2006年01月18日

アンドレアス エシュバッハ:「イエスのビデオ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

イエスのビデオ〈上〉
アンドレアス エシュバッハ Andreas Eschbach 平井 吉夫
早川書房 (2003/02)
売り上げランキング: 48,627
イエスのビデオ〈下〉
アンドレアス エシュバッハ Andreas Eschbach 平井 吉夫
早川書房 (2003/02)
売り上げランキング: 48,391



りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。柳家金語楼です(嘘です)。

SF小説は通常まだ起こりえない未来のことについて書かれている。既に起こった過去の題材を元にSF小説を書く方法が二つある。
ひとつは実は過去に宇宙からの何某がやってきて古代文明を築き云々とかムー大陸やアトランティス大陸が云々などと過去に現在の人類を超越したモノを登場させる方法。
そしてもうひとつが現在の人間が「過去」へと旅立ち云々という所謂タイムマシンを利用した方法。
本書はタイトルからも分かるとおり、タイムマシンを利用したSF小説である。

スティーブン・フォックスは学業の傍ら世界中の科学プロジェクトに参加することが趣味だった。インターネットで知り合ったエホシュア・メネズよりイスラエルでの発掘作業を紹介して貰い、遺跡発掘作業をしていた。その発掘中、スティーブンはありえないものを発見してしまう。スティーブンが発見したものは、「SONYのビデオカメラの取り扱い説明書」だったのだ。何故、2000年以上前の遺跡現場からこんなものが発見されたのか?

スティーブンの発見を聞きつけた、巨大メディア企業カウンエンタープライズのオーナーであるジョン・カウンは興味を持ち、独自に調査を開始することにした。カウンはドイツのあるSF作家に今回の件を調査させることを思いつく。白羽の矢が立ったのは、ペーター・アイゼンハルトだった。カウンより、「イスラエルに来て欲しい」と突然申し出があり、驚きを隠せないペーターは、1日2000ドルという破格の報酬ということもあり、イスラエルに飛び立った。

イスラエルに到着したペーターは、カウンに会い「君のSFの知識を貸して欲しい」と改めて依頼される。調査の内容は勿論、「今回の発掘で発見されたビデオカメラの取り扱い説明書が何故、紀元後50年の地層から発見されたのか?」という命題だった。

発見されたビデオカメラの説明書は「カムコーダMR-01」という機種でSONY製の製品だった。フォックスは国際電話でSONYにカムコーダMR-01について問い合わせるが、SONYの担当者からの話しでは、カムコーダMR-01は現在開発中で市場に出るのは約3年後との回答だった。これはどういうことなのか?まだ、開発されていない製品が2000年以上前に利用されていた? 更に、スティーブンは、ビデオの撮影者が書いたと思われる「数枚の紙切れ」を発見していたが、無意識にポケットの中に隠してしまっていたことに気が付いた。スティーブンは上昇志向が強く、ハイスクール時代よりソフトウェア開発のビジネスを手がけ、インドの優秀なプログラマーを使い、多大な利益を得ていたが、更に次のステージに進むために日々、金の成る木を探していた。そして、自分の持つこのメモには何が書かれていてそれが自分にどれだけの利益をもたらすのかを思い立ち、調査団にはこのメモの件を説明しないように考えた。メモの存在を知っているのは、ユーディト・メネズとユーディトの妹で今回の調査に携わっているエホシュア・メネズのみだった。

そして、フォックスはある結論に達した。3年後、誰かがタイムマシンを開発し、紀元後50年へタイムスリップした。SONYのビデオカメラを持って。そこにはもしかするとキリストが映っている可能性がある。突拍子もない仮設だが、実はその仮説を思いついたのはフォックスだけではなかった。カウンもその結論に達していた。金の匂いに敏感なカウンがこのビジネスチャンスを放っておくわけがない。

もし、キリストの映像が収録されたビデオテープが発見されたらどうなるのか?キリストの復活を実証するテープ。あるいはこちらの方が可能性が高いと思われるのだがキリストの復活を否定するテープだとしたら・・・
そしてこの事実をもしカトリック教会が知ったらどうするだろう?
カウンは弁護士のエンリコ・パッソにカトリック教会がどの程度の資産価値を保有しているのかを早速調査させた。更に、SONYにカムコーダMR-01という機種について問い合わせを行った。交換台はMR-01のことを聞いてきたのは本日二人目だといった。カウンは第一発見者のフォックスに疑いの目を向けた。なぜなら説明書は発見されたが、肝心のビデオテープと再生用の機械が存在しないからだ。自分ならSONYにMR-01について問い合わせをする(実際に問い合わせたのだが)。そして説明書のみが発見されたのではなく、録画されたテープと再生機をフォックスが持っているのではと感じたのだ。
カウンに呼び出されたフォックスは案の定ビデオに関する質問をされた。SONYに問い合わせた事実をカウンは知っている可能性を考慮し、電話したことを告げた。ビデオテープと再生機は持っていないのは事実だが、あのメモを渡すわけには行かない。なんとかその場を取り繕いカウンに隠れてビデオとテープの調査を開始し始めるのだ・・・

ビデオテープは存在するのか?
存在するならばそこには何が写されているのか?

存在するかどうかも分からないビデオテープを巡り、カウンとフォックスのほかに、バチカンの秘密部隊も加わり物語は意外な展開を見せるが、鍵となるビデオテープの在処を巡る三つ巴の攻防は三者の思惑通りに進まない。そこにイライラしながらもエンディングに知らされる事実ではある種の感動は少なからず味わえる。ただ、本書はイエス・キリストが題材となっているため、キリスト教を身近に感じることができる生活を送っていないと深いところまで感動を味わうことができないように思える。ただ、アイデアとしてはなかなか面白いと思った。(仏陀に変えたとしてもそんなに面白くないかも・・・)

作者のアンドレアス・エシュバッハは本書に登場する、ペーター・アイゼンハルトと同様ドイツ出身の作家である。ドイツの作家のSF小説を読むのははじめてだな。シュトゥットガルト大学航空宇宙工学科卒業であり、1993年から1996年まで、ソフトウェア開発者として働いていたようだ。
本書の「イエスのビデオ」はアメリカではビデオ化されているっぽい。( Amazon.com: NBC News Presents - The Last Days of Jesus: DVD: NBC News Presents
日本で買えないのか?と思ったら「サイン・オブ・ゴッド」という作品がそれにあたるようである。

アンドレアス・エシュバッハ: Homepage を見つけたのだが当然、ドイツ語なので読めない・・・
ドイツでも注目されているSF小説作家なので、今後いろいろ翻訳された書籍が出るかもしれないね。

他の方々のご意見:
叡智の禁書図書館: 「イエスのビデオ」〈上)〈下〉 ハヤカワ文庫NV
Jugendzeit | イエスのビデオ
お酒と錬金術(高尚なことをいいつつぶ…
noiraud_blog: イエスのビデオ
posted by りょーち | Comment(4) | TrackBack(2) | 読書感想文

2006年01月17日

横山秀夫:「震度0」 このエントリーをはてなブックマークに追加

震度0
震度0
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横山 秀夫
朝日新聞社 (2005/07/15)
売り上げランキング: 930


りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。エド山口です(嘘です)。

防災科学技術研究所 によると震度について
自分のいる所がどれくらい揺れたかを示す尺度が「震度」です。

といった説明がある。震度は0,1,2,3,4,5弱,5強,6弱,6強,7という10段階存在するらしい。りょーちは1から7くらいしか知らなかったが、どうやら震度0というものもあるようだ。震度0とは微弱振動で、殆どの人は気付かないレベルの揺れであり人間が感じない無感地震を震度0としている。
本書「震度0」は神戸で起きた 阪神・淡路大震災 のあった日にとあるN県で起きた警察組織でのお話しであり、殆ど阪神・淡路大震災とはストーリーのプロット上関連はしていない。

その日、神戸から約700kmほどはなれたN県警本部では県警を揺るがす事件が起こっていた。N県警察本部の警務課長の不破義仁が失踪したのだ。県警内で不破の失踪を始めに知ったのはN県警本部の警務部長の冬木優一だった。不破の住む官舎に電話をかけた冬木は不破の妻である静江より不破が昨夜から官舎に戻ってきていない事実を知る。
N県警で今大きなヤマは台湾人ホステス殺害の容疑者である三沢徹の身柄確保にあった。県内に非常線を張っていたのだが、三沢の足取りは未だ掴めていない。三沢が乗り捨てたと思われる盗難車を捕捉していたのだが操作網を掻い潜って逃げられてしまったのだ。
N県警刑事部長の藤巻は事件を捜査していた瀧川より東山市の途上に不破のマイカーが路上駐車されていたのを発見したという。不破の車は「Nシステム(自動ナンバー読み取り装置)」には捕捉されていなかった。状況だけ考えれば、車の持ち主の不破は行方不明で車のみ乗り捨てられたということである。そして不破は未だに行方不明のままである。不破はどこに失踪したのか?

本書では阪神大震災とは直接的に関連した話しではなく、震災が反語的な隠喩として用いられている。行方不明の不破を巡り県警のトップ層が右往左往している様子を綴った小説に見える。
横山秀夫はこの「震度0」で何が書きたかったのか?
どうも、そこが今ひとつ見えてこなかった(りょーちの理解力が欠如しているだけだと思うのですが・・・)

一番目に付いたキャラとしてはN県警生活案全部長の倉本というどうしようもない人間。倉本の会話を聞いているだけでいやな気持ちにさせられる。以前書いた 雫井脩介「犯人に告ぐ」の感想 でも言及したが「犯人に告ぐ」に登場する植草のような男だといえば共感できる方もいるかも知れない。

「震度0」を読むと、警察組織内部での不祥事は数人の権力者が集えばいくらでも揉み消しが可能な組織なのだなあと思えてくる。
横山秀夫の警察小説が一般の推理小説と異なる大きな特徴は表舞台で捜査活動の実働部隊として動き回る刑事のような人間でなく内部の人間(中の人?)にスポットを当てた小説が多いことだろう。「顔 FACE」の平野瑞穂は広報室、電話相談員。「陰の季節」では人事課の二渡真治。「地の声」では警務部監察課の新堂隆義。「黒い線」では「顔 FACE」の主人公の平山瑞穂は機動鑑識班で似顔絵を作成。「鞄」では警務部秘書課の柘植正樹などなど、やはり中の人中心の警察小説なのだ。
「震度0」では「陰の季節」の二渡と同様、警務課長という警察内では特殊な肩書きを持つ不破が取り上げられた。警務課とは一般的な企業における人事部のような部署である。県警本部の警務課長は数千人を抱える県警組織の人事部門の筆頭課長ということになり、県警人事の殆ど全てを司るといっても過言ではない。だからこそ不破の失踪は県警トップから見れば阪神大震災以上のネタなのだ。外部にこの事実が漏れようものならば大変な不祥事であり一触即発のスキャンダルを抱えた状態だったのだ。

物語後半で不破の行方が判明した際の静江の心情を創造するとやりきれない気持ちになる。ひとりも良い人間が出てこない小説を読み読後感は著しくよろしくない。読みどころはどこだったのだろう・・・(期待高すぎたのかな?)

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2006年01月16日

浅倉卓弥:「四日間の奇蹟」 このエントリーをはてなブックマークに追加

四日間の奇蹟
四日間の奇蹟
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浅倉 卓弥
宝島社 (2004/01)
売り上げランキング: 17,681


りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、青空トップ・ライトこと、コロムビア・トップライトです(嘘です)

作家の印象は初めて読んだ一冊に左右されることが多い。なかなか良い作品を書くと評判の作家でも、その一冊で「うーむ、なんだか・・・ どうしたものか?」と一度訝しがってしまった作家の本はその後、手にすることはあまりない。逆に「おっ、この本いいじゃん!」と思った一冊に出会えたときは「またこの人の小説を読んでみようかな?」という記にさせる。人間と同じように第一印象が作品を含めた作家の印象を左右する。さて、浅倉卓弥という作家はどうか?
「四日間の奇蹟」を読んだりょーちの第一印象は「この人は綺麗な文章を書くねえ」であった。綺麗な文章で書かれたこの小説。ホントに素敵な一冊である。
「四日間の奇蹟」は映画化もされ、世間的にもかなり注目を集めた作品である。
ストーリーは凄く簡単に書くとこんな感じ。
楠本千織という障害を持つ少女と、事故により指を負傷し、ピアノが弾けなくなった如月敬輔が山奥の診療所で体験した奇蹟の物語である。(簡単すぎる・・・)
楠本千織は先天的な障害により、知識・言語能力が幼稚園の子供にも劣るのだが、ピアノの才能だけは突出していた。所謂サヴァン症候群なのであろう。サヴァン症候群については、「なぜかれらは天才的能力を示すのか―サヴァン症候群の驚異」という書籍があるようなので詳細はそちらに譲るが、本書のモデルになった(と思われる)書籍に「奇跡のピアニスト」があるので興味のある人はそちらをご覧頂きたい。
本書が数多くの読者から高い評価を得ている理由として幾つか挙げられるが、ひとつはこの小説は敬輔の視点から見た物語であり「僕」という一人称で全て語られていることだろう。なので、厳密に言えばここで起こった奇蹟は敬輔が体験した奇蹟と捕えてよいだろう。
敬輔と千織が出会ったのはオーストリアだった。日本人の親子を狙った強奪犯と遭遇した敬輔はその少女を庇い銃で撃たれ手を怪我してしまった。そのときの少女が千織なのだ。千織さえいなければ自分は指を失うこともなかった。ピアニストとしての道を絶たれることもなかった。何度もそう思った。
帰国後、敬輔は事故で両親がいなくなった千織の面倒を見ることになった。そして敬輔は一度聞いた曲を間違うことなく弾くことができるという千織のピアノの才能を眼にしたのだ。以降、千織のリハビリも兼ねていろいろな場所で千織にピアノを弾かせて歩くようになったのだ。

千織とその日向かったのは山奥にある小さな診療所だった。そこでは偶然敬輔と同じ高校にいたという岩村真理子が働いていた。真理子のことを敬輔は知らなかったのだが、天才ピアニストとして注目されていた敬輔のことは、真理子以外の殆どの生徒がその存在を知っていた。当時、真理子は他の女生徒同様、敬輔に憧れていたようだ。真理子は一時結婚していたのだが、自分が子供を生むことができない体であることが原因で離婚していた。
真理子と敬輔が出会ったその日、事件は突然起こった。
千織と真理子が診療所の外で話しをしていたとき、突如、雷鳴が轟き、上空を飛んでいたヘリコプターが千織たちを目掛けて墜落してきたのだ。真理子の方は全身に火傷を負い、意識不明の重体だった。幸い千織は軽い怪我で済んだようだが、千織も医務室へ運び出された後、意識が戻らなかった。
先に覚醒したのは千織だった。意識を取り戻した千織と話した敬輔は千織に言い表せない違和感を覚えていた。そして千織は敬輔に驚愕の事実を話し始めるのだ。「自分は真理子だ」と。
自分を真理子だと主張する千織の話しは俄かに真実とは受け取ることはできなかった。ヘリコプターの事故の衝撃で真理子と千織の心が入れ替わってしまうなど実際はありえないはずなのだが、敬輔は千織がここまで言葉を巧みに操り、しかも真理子しか知らない事実などが話されているため、この事実を受け入れるしか選択の余地はなかった。そしてその事実を仮に受け入れるのであれば千織の心は重症の真理子の体にあることに気づいた。
残された時間は少ない。重症の真理子の体は助かるのか? 真理子と千織の運命は? そして最終日に起きる奇蹟とは・・・

序盤、千織と真理子の心が入れ替わるまでのストーリーの運び方が実に見事だ。新人離れした筆力で最後まで感動を伴って読ませてくれる。浅倉卓弥はこの「四日間の奇蹟」で2002年度に行われた「このミステリーがすごい!」の金賞を受賞している。本書が凄いのは映画化されたとは言え、演歌並みのロングセラーを誇っていることだ。
しかし、ちょっと異論を唱えたい部分もある。
これって「ミステリー小説か?」

確かにストーリーは素晴らしく、感動もした。泣けるツボも押えていた。文章も非常に上手く「小説」としては問題なく傑作だといってもいいであろう。しかし、「ミステリー小説」としては殆ど反則すれすれ(いや、反則?)ではなかろうか? ただたとえ「このミステリーがすごい!」に選ばれていなくても読んでおいてよかったなと思わせる一冊である。(ある意味この作品がミステリーとして受賞されるという「このミステリーがすごい」も凄いよ)

なお「人の心が入れ替わる」という部分だけに着目すると、大林宣彦が映画化した尾道三部作の中の「 転校生 」が有名だ。原作は山中恒の「 おれがあいつであいつがおれで 」である。地元の高校生一夫(尾美としのり)と転校してきた一美(小林聡美)のが神社の階段から転げ落ち、心と体が入れ替わってしまうストーリーだった。「 転校生 」では一夫と一美の二人は入れ替わったことに悩みながらも最後は二人は入れ替わった自分を受け入れてそのまま生きていこうとする。最終的に二人の心と体は元に戻り一夫こと尾美としのりが今度は転向していくのだった。
「四日間の奇蹟」では二人のうち一人が死の間際に立たされている。一人が入れ替わった体の人生を生きることを選択したとしてももう一人はこの世から心が消滅してしまうのだ。このあたりのシチュエーションが読者を釘付けにし、エンディングの感動へと誘う下地となっているようだ。

浅倉卓弥は1966年、札幌生まれ(東京大学文学部卒)。本書を書き上げるまでに費やした日数は骨子が3ヶ月くらい、作品としては半年くらいで書き上げたらしい。全く以って凄い。

なお、全く関係ないが 社団法人 落語芸術協会 によると、本日2006年1月16日、ローカル岡さんが、肝硬変のため死去されたようです。いい芸人さんだったのに・・・ 謹んでご冥福をお祈り致します。

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2006年01月13日

高嶋哲夫:「イントゥルーダー」 このエントリーをはてなブックマークに追加

イントゥルーダー
イントゥルーダー
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高嶋 哲夫
文藝春秋 (2002/03)
売り上げランキング: 156,658
おすすめ度の平均: 3
3 サントリーミステリー大賞受賞作品

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、香川染千代・染団子です(嘘です)。

少し昔に出版された本だが「イントゥルーダー」を再読してみた。
世界に名だたるコンピュータメーカー東洋電子工業の副社長の羽嶋浩二の元に一本の電話が掛かってきた。電話の相手はもう25年も前に突然消息を絶った学生時代の恋人、松永奈津子からだった。奈津子の息子、松長慎二が重体であり、しかも慎二の実の父親は羽嶋浩二であるという。奈津子が去った後に別の女性と既に家庭を持っていた自分に息子がいたことなど浩二は全く知らなかった。
浩二の経営する東洋電子工業は現在TE2000という、完成すれば間違いなく世界最高の演算速度を実現させるであろうスーパーコンピュータ開発の真っ只中で、もうすぐ完成し、プレスリリースを迎えるというところまで来ていた。東洋電子工業の最高技術責任者CTO(chief technology officer)である浩二もこの時期は文字通り寝る間もないほど多忙な日々を迎えていた。そんな中での奈津子の電話だったが一度も会ったことがないとは言え自分の息子の慎二が重体であることを聞き、急いで病院に駆けつけた。
その息子の松永慎二はユニックスというソフトウェア開発会社に勤めていた。ユニックスは7年前に設立された会社で顧客管理システム、製造業関連の技術計算などのシステムを幅広く手がけており浩二も注目していた会社である。元々コンピュータ分野の資質があったのか、遺伝によるものなのかは分からないが松永慎二のコンピュータの知識は切れ者のみが集うと評判のユニックスでも一目置かれる存在だった。母子家庭に育った慎二は幼少の頃、自分の実の父が東洋電子工業の羽嶋浩二であることを知り、父を目標に日々努力し続けていたようである。
病院に駆けつけた浩二は、慎二が新宿区歌舞伎町でひき逃げ事件に遭ったことを知る。
スーパーコンピュータTE2000のマスコミ発表を一週間後に控えた今、止む無く仕事に戻ったが翌日も時間を見つけ慎二の入院する病院に顔をだした。そこで待ってのは刑事だった。刑事は息子の慎二についての話しを聞きたがっていた。なんと慎二は覚醒剤使用の容疑が掛かっているようだ。浩二からは有益な情報が聞き出せなかった刑事は病院を後にした。
浩二は慎二とはどういった青年だったのかを知りたくなり、奈津子に鍵を借り慎二のマンションを訪問することにした。
慎二の部屋はシンプルな構成で且つ整理整頓されており慎二の几帳面な正確が伺えた。部屋には浩二の昔書いたコンピュータ向けの本なども並べられおり、あらためて自分の息子なのだという思いがこみ上げていた。部屋の中を見て回っていると外から若い女性が突然入ってきた。女性は宮園理英子と言い、慎二とは慎二から鍵を預かっていた仲だと言う。理英子は慎二が事故に遭ったことを知らず、話しを聞き驚いていた。浩二は理英子に何かあったら連絡するように名刺を渡し、慎二のマンションを後にした。
数日後、刑事より慎二を撥ねた車が千葉の港の海中で発見されたことを聞いた浩二は何かの事件に巻き込まれた可能性を感じ、再び慎二の部屋に足を踏み入れる。そしてそこで慎二が新潟の柏崎に行ったことを突き止めた。

何故、慎二は柏崎へ行ったのか?
慎二は何故死ななければならなかったのか?
TE2000に潜むバグの正体は?

後半、物語は意外な方向に展開し、更に大きな広がりを見せる。
そして終盤、慎二と浩二にしか分からない息子から父へのメッセージを目にしたとき、物語に感動が生まれる・・・

1949年生まれの高嶋哲夫は慶応大学の理学部の修士課程を修了した後、アメリカのカリフォルニア大学に留学している。今でこそ、理系の大学生が修士課程に進むことが珍しくない時代だが、当時はかなり優秀でないと修士課程に進むことができなかったのであろう。
本書に書かれている技術的な内容は今でこそ多少古めかしい印象を受けるが、高嶋哲夫が「イントゥルーダー」を サントリーミステリー大賞 に応募した1999年という時代を考えると科学推理小説としてはかなり時代を先取りしたものだった。そしてこの「イントゥルーダー」はその年の大賞と読者賞をダブル受賞している。1000万円というサントリーミステリー大賞の破格な賞金の他に、イントゥルーダーはドラマ化もされた。主役は確か陣内孝則だったような気がする。Googleで検索したら他にも松下由樹、秋吉久美子、手塚理美などが出演していたようだ。りょーちはそのドラマをリアルタイムで見たことがあるのだが、この小説のボリュームを考えると限られた時間でなかなかよくできたドラマだったように思う。

最近の高嶋哲夫の話題としては M8(エムエイト) の続編とも言える TSUNAMI(津波) が話題である。

TSUNAMI(津波)
TSUNAMI(津波)
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高嶋 哲夫
集英社 (2005/12)


本書のタイトルの「イントゥルーダー」(intruder)は日本語では「侵入者」という意味である。通常「イントゥルーダー」は歓迎されないものとして認識されている。羽嶋浩二にとって松永慎二はきっと「イントゥルーダー」だったのだろう。浩二の前に慎二は少なくとも3回ほど、違った形で侵入している。1回は現実世界で自分が実の息子であることで、既に家庭を持っている浩二の生活に侵入している。あとの2回は実際に本書を読んでいただきたい。浩二は侵入者である慎二をどのように受け止めていたのか? 見えない親子愛に心を打たれる必読の一冊である。
参考:ミステリー作家高嶋哲夫のページ
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2006年01月12日

岡嶋二人:「焦茶色のパステル」 このエントリーをはてなブックマークに追加

焦茶色のパステル
焦茶色のパステル
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岡嶋 二人
講談社 (1984/01)
売り上げランキング: 319,205
おすすめ度の平均: 5
5 競馬のロマンを教えてくれました

りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、新山ノリロー・トリローです(嘘です、っていうか誰も知らねーよ。きっと)

既に知らない人もいるかも知れないだろうが岡嶋二人という推理小説作家をご存知だろうか? 実はもうすでにこの世には存在していない。といっても作者が他界したわけでもない。岡嶋二人とはペンネームなのだが、名前に二人と入っているのにお気づきでしょうか?この作家、実は本当に二人で小説を書いている(書いていた)。一人は徳山諄一と言い、もう一人は井上泉という。井上泉の方は井上夢人と言った方が分かる方も多いだろう。Web上で 99人の最終電車 を執筆(?)されている方であり、「ダレカガナカニイル…」などを執筆している。二人の人物による共同執筆で直ぐに思い出されるのはエラリー・クイーン(従兄弟だっけ?)などが有名だ。
岡嶋二人が書いたこの「焦茶色のパステル」は1982年に「第28回江戸川乱歩賞」の受賞作でもある。
「二人で小説を書いている(書いていた)」という表現にしたのは、現在はそのコンビは解消され前述の通り井上泉は井上夢人となり作家活動を続けているようだ。このあたりの「焦茶色のパステル」誕生秘話やコンビ解消の話しは井上夢人が「おかしな二人―岡嶋二人盛衰記」として書いてあるので興味ある方は一読いただきたい。ちなみにりょーちはこの「おかしな二人」を読むまで井上夢人のファンだったが、これを読んで少し冷めてしまったので井上夢人ファンの方は注意すべしである(謎)。

さて、本書「焦茶色のパステル」は今で言えば「競馬ミステリー」というジャンルになろうかと思われる。先に言ってしまえば本書の中のある部分の真相は相当の競馬オタクでないと登場人物より先に真相を指摘することはできない内容である。しかし競馬に興味がない人にもキチンと理解できるように謎解きが進められている。
シャーロックホームズシリーズでは勿論ホームズが主役で助手のワトソンが「ミスディレクション」をしながらもホームズに何かを気づかせ事件を解決に導いたりする。本書はどちらかと言えばワトソン役とも思える大森香苗が物語の主役となっている。香苗は競馬のことなど何も分からないのだが色々な人々と話しをするうちに馬の知識や競馬の知識を吸収しながら犯人へ辿り着く(辿り着かせられる)というスタイルだ。赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズの三毛猫のホームズと主人公の片山(ワトソン?)の関係に類似している気がする。
本書ではこの香苗の知識レベルと一般的な読者の知識レベルがほぼ一致していることが成功の要因のひとつとして挙げられる。香苗の理解のスピードと読者の理解のスピードが殆どシンクロしているため香苗に感情移入しやすいのだ。このあたりは岡嶋二人自身が意識したのかどうなのかは不明だが少なくともそういう印象を受ける。

ストーリーはこんな感じ。
大友香苗は宝飾デザイナーであり、デザインしたアクセサリーを「ヤマジ宝飾」に収める仕事がメインである。ヤマジ宝飾の社長の山路頼子とは仕事面ではよきパートナーである。その山路頼子の夫、山路亮介は「パーフェクトニュース」に記事を寄稿するライターであり競馬評論家という肩書きでの仕事もしていた(ややこしい・・・)。
ヤマジ宝飾の隣にある喫茶店「ラップタイム」に居た香苗の元に刑事がやってきたことにより物語が始まる。
刑事は東陵大学の柿沼幸造が殺害された件について調べていると切り出した。そして香苗の夫である隆一が事件の前に柿沼と会っていたことがわかり参考人として行方を追っているとのことである。香苗と隆一はこのところ仲が上手くいってなく、香苗は離婚をも決断していたところだった。現在の隆一の居場所を知らない香苗は訝しがりながらも隆一の行方が気になっていた。
そんな中、香苗に夫の隆一が銃で撃たれ重体であるとの知らせが飛び込んできた。隆一が打たれた場所は東北にある幕良という聞いたこともない場所だった。
急いで香苗が幕良に駆けつけたときには時既に遅く遺体となった隆一との再会となってしまった。幕良には一足早く駆けつけた山路亮介もいた。隆一が殺害された場所は幕良牧場という牧場だった。幕良牧場は幕良市の市長である織本栄吉がオーナであり競走馬を育成している。
その夜幕良に泊まり翌日の新聞で夫の隆一と幕良牧場の牧場長の深町保夫も殺害されたという記事を見た。記事には隆一と深町のほかに流れ弾によってパステル(牡)とモンパレット(牝)の二頭の馬も死んだことが書かれていた。その日刑事からの事情聴衆を受けた香苗は、昨日受け取った隆一の鞄が何者かによって盗まれていることに気づく。
失意の中東京に戻った香苗は留守中の自宅に何者かが侵入する形跡を見つけ愕然とする。事件はまだ終わっていなかったのだ。
隆一を殺害した犯人は誰なのか。その動機は? 柿沼幸造の事件との関連性は?

「パーフェクトニュース」に勤務する綾部芙美子や喫茶店「ラップタイム」のマスター真岡良太郎などが登場し香苗(と読者)に競馬界の基本知識や馬についての話を色々と教える役割として登場する。

江戸川乱歩賞を受賞した作品と認識して読んだが気になった点は、この綾部芙美子の推理力かな。「頭良すぎるんじゃないの?」と思ったりしたのだが、まあ、それを差し引いても読み物として楽しめる一冊かなと思う。
■他の方々のご意見
たこの感想文: (書評)焦茶色のパステル
メモ:焦茶色のパステル - livedoor Blog(ブログ)
チップを弾むから勇気を分けてくれないか | 焦茶色のパステル
焦茶色のパステル 岡嶋二人|一日一冊 読書評
日常鳥瞰: 焦茶色のパステル
blog - フォーチュンな日々 : 岡嶋二人「焦茶色のパステル」
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2006年01月11日

北杜夫:「どくとるマンボウ航海記」 このエントリーをはてなブックマークに追加

どくとるマンボウ航海記
北 杜夫
角川書店 (1996/11)
おすすめ度の平均: 5
5 北杜夫文学の出発点


りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、ドクトル・チエコです(嘘です)。
りょーちが小学生の頃には既にあったのではないかと思われる名作、どくとるマンボウ航海記。後書きを見て(勿論読後に)驚いたのだが、北杜夫が後書きを書いた日付である。1960年2月15日(生まれてねーよ)。マジですか。自分が生まれる前に出版された本はそりゃー今までに何度もよんだことがある。しかし、それらの本は大別すると、夏目漱石とか芥川龍之介となどの所謂「文豪」と称される作家によるものか、江戸川乱歩や久生十蘭、夢野久作などの「怪しげミステリ系小説」のどちらかである。
1960年に出版された本にしてはなんだか非常に軽いノリで書かれている。昭和35年って言ったらもう凄い昔じゃん。今より45年以上前に上梓された「どくとるマンボウ航海記」が今もなお多くの読者に愛されている理由はやはり北杜夫の独特の文体にあると思う。そして、全く以って勝手な推測且つ憶測だが、東海林さだおや椎名誠や嵐山光三郎(どうでもいいがこの人の本名の祐乗坊英昭[ゆうじょうぼう ひであき]って凄い・・・)などもその薫陶を少なからず受けているのではないかと思う(違う?)。

ご存知の方も多いかと思うが本書は作者の北杜夫が1958年の11月から1959年の4月にかけて水産庁の漁業調査船に船医として乗り込み世界を回遊した際の航海録である。約半世紀前の時代は現在のように情報に溢れた次代ではなく世間の人々は情報に渇望感を覚えていたんじゃないかな? 当時は「なるほど・ザ・ワールド」も「世界まるごとHow Much」も「世界ウルルン滞在記」も「世界の車窓から」もない時代なのだ。更にどうでもよいがそんな中、「兼高かおる世界の旅」は1959年には放映されていたのだから凄い。(1990年頃まで放映されていたらしい・・・)
今でこそ一般庶民が
母:「お父さん、来年あたりハワイにでも行きたいわねー」
父:「おお、そうか、弥生も来年は大学生になることだしなぁ。ここは皆で一週間くらいドーンと行ってみるかぁ」
娘:「えー、私、お父さんと一緒に海外旅行なんて行きたくなーい」
母:「弥生ったら、何てこと言うの。お父さんに謝りなさい」
娘:「えー」
父:「まあまあ」

などといったお年頃の娘さんを持つ家庭でこんな会話が当たり前のように繰り広げられる世の中だが、こんな猫も杓子も猫ひろしも海外に簡単に出かけられるよーな世の中だとしても、なかなか五ヶ月間も、しかも船で旅行できる人はそういるまい。

なんだか、話しが思いっきり飛んでしまったが、えーっと「どくとるマンボウ航海記」の話しだ。
本書の読みどころは枚挙に暇がないのだが、りょーちとしては「当時(1960年頃)の一般的な日本人から見た諸外国の様子と日本とのカルチャーギャップ」と「船旅という閉塞的な空間での船員達の面白おかしい暮らしぶり」にあると思われる。
スエズで集り(タカリ)に会い、船内の品々を持っていかれる場面やドイツで玉が入ると電球がパチパチつき数字のでる機械で遊んでいる(おそらくこれはピンボールのことだと思うのだが・・・)のを珍しそうに眺めたり、パリの街では床屋をプロフェッサーと呼ぶことに驚いたりと、目にした新しいもを実に楽しそうに語ってくれるのだ。
船員や現地の人と直接触れ合い交流し、本当に生きた情報を元に書かれているのでその楽しさが読者により一層ストレートに伝わってくる。エッセイとはまさにこういうものを指して言うのではなかろうか?
そしてスバラシイことにこのオモシロさは今もなお世代や性別を超越して楽しめるのだ。当時の感覚で書かれているので幾分女性蔑視的な表現があるものの現代の女性が読んでも憤ることなく素直に楽しめる読み物になっている。

この年齢(どの?)にしてはじめて北杜夫を読んだりょーちは「何故もっと早く読んでおかなかったのか?」と後悔しまくりである。ただ、ありがたいことに北杜夫の本はどの図書館にもありそうなので、暇なときに是非借りて読んでみたいと思うのだ。


memorandum(マンボウ一覧)
どくとるマンボウ青春記
どくとるマンボウ追想記
どくとるマンボウ昆虫記
どくとるマンボウ途中下車
どくとるマンボウ小辞典
どくとるマンボウ医局記 など
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2006年01月10日

奥田英朗:「サウス・バウンド」 このエントリーをはてなブックマークに追加

サウス・バウンド
サウス・バウンド
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奥田 英朗
角川書店 (2005/06/30)
売り上げランキング: 1,302
おすすめ度の平均: 4.57
5 やっぱりすごい人だ……。
4 無駄な正義感をお持ちの方へ
5 奥田の筋の通し方


りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは。ネーネーズの古謝美佐子です(激しく嘘です)。

前回感想を書いた藤崎慎吾の「ハイドゥナン」に続き、またもや沖縄が舞台のお話し。「ハイドゥナン」が沖縄の神秘的な「陰」の部分を表現していたのに対し「サウス・バウンド」は沖縄の「陽」の部分をみせてくれる。どちらにも沖縄の古い歴史について書かれたページがあり、沖縄に行ったことのないりょーちとしては非常に興味深い。この寒い季節、沖縄が舞台の小説を読むことでちょっと暖かい気持ちに・・・(ならないか?)
2004年に「空中ブランコ」で直木賞受賞後の第一作ということで奥田英朗も気合が入っていると思われる。岐阜県出身の奥田英朗にとって沖縄という地は興味深く映ったのではなかろうか? ご存知の通り岐阜県は周囲を別の県に囲まれ海がない。少年時代に海のない土地で過ごしたと思われる奥田英朗が何故こんなに巧みに少年の視線から見た沖縄を表現できるのか?全く以ってスバラシイ。

上原二郎は中野付近に住むフツーの小学生。年頃の小学生を惹きつけて止まないアイテムが沢山あり、プチ秋葉原とでも呼べるほどのカルトなもので溢れかえっている中野ブロードウェイが二郎の遊び場だ。そんな都会的な小学生の二郎の家族はなんとも複雑である。
父の一郎は自称フリーライターだが元過激派のリーダ的存在。この父、一郎は小説の中で存在する分にはよいが自分の周りにいるとちょっと困るかなと思われる特異なキャラ。体制に与することなく生き、二郎には「学校なんぞ行かずともよい」と命令する始末。母のさくらは実は逮捕歴があることが判明。姉の洋子は職場の上司と不倫中。小学四年生の妹の桃子のみが唯一一般的な観点から「まとも」と呼べるだろう。

この小説、何がスバラシイかと言えば二郎のキャラクターであろう。一見、風変わりな父一郎のキャラに目がどうしても向いてしまうが、普通であることを表現するのは意外と難しい。二郎はどこにでもいる小学生なのだが、この二郎が中学生の不良のカツに立ち向かう様子や、いやいやカツの仲間になっている同級生の黒木との男と男の会話など、この年代の少年が一度は立ち向かうと思われる壁を乗り越える描写がスバラシイ。

物語後半には、二郎親子は沖縄に移住することになる。前半部分の父、一郎はどちらかと言えば「口先だけで行動が伴っていない」ような印象だったが、後半の一郎の活躍はなかなかである。そしてその母さくらもこの夫にしてこの妻ありといった胆の座った一面を見せる。

はじめに読んだときは「前半部分の東京の話しがかなり良く、後半部分はなくてもよかったのじゃないかな?」と思ったりしたのだが、2回目に読んだときには、この後半が家族の絆を一層深めるよいエピソードだったのかな?と思ってきた。

後半の二郎が中野で気になっていた女の子のサッサに書いた手紙や、沖縄の学校で「アカハチ物語」を朗読するシーンは二郎の成長を垣間見た気がしてホロリとさせられます。
そういえば、琉球の地からパイパティローマにむかったさくらと一郎のシーンは藤崎慎吾のハイドゥナンのエンディングに重なるよーな気がするね。
ちょっと気分が滅入ったときに読むと元気になれる一冊であろう。

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2006年01月09日

藤崎慎吾:「ハイドゥナン」 このエントリーをはてなブックマークに追加

ハイドゥナン (上)
ハイドゥナン (上)
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藤崎 慎吾
早川書房 (2005/07/21)
売り上げランキング: 8,955
おすすめ度の平均: 4
3 神様は容赦しないのだ
4 近未来伝奇地球物理科学小説!?
5 空想と科学の境界

ハイドゥナン (下)
ハイドゥナン (下)
posted with amazlet on 06.01.09
藤崎 慎吾
早川書房 (2005/07/21)
売り上げランキング: 9,328
おすすめ度の平均: 3
3 まとめるだけでイッパイイッパイ?
4 期待を裏切りません。
4 面白い!!




りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、喜納昌吉です。ハイサイおじさん(嘘です)。

沖縄というのは未だに謎が多い。本書は琉球の地、沖縄を中心に世界規模で生じる地殻変動を救うべく活動した人々の壮大な物語である。中心となる3つのグループが夫々の使命を担い、エンディングに彼らの努力が結実する。

植物生態学者の南方洋司が提唱するISEIC理論(圏間基層情報雲理論)によるとエクセプション(例外者)によりISEICを介して地球にアクセスし地殻変動を停止させることが必要らしい。南方と共に活動するHMS(隠れマッドサイエンティスツ)のメンバーには世界ではじめてポータブル型量子コンピュータを開発した理化学研究所脳科学総合研究センターの只見淳、地球科学者の大森拓也など夫々の分野でのエキスパートだが学会からはその奇抜な理論により見向きもされていない学者達である。
マントル内のマントル細菌をISEICを通じて操り、地球と和解すべく地殻変動を沈めるためにはエクセプションの捜索が必要となる。

伊波岳志は共感覚の持ち主である。「共感覚」とはある刺激を受けたとき本来感じるべき感覚に別の種類の感覚が伴って生じる現象であり、程度の差はあるが通常数千人に一人くらいの割合で存在しているらしい。とりわけ岳志の場合その共感覚者の中でも更に特異な症例で五感全てが共感覚に関わっている。昨年よりはじまったその共感覚の症状が最近特に酷くなっている。「お願い・・・」と出し抜けに女性の声が聞こえるようになってきた。
そしてその声の主は沖縄にいた。
後間柚は悪夢に魘されていた。最近見知らぬ青年に助けを求める夢ばかり見てしまう。柚の家は代々ムヌチ(「物知り」)と呼ばれる巫女の家系であった。祖母の兼久康子もかつてはこの地、沖縄でムヌチをやっていた。80歳を過ぎ霊感も弱まっていたが、今でも神様に祈ることだけは続けていた。柚の父栄次が他界したとき、柚の前に初めて神様が降りてきた。神様は柚に康子の後を告ぐことを強要する。ムヌチになるには「カンダーリ(神憑かり)」と呼ばれる一種の精神病的な状態になり、心身ともに苦行を強いられる。神様に「琉球の根を掘り起こせ」「十四番目の御嶽(ウンガン)を探せ」と一方的に告げられカンダーリに苦しめられる。
東京と沖縄で出会うはずのない岳志と柚は互いに惹かれあうように出会った。岳志と柚は琉球の根を掘り起こせるのか?そして沖縄を中心に地球の存続を揺るがす地殻変動を食い止められるのか?

一方、メリーランド大学天文学部のマーク・ホーマーは神になろうとしていた。彼の研究対象は木星の衛星エウロパにある。エウロパにはもうすぐ探査機を送り込み詳細な調査が進められることとなっている。ホーマーもその調査に一役買っている。エウロパには水があり、水があるということはそこには生命が宿っている可能性があるのだ。ホーマーの研究課題は対外的にはエウロパでの生命探査ということにあったが、彼の本当にやりたいことはエウロパで「神」になることであった。

この3つの話しははじめは何もリンクしていなさそうに夫々進んでいくのだが物語り終盤になり夫々が繋がり物語の全容を見せ始める。
本書を読み進めていくと序章に記されている挿話のことを一瞬忘れかけてしまうが読み終えたときに「ふーむ、そう繋がるのか」と唸らされてしまう。

なお、本書のタイトルの「ハイドゥナン」とは「南与那国島」という沖縄で語り継がれる伝説の島のことである。最終的に岳志と柚が「ハイドゥナン」を求めるシーンは少し感動した。
非常にスケールの大きな物語として書かれた本書の作者である藤崎慎吾。りょーちはその作家の存在を本書を手にするまで全く知らなかった。書籍の帯には「クリスタルサイレンス」という小説で1999年のベストSF第一位をGetしているらしい。著者のプロフィールを見ると少し変わった経歴の持ち主であるようだ。藤崎慎吾はアメリカのメリーランド大学海洋・河口部研究科学専攻の修士課程を修了している。本書に登場する地質学や深海についての知識はこれまでのSF小説の作家よりかなり専門的で説得力がある。帯に書かれている小松左京の「日本沈没」を凌ぐ傑作というのも頷ける。

なお、小学館文庫「日本沈没」の解説を書かれている 堀晃 さんの解説が非常に興味深いのでハイドゥナンを詳細に知りたい方はこちらを読んでいただくと更に興味が沸くだろう。
藤崎慎吾『ハイドゥナン』: マッドサイエンティストの手帳

今後の藤崎慎吾の新作を是非読んでみたい。
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2006年01月06日

三崎亜記:「バスジャック」 このエントリーをはてなブックマークに追加

バスジャック
バスジャック
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三崎 亜記
集英社 (2005/11/26)



りょーち的おすすめ度:お薦め度


こんにちは、桜井長一郎です(嘘です)。

2005年、デビュー作の「となり町戦争」で第17回小説すばる新人賞を受賞した鮮烈なデビューも記憶に新しい、三崎亜記がまたやってくれた。今回上梓された「バスジャック」は三崎亜記が「小説すばる」に2005年2月号から9月号までに寄稿した7本の短編小説からなる。三崎亜記の小説を読むのは本書で2冊目ということになるが、彼は「不思議な空間を日常の空間として見せる」ことが非常に上手い。小説(フィクション)の中でも特にSFやファンタジーの世界では作者の作り出した「非日常」なる世界を如何に読者にリアリティを持たせて興味深く読ませるかが鍵となる。
本書で登場する7つのストーリーは現代社会に身をおく人間なら誰しも経験し得なさそうな物語だが、すぐ傍らにありそうなリアリティを以って書かれている。
表題作のバスジャックはその典型ともいえる。ひとつひとつの小説について言及してみる。

■二階扉をつけてください
出産のため実家に帰った妻を待つ僕のところに近所の人と思われる女性から「二階扉をつけてください」とおかしなクレームが舞い込んできた。女性があまりに怒っていたので町内を一周してみると確かにどの家の二階にも扉がついていた。わけのわからないまま帰宅するが、全ての家に扉が付いていたので電話帳を調べて工務店に電話すると「工務店が二階扉なんぞつけられるか!」とこれまた怒られた。おかしいなと思い再度電話帳を見てみると「二階扉製造・取付」という職業欄がキチンとある。訝しがったが、そこには五件の店が紹介されていた。とりあえずそのうちの一軒に電話してみるとほどなく営業担当が説明にやって来た。分けのわからない見積を出され色々説明されたのだが皆目理解できない内容だったがとりあえず二階扉をつけてもらった。そして僕の家の二階扉を最初に利用することになった妻は・・・
前半部分の不可思議な世界にのめりこみながら読んでいったのだが、ラストで一気に現実世界に引き戻されるような感覚を受けた。

■しあわせな光
本書で最も短い短編である。星新一のショートショートのようにキレがある。そして心地よい余韻の残る力作である。

■二人の記憶
僕の記憶と彼女の記憶には何時の頃からか行き違い、思い違いがあるようだ。不思議な恋愛小説である。たとえ恋人や夫婦として同じ時間を過ごしていても一人一人の受ける感情も違い、体験も違ってくる。しかしゴールはひとつ。なかなか奥深い。

■バスジャック
今「バスジャック」がブームである

物語の書き出しからしてこうである。読者は「バスジャックがブームである世界」に突然誘われる。「うーむ、この話しはおかしいなと思う間もなく、
今、バスジャック公式サイトでは「移動距離」「占拠時間」「総報道時間」「オリジナリティ」の四つの観点からランキングを日々更新している

と畳み掛けるように外枠を埋めてくるのだ。更に「バスジャック規正法」「六・十五 血の闘争」「乗客保護義務違反」など聞いたこともない語句が飛び交う。当然、バスジャックされた乗客もこの不思議世界の住人であり、バスジャック犯に怯むことなど全くなく「その方法はなっていない」などと注意、命令する始末。こういったおかしな世界を紹介するだけでなく、キチンとどんでん返し的なオチも用意されている。

■雨降る夜に
登場人物は男と女の二人だけ。一人暮らしの「僕」の部屋を図書館と思い込み本を仮に来る女の話し。この後この二人はどうなるんだろうと二人の今後を見てみたい気にさせる。

■動物園
「動物園」は本書の中でも長編に入る小説。開園30周年を迎えた動物園にハヤカワ・トータルプランニングの日野原は依頼を受けてやってきた。ハヤカワ・トータルプランニングは予算のない動物園が珍しい動物を見せたいと言う要望に応える隙間産業的な会社であり、社員のイメージによりあたかもそこに動物がいるように幻影をみせることを生業としている。しかし、この世界も競争が厳しくライバル会社に受注を取り返されてしまう。失意の中、偵察がてらライバル会社の仕事の様子を見に行った日野原が見たものとは・・・

■送りの夏
本書だけは実は現実世界でも実際に起こりえるのではないだろうか?小学生の麻美は家出した母を追って見知らぬ場所「つつみが浜」へやってきた。駅を降りたときに出会ったお爺さんは車椅子のおばあさんの世話をしていた。しかし不思議なことに車椅子のおばあさんはどう見てもマネキン人形であった。不思議なお爺さんと別れ、母がいるという「若草荘」までなんとか辿りつく。「若草荘」から出てきたのは幸一という二十代の今風の若者だった。そこでは母、幸一の他に数人が集まって共同生活を行っていた。そしてそこには駅であったあの爺さんとマネキンも共同生活者のメンバーとして生活していた。不思議な共同生活のその理由は・・・ 本作は人が悲しみを癒していく過程を中心に書かれているが、同時に麻美という少女が(月並みな言い方だが)大人への階段を登り始める話しでもある。麻美の母の突き放したような態度にも物語を読み終えた後はこういう家族愛もあってよいのかなと思わせる。

●総論
全く以ってスバラシイ。次回作を直ぐにでも読みたくなってくる作家にめぐり合えた気がした。今後の活躍に是非とも期待したい。
■他の方々のご意見:
独善的な読前書評: 「バスジャック」
So-net blog:午前零時で針を止めろ!:バスジャック 三崎亜記
kinosy 本の感想 | 「バスジャック」三崎亜記
sigh.:三崎亜記 「バスジャック」
バスジャック|ほんのにちようび
いってきマす。: 「バスジャック」三崎亜記 読破。
粗製♪濫読 : 『バスジャック』 異次元のインパクト
しせいのしこう:日常からの脱出・日常への滞留 −−『バスジャック』を読む - livedoor Blog(ブログ)
fun+fan+planet:バスジャック/三崎亜記
駄犬堂書店 : Weblog: 三崎亜記『バスジャック』●○
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2005年12月27日

薬丸岳:「天使のナイフ」 このエントリーをはてなブックマークに追加

天使のナイフ
天使のナイフ
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薬丸 岳
講談社 (2005/08)
売り上げランキング: 706
おすすめ度の平均: 4.43
4 じっくり読ませる佳作!
5 最高峰
5 審査員が5人とも絶賛


りょーち的おすすめ度:お薦め度

こんにちは、ファイアー浦辺こと浦辺 粂子です。(嘘です)(ネタ的に危険か?)

第51回江戸川乱歩賞受賞ということなので、ミステリー小説として読み始めたのだが、本書はどちらかといえば社会派小説といった印象を受けた。しかし終盤にキチンとミステリーとなっていることが伺える良質の作品である。
社会派小説のようなミステリーの増加の原因のひとつに現代社会の異常性が挙げられる。要するに現実と虚構が限りなく近づいていてフィクションを超えたノンフィクション(メタフィクションとでも言うのだろうか?)が急増しているのだ。
ミステリー作家としては非常に大変な時代である。いくら不思議で斬新なミステリー小説を書いても、読者は現実の事件や事故の方に畏怖の念を抱き、小説の方は「ああ、あの事件をモデルにした小説ね」とともすれば揶揄されてしまうのだが、本書はそのあたりを登場人物の関係性を以って保管しているよーである。

この小説について言及する際に「少年法」という法律を避けて通ることはできない。「刑法41条によると14歳に満たないものの行為は罰しない」というものらしい。少年少女が狙われる事件が最近多い中、少年少女自身が加害者であるケースもあるのだ。そして一般市民は誰が加害者だったかを窺い知ることはできないような社会の仕組みになっている。遺族にしてみれば加害者の年齢により法の裁きに変化が生じることに納得できないであろう。

桧山貴志は留守中に何者かにより、愛する妻の祥子の命を奪われた。失意の中、祥子の葬儀が行われる。まだ生まれたばかりの愛美が泣きじゃくる中、愛美をあやしてくれた見たこともない若い女性がいた。彼女は早川みゆきという祥子の中学時代からの友人らしかった。
その後、事件を調査していた埼玉県警の三枝より3人の少年を補導したと聞いた。彼らは遊ぶ金欲しさに桧山の留守中に妻の祥子を殺害したという経緯を現実感を伴わず聞いた。
「逮捕ではなく補導です」

一瞬三枝の言葉を理解できなかった桧山はその意味を知り憤りを隠せなかった。彼らは13歳という年齢のため、刑務所にも入らず、捜査本部も解散してしまうとのことである。納得できるわけがない。彼らは少年院で適当に日々を過ごし誰にも知られずに社会に復帰する。そういう社会システムなのだ。

祥子の死から4年の歳月が経過した。娘の愛美も大きくなり、今はみゆきの勤める保育園に通っている。貴志は喫茶店の店長として店を切り盛りしており見かけ上平和な日々が流れているように思えた。そんな中、埼玉県警の三枝が突然店にやってきた。三枝は「沢村和也が殺された」と告げた。沢村和也とは祥子殺害の加害者の少年の中の1名である。三枝は桧山が彼ら3名の実名を知っていることを知っていた。
通常、少年法により加害者の名前を開示することはできないのだが、被害者の遺族にはその情報を一部開示している。事件後に桧山は三人の身元を照会していたのだ。
そして事件当時アリバイのない桧山に嫌疑の目が向けられていた。
桧山は事件の真相を知るために独自調査を開始した。そしてそこで彼の知った真相とは・・・

ホントに「よく出来ている小説」である。途中までミステリーっぽくない調子で進んでいくのだが小説内の小さな挿話の殆どが終盤に差し掛かり一気に繋がっていく。
祥子とみゆきの関係。弁護士の相沢。取材を続ける記者の貫井。何故、祥子は死ななければならなかったのか。これらが本当に生き物のように合わせられ「天使のナイフ」というひとつのタペストリーが紡ぎだされたのである。読んでいて気持ちのよいミステリーである。
冒頭にも記載したが本書の一連の事件は 「少年法により情報が公開されない」 ことにより生じたことのように感じる。少年というのは本来弱いものなので守るべきだという側面も分からないでもないが「被害者の方が弱いじゃん」と思ってしまう。

疑問点を挙げるとすれば「天使のナイフ」というタイトルでよかったのだろうか? ここでいうナイフが作中のあるシーンに登場するあの「ナイフ」だとすればそれを「天使の」と修飾することに違和感を感じてしまうのはりょーちだけ?

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