石持 浅海
祥伝社 (2005/05)
売り上げランキング: 40,189
りょーち的おすすめ度:

こんにちは、水島裕です(嘘です)。
いろんなところで評判の高い石持浅海(いしもちあさみ)さんの「扉は閉ざされたまま」を読んでみた。
確かに話題になるだけのことはあると唸らされる秀作である。「このミステリがすごい! 2006年版」では2位だけのことはありますね(ちなみに、1位は東野圭吾「容疑者]の献身」)。
小説のジャンルとしては確かにミステリー小説に属するが一般的な(?)ミステリー小説との大きな相違点が2点ある。
■相違点 1 犯人が直ぐに分かる
通常ミステリー小説の場合、何らかの謎(つまりミステリー)が存在し登場人物(と読者)は与えられた状況下で作者の設定した謎を解いていくわけだ。ミステリー小説にはその謎を解くためにたいてい名探偵が登場し、ページを捲るスピードで謎に到達し残りページ5分の1あたりで真相および真犯人に気づき、読者と共に「あー、謎が解決されてよかったね」って感じで幕が降ろされる。
ミステリー小説における謎は大きく二つあり、「Who done it ?(フーダニット)」と呼ばれる犯人当てに主軸をおいたものと、「Why done it ?(ホワイダニット)」と呼ばれる何故その事件は起こったかという動機解明ものとに大別される。まれに、「How done it ?」という「どうやって事件を起こしたのか?」が主軸になる小説もある。
さて、石持浅海の作り出したこのミステリー小説「扉は閉ざされたまま」は開始早々に「Who」「Why」「How」の部分が読者に対して殆ど明らかになっている。
読み始めて、「うーむ、これはどういう展開になっていくのであろう?」と訝しがってしまった。
■相違点 2 探偵役は犯人になってはいけないというミステリーの原則に反する
通常のミステリーでは探偵役が犯人になるということはお作法としてあまりよろしくない。犯人しか知りえない情報を探偵役(=犯人)が知っており、それを元に事件が(犯人が意図したかどうかに拘らず)解決されていくプロセスはフェアではない。しかし「扉は閉ざされたまま」では犯人役が堂々と探偵役もこなしている(どちらかといえばワトソン的な役割ともいえなくもないが)。なお、補足するが、本書では事前に読者に提示されていない犯人しか知り得なかった情報というものを極力押えて書かれている。
これら2点の相違はあるものの、紛れもなく本格ミステリーとして成立している(本書の表紙にも「長編本格推理書き下ろし」って書いてあるし・・・
そう、この小説は「書き下ろし」なのだ。あのシーナマコト(椎名誠)さんをして「書き下ろしはエライのだ」と言わしめるほど書き下ろしとは作家からみれば羨望の眼差しを向けられる代物なのだ(このあたりはシーナマコトの「
哀愁の町に霧が降るのだ」をお読みいただきたい(りょーちの感想は
こちら)。
舞台は東京の成城。都内でも有数の高級住宅が立ち並ぶ閑静な地域。安藤章吾の兄はこの場所にペンションを開いた。その目論見はあたり高級住宅地に住んでいるような感覚を味わいたいと地方からの客もそれなりに入ってきている。こんな場所だがミステリーの分類ではこの物語は所謂「嵐の山荘モノ」に位置づけられる。このあたりのクローズドミステリーのシチュエーションは上手く作られている。
伏見亮輔が大学時代所属していた、軽音楽部内の有志によるサークル(通称「アル中分科会」)のメンバーは大学卒業後、夫々の道を進んでいた。そして今回同窓会がてらに安藤章吾の兄の経営する成城のペンションに泊まることになった。
集まったのは伏見亮輔と以下の6名。
伏見と同期の安藤章吾、1年先輩の上田五月、1年後輩の新山和宏、1年後輩の大倉礼子(旧姓碓井礼子)、2年後輩の石丸幸平、そして大倉礼子の妹、碓井優佳。優佳以外は既に研究者や主婦など夫々職を持っていた。
この計7名による楽しい同窓会になるはずであった。しかし、この同窓会を利用して恐ろしい殺人計画を企てている人物がいた。それは伏見亮輔である。そして伏見のターゲットは新山和宏。伏見は用意周到に準備しておいた手順に沿って淡々と新山和宏を殺害する。殺害後、自分に嫌疑が掛からぬように完璧に偽装工作をする。あとは何食わぬ顔でみんなの前に顔を出し、発見までの時間を引き延ばすだけのはずであった。
伏見は自分の計画にかなりの自信を持っており、完璧な完全犯罪であると確信していた。しかし、唯一伏見の前に立ちはだかる人間がいた。それが碓井優佳だった。
優佳と伏見との関係は後輩の礼子の妹という関係だけではなかった。優佳と知り合ってから程なくして伏見は優佳に告白されていたのだ。伏見としても優佳を気に入っており、断る理由も全くなかったのだが自己のくだらない虚栄心が邪魔をし二人は恋人の関係にはなることがなかった。当時の優佳は伏見の類まれなる頭脳の明晰さに心を奪われていた。伏見としても優佳の鋭い洞察力に感心の念を抱いていた。そんな似たもの同士の二人は磁石のN極とN極が決してくっ付くことのないように引き合うことはなかった。優佳の告白以降伏見も優佳もお互いに距離をおいていた。
そのことがあり、暫くしての再会に二人は正直戸惑っていた。
そんな中、食事の時間になり、メンバー全員が食堂に集合するはずであったのだが新山和宏だけが食堂に姿を現さない。礼子や五月、安藤たちは新山を呼び部屋まで向うが扉は閉ざされたままであり、呼びかけても返事がない。
そしてここから優佳と伏見の頭脳戦が繰り広げられるのであった。
合鍵はなく、外から侵入しようとすると警備システムが作動する。この別荘は安藤の兄が古い洋館に手を加えたもので、ドア一枚にもかなりの金が掛けられているため、ドアをこじ開けたり、破壊して中に入ることはできない。
更に合鍵は安藤の兄が所有しているのだが現在海外旅行のため不在である。どうやっても中に入ることはできないのだ。そして伏見はこの展開を予測していた。
しかし、その計画に優佳が真っ向から対峙してくる。優佳の鋭い指摘に防戦一方の伏見。果たしてこの結末は?扉は開かれるのか?
本書の読みどころはなんといっても、伏見と優佳の知恵比べにある。
扉一つ隔てたその向こうに死体があるのだが、誰も中に入ることはできず、外からも中の様子を見ることができない。この状況下で如何にして優佳は真相にたどり着くのか。
冒頭にも記載したのだが、読者には別荘での出来事が実況中継されているような臨場感で伏見をはじめ別荘内の全員の動きが余すことなく伝えられている。ミステリー小説で後回しになるべき所謂「解決編」の部分が優佳の明晰な頭脳によりつぶさに証明されていく。なんとも不思議な雰囲気のミステリーだが、反則技のようなものがなく、終始一貫して筋の通ったミステリー小説であった。
しかし、いろんな方々の書評で言及されているが、やはり犯人の動機の部分が弱いかもと思う。(そんなことでやっちゃいますか?)
でも、総合的にはOKっす。
やるなー、石持浅海。新作でたら買っちゃいそうです。
■他の方々のご意見(やっぱり好評?)
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