンディングストーリーっぽい感じ。これだけ、ちょっとファンタジー入ってました。
主人公は物語を創作することができない世界へ誘われます。
そこで主人公は自分の世界の聴いたことのある物語を次々と話してあげます。彼の話す物語は自分の作った物語ではなくこちらの世界(私たちの住む世界)の著名な物語を語るのです。例えばシェークスピアとかそういった有名な奴ですね。別の世界の住人は彼を神格化し、奉り上げるのです。別の世界の中で主人公は一人の女性に恋をします。女性の方は彼の素晴らしい能力にベタぼれなんですが、彼は自分は他の世界からやってきて自分にはなんのとりえもないということを切に語ります。
なかなかよいお話しでした。

総じて、この作家物語で書かれている作家は創作活動上の幾多の悩みを抱えています。これを読むと世の中に作家になりたい人々が増えるのか減るのかはわかりませんが、創作活動をしている方々は一度読んで見てもいいかもしれません。
推理小説ではないのですが、非常に楽しく読めました。

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2005年03月04日

中町信:「模倣の殺意」 このエントリーをはてなブックマークに追加

模倣の殺意 (創元推理文庫)
中町 信
東京創元社
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

推理小説読了後、うまく騙されたときには気分が良い。中町信さんの小説を読むのはこれがはじめてなのであるが、どうやら本書は中町信さんのデビュー作のようである。
本書の解説を読むとどうもこの本はいろいろな紆余曲折を経ているようだ。

1971年「そして死が訪れる」(第17回江戸川乱歩賞候補作)(この年の受賞作はなし)
1972年「模倣の殺意」に改題(雑誌『推理』に連載)
1973年「新人賞殺人事件」(1973年 双葉社)
1987年「新人文学賞殺人事件」(1987年 徳間文庫)
2004年「模倣の殺意」(2004年 創元推理文庫)

この5つ、基本的に全く同じ小説である。これだけ改題されて今なお注目を浴びている小説は珍しいのではないか?小説としての骨子は変わっていないため、時代背景も1970年前半の設定のままで、携帯電話とかも登場しない。尤も、携帯電話などあったらこの小説はある意味成立し得ないのだが。
そういう意味である種古めかしい印象を持つかもしれないが、プロットとしてはなかなかいい感じであった。
本書を読み終えて、私の好きなある推理小説作家の有名な小説を思い出した。ここでその作家の名前を出すと本書をこれから読む方にも対比される推理小説作家(仮にAさんとしておきます)の作品を読む方にも先入観を与えてしまうので言及するのは避けます。私としてはそのAさんの作品を先に読んだので「これは似ているなー」と思ったのですが、発表年は「模倣の殺意」の方が断然早い。
おそらく本書を発表した際はこういったトリックが受け入れられにくい土壌にあったのではないかと感じる。
本格よろしく「読者への挑戦」なども付記された本書、ストーリーとしてはこうだ。
本書には中田秋子と津久見伸助という二人の視点から記されている。
7月7日午後7時、坂井正夫が服毒自殺する。密室ということもあり自殺であろうと判断された。坂井正夫とつきあっていた中田秋子は彼の死に疑問を持ち自ら捜査を開始する。
中田秋子は坂井が世話になっていた高名な作家、瀬川恒太郎の娘である。
一方、作家兼ルポライターの津久見伸助は坂井の死亡に関する話しを記事にすべく、坂井の周辺を調査し始める。
坂井正夫は死ぬ前に親しい人間に自分は素晴らしい小説を書き上げたと吹聴したり、婚約者の秋子には近々まとまったお金が入るのでどこかに旅行に行こうなどと伝えており、自殺する動機は見えてこない。
しかし、その坂井渾身の一作は瀬川恒太郎の盗作ではないかという疑惑が生じていた。
秋子は坂井の死を調査する中、以前、坂井の部屋で会った遠賀野律子という女性が鍵を握っているのではと思い、律子の住む魚津市へと向う。
津久見伸助は取材の途中で、坂井に恨みを持っていたと思われる柳沢邦夫という編集者に目星をつけた。柳沢の妹は坂井とつきあっていたのだが自殺してしまったのだ。
「1部 事件」「2部 追求」「3部 展開」「4部 真相」という4章からなる本書。3章の終わりでは、中田秋子と津久見伸助はそれぞれ真相と思われる結論を出す。
そして、4章へとなだれ込むのだ。で、4部の扉にこのように書かれている。
あなたは、このあと待ち受ける意外な結末の予想がつきますか。
ここで一度、本を閉じて、結末を予想してみてください。

などと挑戦的な文章が書かれている。
りょーちも結末を予想して見たのだが、予想通り(?)見事に外れた。
「真相はそーだったのか。うーむ。」
どうも中町信に上手く騙されたような感じなのだが、悪い気分ではない。真相を踏まえてもう一度読んで見たくなる作品になっている。1971年の江戸川乱歩賞候補作が今も支持されているのは頷けた。
今回「はじめての中町信」だったのですが、感触としては悪くない。もうすぐエープリルフールなのでちょいと騙されたいと思った人にはお薦めの一作である。
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2005年03月01日

新堂冬樹:「無間地獄」 このエントリーをはてなブックマークに追加

無間地獄 上  幻冬舎文庫 し 13-1
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無間地獄 下  幻冬舎文庫 し 13-2
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りょーち的おすすめ度:お薦め度

人間には人に触れて欲しくない過去が多かれ少なかれ、あるんだと思います。
本書に登場する桐生保もそういった過去を抱えています。彼の過去はちょいと強烈でした。特にネタバレではなさそうなので言及しても構わないのですが、ここではその暗部に触れることは避けておきます。
新堂冬樹という作家は人の暗部や過去の傷を抉り取るように物語を進めます。眼を背けたくなるような、想像するのも忌まわしい言動・行為をこれでもかと読者に投げつけてくるのです。
桐生保は暴力団富樫組の若頭である。彼は闇金からの借金が滞っている顧客から金品を回収することを生業としている。桐生の金に対する執着心は筆舌に尽くしがたい(って小説なので書いちゃってるのですが・・・)ものである。取立ての際に債権者が窓から落ちて死のうがお構いなく室内から金目の物を奪い取り、債権者の葬儀で香典まで平気で奪い取るような人間である。
一方、もう一人の男、玉城慎二はエステティックサロンで働く営業マンである。営業マンと言っても訪問販売のように各家庭を回りあるくのではなく、街頭でのキャッチセールスによる営業活動が主体だ。玉城には生まれ持った美貌があり、自分の武器が何かをよく心得ており、街行く若い女性を甘いマスクと巧みな話術で契約を取り付ける。玉城は以前女性に騙され全財産を失うというトラウマがあり、以後、女性は利用して捨てるものという信条で生きている。
この物語はそんな二人を中心に描かれる。ここまで読めば単なるヤクザ系金融小説かと思われるかもしれない。新堂冬樹の得意とする「人が堕ちていき、崩壊していく様」が「これでもか!」と描かれ目を覆いたくなる。しかし、本書の根底にあるテーマは異なる。新堂冬樹の描くテーマはすばり「愛」なのである。無間地獄で描かれる愛は通常の常識では理解し得ない愛である。
「闇金」と「愛」の二軸で語られる本書を読了後、きっと「借金だけは絶対してはいけない」と思うに違いない。
玉城は本書ではどうしようもない人間の典型として描かれている。女を騙し、金を搾り取り、自己に危険が迫ると以前捨てた女を口先で再度騙しということをひたすら繰り返す。玉城は桐生に嵌められとてつもない借金を背負ってしまうのだが、玉城に関しては愛惜の念は最後まで沸くことがなかった。
桐生はといえば、彼の生い立ちの部分だけでひとつの物語が完成するほどの壮絶な過去を持ち、ヤクザの世界で生きていく桐生に不思議と肩入れしてしまう自分がいることに気づいた。力が全てという桐生の生き方には当然反発するものいる。桐生と常に敵対し富樫組の後釜を狙う鬼塚の奸計が物語りの幅を広げる。誰もが利己主義的な生き方をし、自分の私利私欲の赴くままに走り続けている。そのレースの先頭を切って走る、桐生。
ひたすら強者として自分を鼓舞する桐生が最後に見せる弱さを私は笑うことができない。桐生はそういう生き方しかできない人間だったのだと諦念するのは容易だが、人はどこかで道をひとつ間違っただけで、悲壮な人生になってしまう可能性を秘めている。瞠目に値する本書のラストを読み終え、暫し放心してしまったよ、ホント。

文庫本の解説で茶木則雄氏が言及しているが、無間地獄とは、等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄と続く八大地獄の最下層に位置し、その苦しみは先の七地獄の千倍といわれる最悪の地獄らしい。経典にはこの無間地獄に関しては詳細が一切語られていないが「無間地獄」という名前を聴いただけで吐血して死に至るらしい。本書はそのタイトルに相応しい内容であることは間違いない。私はこの「無間地獄」の中のどの登場人物(たとえそれが街行くサラリーマン的な端役だったとしても)にもなるのは願い下げである。
いやーな気持ちになったり落ち込みたいときは本書を読めばよいだろう。(って、こんな感想を読んだ後にこの本を買う人がいるのだろうか?)
posted by りょーち | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書感想文