2010年04月08日

「勇気を貰った」という意味不明な賞賛 このエントリーをはてなブックマークに追加

バンクーバーオリンピックも終わり日本は金メダルは0個、銀メダル3個、銅メダル2個という結果に終わった。
  • 金メダル:なし
  • 銀メダル:長島圭一郎(スピードスケート男子500m)、パシュート(田畑真紀・穂積雅子・小平奈緒)、浅田真央(フィギュアスケート女子)
  • 銅メダル:加藤条治(スピードスケート男子500m)、高橋大輔(フィギュアスケート男子)
結果としては金メダルがなく残念な感じだった。りょーちとしてはそんなに真剣にオリンピックに注目していたわけではないのだが、期間中はどこもかしこも試合を放送していたので、自然に見てしまっていた。
で、このオリンピック中継を見ていてちょいと気になることがあった。
それは、実況中継にアナウンサーがたまに言う「○○選手が活躍したことで私たちは勇気を貰いました」というフレーズである。

この「勇気を貰った」って表現は何なの?

頑張っている選手を応援したいという気持ちはまあ生まれてくるのだが「勇気を貰ったか」といえば、別にそんなことは全くない。
そもそも「勇気」ってなんなの?
Wikipediaで勇気を調べてみると以下のように記載されている。
勇気(ゆうき)とは、普通の人が、恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じる事を恐れずに(自分の信念を貫き)向かっていく積極的で強い心意気の事。勇ましい強い心をいう。男気(おとこぎ)。語義解によれば、いさむ(強)にはつよい、悪い、乱暴の意を含む。
うーむ。やっぱ、勇気貰ってないよね?

で、勇気にも実は以下のように様々あるようだ。
* 義勇(正義のための勇気)
* 知(智)勇(知恵と勇気)
* 沈勇(勇気があり、落ち着いている)
* 蛮勇(乱暴で、向こう見ずな勇気)
* 武勇(武術に優れており、勇ましい)
しかし件の「勇気を貰った」って表現はこの上記5つのどれにもなんだか当てはまらなそうだ。

「勇気と感動をありがとう」ってフレーズもよく聞くが、やはり「勇気」って言葉がどうも違うような気がするっす。

勇気を貰った - Google 検索
勇気と感動をありがとう - Google 検索

他の人々は違和感ないのだろうか?
りょーちの言語感覚がおかしいのだろうか・・・
posted by りょーち | Comment(14) | TrackBack(0) | 自分メモ
この記事へのコメント
人間的な感覚は身につけた方がいいと思いますよ

役には立つんで
Posted by at 2010年06月27日 19:16
りょーち@管理人です。
>人間的な感覚は身につけた方がいいと思いますよ
>役には立つんで

ということはやはり私の感覚がずれているのでしょうか?
うーむ。でもやはり「勇気を貰う」って何か違うような・・・
「感動をありがとう」とかはまあいいんですが・・・
誰の誰に対する「勇気」なんですかね?
Posted by りょーち at 2010年06月27日 19:52
たしかに「勇気を貰う」て変ですね!結局みんなが使ってるから使うって感覚でしょう・・・。「感動をありがとう」も変だと思いますよ!
Posted by とし at 2010年06月30日 21:19
りょーち@管理人です。
>たしかに「勇気を貰う」て変ですね!
>結局みんなが使ってるから使うって感覚でしょう・・・。
>「感動をありがとう」も変だと思いますよ!

同じような言語感覚の方がいらっしゃって嬉しい限りです。やはりちょっと違和感ありますねー。
Posted by at 2010年07月01日 12:21
お祭りみたいな感覚なんでしょうかね。

例えば、これからスポーツ競技で本気で選手になろうと思ってる人が、勇気を貰ったと、いうのはすごくわかります。

でも、アナウンサーとかが、勇気を貰ったって使うのは(気持ち的にはわかりますが)やはり、正しい日本語を使うという点においては違うと思います。

でも、オリンピックも一種のお祭りと考えれば、牛追い祭りとか、見て「おおー、なんか凄い。勇気をもらったぞー」とかは、私も使いますし、

勇気を、一時的な感情の高揚と考えれば、
まあ、いいのかなと…思いますよ
Posted by イナズマ at 2010年09月01日 18:18
イナズマさんこんにちは。りょーち@管理人です。コメントありがとうございます。
>でも、アナウンサーとかが、勇気を貰ったって使うのは正しい日本語を使うという点においては違うと思います。

そこを「違う」と思うか「違和感を感じない」のかがまずファーストステップですよねー。わたしはイナズマさん同様「違う」という感覚です。

>勇気を、一時的な感情の高揚と考えれば
ふむふむ。

でも記事内の勇気の本来の意味にあまりマッチしない感じもするんですよねぇ。日本語難しいですね。

うーむ。

Posted by りょーち at 2010年09月03日 07:42
勇気を貰うって何?
で検索したらヒットしました。

私もすごい違和感を感じる言葉ですね。
夢をありがとうってのもしっくりこなくて嫌いな言葉なので自分はヒネくれてるのかな。
Posted by けんこ at 2011年08月09日 07:30
けんこさん、こんにちは。りょーち@管理人です。
コメントありがとうございます。

私は違和感を覚えるのですが、この記事に一番はじめにコメントをいただいた方からは「人間的な感覚は身につけた方がいいと思いますよ。役には立つんで」と指摘されてしまっています・・・orz
「この感覚がわからないと人間でない」と飛躍した解釈もできなくもない指摘なのですが、やっぱりいまだによくこの感覚が理解できていません。

未だに謎の言葉でございますww
ではでは。
Posted by りょーち at 2011年08月09日 10:06
いや〜良かった!未だに、小学生が、「今日は勇気を貰いました!」と、思いつく言葉が無いときの、優等生発言でもしとけば大人は安心する的なテレビ番組を観ていて、なにを勇気と思っているのか?という違和感が、ずっとあったのだが、やはりマトモな大人なら、考えは同じなのだな、っと安心しました。
最近では、勇気を与えるとか、自分で言うスポーツ選手を見ると、もう少しコメント考えてから話せば!と思いますよ。
しかし、このまま放置すれば、いつのまにか勇気は、日本語の中では、あげたり、もらったりできる存在になるのでしょうねσ(^_^;)
Posted by R at 2012年01月29日 19:14
Rさん、こんにちは。りょーち@管理人です。
「勇気を貰った」はやはり違和感ありますよねー。

スポーツ選手などにも自ら、、
「私たちの頑張りで勇気を少しでも与えることができた」
とコメントしたりしていますねぇ。

謎の言語感覚です。
ではでは。
Posted by りょーち at 2012年01月29日 22:22
今現在勇気を必要としていないからわからないんじゃないですかねぇ。
言語感覚なんて一様なものではないと思います。
Posted by D at 2012年02月12日 18:21
>今現在勇気を必要としていないからわからないんじゃないですかねぇ。
>言語感覚なんて一様なものではないと思います。

おそらくあなたは、この記事をキチンとお読みになっていないよーな気がします。
更に言えば、私自信が勇気を必要としているかしていないかは本記事に全く関係のないものであり、言語感覚が一様ではないことはこの記事の本質的なところであり、勿論理解していますが、私は「勇気を貰った」という言葉に違和感を覚えます。
Posted by りょーち at 2012年02月14日 01:56
「勇気をもらった」ってーのを、変というより腹が立つ。
あんた何言うとるん?日本語意味わかって話しとるんか?と思うてしまうねん・
「どんな勇気を貰ろたんや?」と聞いてみたい!
アラ、これえらい前の記事やったな(ダハハ)
Posted by BingoBongo at 2014年09月20日 20:19
BingoBongoさん、こんにちは。りょーち@管理人です。
>「どんな勇気を貰ろたんや?」と聞いてみたい
そうなんですよねー。謎の感覚ですw
記事を書いたのはちょっと前ですが、未だに違和感ある言葉ですw
Posted by りょーち at 2014年09月21日 09:01
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