りょーち的おすすめ度:

こんにちは、芹沢名人です(嘘です)。
横山秀夫の名作短編集「真相」を読んでみた。最近文庫化されたっぽいが、既に保有しているハードカバーのものを再読なのだ。
「真相」では表題作の「真相」の他に4つの作品を収録した5つの短編小説が掲載されている。何れも物語の終盤で予期せぬ「真相」が明らかになる。
こういう短編小説は横山秀夫はかなり上手い。短い中にもキチンと登場人物の人生とその悲哀が語られている。
■真相
小さな町の会計事務所の所長の篠田信男は十年前に息子を殺人事件で亡くしていた。娘の美香は既に嫁いで篠田家を出ていた。息子の信彦を殺害した犯人は十年経っても未だ捕まっていない。半ば諦めかけていたときに犯人逮捕の知らせがついに届いた。犯人の自供では信彦が万引きをしたのを目撃し、強請った際にカッとなって殺害に至ったとのこと。信男から見て信彦は非の打ち所のない子供だっただけに犯人の自供は俄かに信じがたかった。そして程なくメディアにも犯人逮捕の報道と信彦の万引きが報じられた。更に犯人の自供では殺害時に、信彦の他に友達と思しきもう一人の人物がいたという。そして調べていくうちに、そのもう一人の人物は娘の美香の夫の森勇太だというのだ。
十年経って信男が知る真相とは?
■18番ホール
県庁に勤める樫村浩介は浩介の出身の村の村長選挙に出馬することになった。浩介の祖父は今の前の代の村長であり、地盤もある。はじめはその気はなかった浩介は県庁の同じ財務課にやってきた自治省のキャリアの片桐の存在が疎ましく思っており、これを機に県庁を辞めるのも一つの手と思い、祖父の地盤を引き継ぐ形で村長選へと出馬したのだ。
県庁も辞め、後がない状態での選挙は地元で力を持つ津川建設の跡取りの同級生の津川から「絶対に勝てるから」と担ぎ出された形になった。更に、樫村には出馬したもうひとつの理由があった。それは現在計画されている村のパターゴルフ場のことだった。樫村は昔ある女を殺害し、山に埋めたのだ。そしてそこは今ゴルフ場建設が計画されている場所だった。例え掘り起こされても樫村が犯人である翔子は何もない筈であったが、女を埋めた時に池袋で購入したボールペンがなくなっていたことを思い出した。死体と一緒に掘り起こされてしまわないためにも村長になり、計画の図面を変更しなければならない。
果たして選挙には勝つのか?
■不眠
山室隆哉はP自動車を最近リストラされた47歳。ハローワークに足を運ぶ傍ら、大学病院の新薬に関する臨床実験のアルバイトで生活をしている。「睡眠障害に関する病態生理学研究と治療薬の開発」という怪しげな研究のために息子ほどの年齢の大学院生から渡された成分もわからない薬を口にし、不快なノイズを聴かされながら眠るという実験に参加している。病院側からみれば隆哉もモルモットもさして違いはない。その程度の扱いであった。拷問とも思えるノイズを毎回耳にし、最近は殆どまともに眠れていない。
そんな中、山室の住む団地付近で放火による殺人があった。犯人は未だ捕まっておらず、現場付近で警察の聞き込みも行われていた。事件を知り、山室は当日現場付近をライトも付けず猛スピードで走り去る「ワインレッドのビガー」を見ていた。そして、団地でこの車に乗っている人物が小井戸というデパートに勤める人物であったことを知っていた。
警察の聞き込みは山室本人にまで及んだ。山室は勿論犯人ではないが、警察から追及されることは避けたかったのだ。警察にアルバイトのことがばれてしまうと不正受給が露見してしまうと考えたのだ。断腸の思いで、山室は警察に小井戸を売った・・・
そして程なく小井戸は捕まったのだが・・・
■花輪の海
城田輝正の家に、大学時代の友人の石倉から電話が掛かってきた。石倉の要件は大学時代に事故で亡くなったサトルのことだった。なんでもサトルの母が息子の死の状況を詳しく知りたいと言っているらしかった。相馬悟は大学時代、城田と石倉と同じ空手部に所属していた。空手部の合宿の練習は壮絶な練習であった。いや、あれは練習とは名ばかりで実際は先輩からのリンチそのものだった。この合宿が何時まで続くのかと誰もが思っていた矢先、突如合宿は終わった。練習中にサトルが海で溺死したのだ。そのときの城田は友人の死に快哉を挙げんばかりに心の中で喜んだ。これで合宿が終わると・・・
それから十二年の歳月が経った今、誰もが忘れたがっていたこの話しがまた蒸し返されるのだ。今思えば、城田にはサトルは先輩達のイジメに耐えられず自ら氏を選んだとも思えていた。城田と石倉は「あのこと」を思い出すために仲間の5人で集まることにしたのだが・・・
十二年目にして知る「真相」とは?
■他人の家
貝原英治と妻の映子は大家から退去を言い渡された。大家は、インターネットで貝原が元犯罪者であることを知ったという。大家の言うとおり、確かに貝原には前科があった。
貝原は借金を作って失踪した兄に代わってお金を返さなければならなかった。実家も売り払ったが400万円もの借金の返済の目処は全く立っていなかった。そんなときである。小さい頃から知り合いの広神正雄がスーパーに強盗に入るという計画を持ちかけてきた。広神も貝原同様に多額の借金を抱えていた。
押し切られるように犯行に加担したのだが、金庫を運ぶ途中にスーパーのオーナーに見つかり、二人で抱えていた金庫が手を離れ、オーナを直撃した。そして程なく貝原と広神は逮捕される。首謀者の広神は懲役10年、貝原は懲役7年の刑を受ける。何れも強盗致傷罪ではあったが、貝原は模範囚を心がけ5年で仮出所した。
出所後の貝原への世間の風当たりは貝原の予想を遥かに凌駕していた。
出所して、世間から身を隠すように生活してた最中、いつも散歩ですれ違う佐藤老人にインターネットで貝原の犯罪歴が記されているという情報を知る。貝原はこの現実を知り、打ち拉しがれる。貝原英治の名前である限り誰も自分の犯した罪を忘れてはもらえないのだと。5年の服役では自分の罪は消えないのだと。
しかし、暫くして、貝原夫婦は佐藤老人から、自分と養子縁組をして、貝原の姓を捨て佐藤姓を名乗らないかと思いもかけない話を持ちかけられる。住居も佐藤老人の家に同居するとよいらしく、貝原にしてみれば、渡りに船の話しだった。貝原姓を捨てることにより世間は自分を忘れてくれるのだ。
佐藤老人は現在一人身で、妻はパート先の男と駆け落ちをして失踪したらしく、身寄りが全くなかった。貝原夫妻は佐藤老人の申し出を快諾し、佐藤姓を名乗ることとなった。
そして、程なくして佐藤人は病気により他界した。貝原は佐藤の家を手に入れ、貝原姓を捨てることにより就職も無事に見つかり順風満帆かに見えた。そんな矢先に広神がやってきたのである。広神はここぞとばかりに貝原に脅しを掛ける。そんな広神に対して貝原が取った行動とは・・・
●総論
「真相」というタイトルのとおり夫々の短編小説の中で予想もしない「真相」が待ち受けている。ミステリーでは真相を突き止めるのは名探偵だったりするのだが、本書では事件の当事者が真相に辿り着かされるとでも言えばよいのか。そして夫々の真相はどれも後ろ暗いものばかりであり、真相にたどり着いたがためにその後の人生が大きく変わってしまう登場人物もいたであろう。真相にたどり着いた彼らのその後の人生については詳しく書かれておらず、その一切を読者の想像に委ねている。それが、余韻として心の中に残っていく。短い物語も、この余韻の効果が大きいため、ひとつひとつの物語を十分に楽しめるようになっている。通常ミステリー小説では
犯人逮捕 = 事件解決 = 物語終焉
という図式になっている。
勿論本書もその流れは踏襲しているが、彼らの今後の人生について嫌でも思いを馳せてしまうような語りは横山秀夫ならではであろう。短いストーリーの中にも凝縮された「人生」そのものが描かれている良作である。最近文庫化されたようなので是非読んでみるとよいかも。
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