ジョゼフ フィンダー Joseph Finder 石田 善彦 新潮社 (2005/11)
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ジョゼフ フィンダー Joseph Finder 石田 善彦 新潮社 (2005/11)
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りょーち的おすすめ度:

こんにちは。滝田栄です(嘘です)。(
どうき、息切れに救心--救心製薬)
産業スパイというものがいるらしい。自社に利益を齎す為競合他社の機密情報を探る刺客である。競合他社の動向はニュースや新聞などのメディアから得られる情報も少なくないがその多くはマスコミが報道した後では活用するには遅すぎる。そのため相手の会社の情報をリアルタイムで知ることが肝要だ。内部の協力者などからその情報を入手したり、盗聴器を仕掛けたりすることは簡単に思いつくだろう。勿論、これらは歴然とした犯罪行為に他ならない。そして更に踏み込んだ詳細情報を入手したい場合はどうするのか?敵の会社に自社の社員を潜入させるのだ。
通常産業スパイに抜擢されるべき人材は優秀な人材であるはずなのだが、本書に登場するスパイのアダムは自他共に認めるダメ社員。その社員がライバル会社に潜入し、しかも出世街道を驀進してしまうという楽しそうな小説なのだ。
ルーターなどのネットワーク機器を開発しているワイアット・テレコムの社員アダム・キャシディは会社の勘定系ホストをハッキングし、会社の金を横領した事実が見つかってしまったのだ。ワイアット・テレコムの創立者であるニコラス・ワイアットは「横領罪で懲役55年(!)かライバル会社のトライオンに入社し、極秘計画中のあるプロジェクトについて調査するか」という選択をアダムに突きつけた。
優秀な人間しか存在しないと評判のトライオンはワイアットテレコムの目下のライバル会社だった。ワイアットの得た情報によると近いうちにインターネットの世界を根底から変えてしまうような製品が市場に出るとのこと。
実際、アダムにはトライオンに入社するという選択肢しか残されていなかった。ワイアット・テレコムでのアダムの評価は、最低ランクでとてもトライオンに入社することは不可能であったが、ニコラス・ワイアットはアダムに産業スパイとして考えられる限りの必要な知識を叩き込み、見事アダムはトライオンへの新入社員(侵入社員)として入社したのだ。
ワイアットの助言なども受け見事トライオンに入社したアダムが最初に配属された部署はネットワーク機器開発のチームで、ノラ・サマーズというやり手の女性リーダがチームをまとめていた。ノラのチームでの目下の課題はマエストロという新製品開発を急ピッチで進めており、市場へ売り出すための最終調整で多忙を極めていた。
トライオン入社後のはじめての会議でノラにやり込められたアダムは後日開かれたCFO(最高財務責任者)の同席する会議で新製品のマエストロを酷評してしまい、ノラをはじめ社内の人間からも信頼を失いかけていた。しかしアダムの指摘したマエストロに対する意見はワイアットから得た信頼できる情報であり、最終的にはノラもその事実を受け入れざるを得なくなっていた。
アダムは本来の目的であるトライオン社の極秘プロジェクトについて更に調査すべく主要な人物のキーボードにキーボードロガー(keyboard logger)というキーボードから入力した全ての情報を入手する機器を仕掛けたりビル内のセキュリティを掻い潜り捜索を続けていた、そしてアダムはそのプロジェクトがオーロラプロジェクトと呼ばれている事実と、オーロラプロジェクトの一員であるアラーナ・ジェニングズと接触することに成功する。
アダムはトライオン社から破格の給料を貰っていたが、更にワイアット・テレコム社からも給料を貰っており、二重の収入を得ており今や自分が自由にできる資金がかなりあった。肺を患ってほぼ廃人同然の父からは「お前はダメな人間だ」と常日頃から言われ続けていたが、高額所得者になった今、自信に満ち溢れた姿を父に見せ付けた。しかし、父は息子の出世を信じるどころか逆に罵倒した。
ワイアットに急所を握られ、トライオンでも優秀な社員として振舞うことを強いられたアダムは父からも迫害を受け、心身ともに疲弊していたが潜入操作をやめることはできなかった。
そんな状態の中、マエストロの製品開発についての最終会議が開かれることになる。その会議には社長のジョック・ゴダードも同席していた。既にノラをはじめ、マエストロの開発を断念することがほぼ確定的だったが前回の会議とは逆に、アダムは製品開発をすすめるべきだと進言する。そしてこの意見がゴダードに認められ、なんと、社長のゴダードの特別補佐となることになった。仮の身分とは言え、異例の大出世となったのだ。
前途洋々に見えたアダムだったが、トライオンの社内でなんと、ワイアット社に勤めていたケヴィン・グリフィンに遭遇してしまったのだ。ケヴィンはアダムの横領の事件も知っていた。そして勿論優秀な社員などでないことも・・・
アダムはこの危機をどのように乗り越えられるのか?
オーロラプロジェクトの全容は何か?
そして最終的にアダムの運命はどうなるのか?
トライオンでのアダムの出世街道の軌跡が、深見じゅんの書いたマンガの「悪女(わる)」に似ている。悪女(わる)の場合は、田中麻理鈴が一目ぼれしたT.O.さんに合うために自ら出世街道を進み行くという能動的なサクセスストーリーだが、本書の場合はそれよりもやや受動的である。そこが斬新で面白かった。日本でドラマ化されたらアダム役には若き頃の植木等が適任であろう(違うか?)。
本書の上巻の帯には
この小説に登場するすべてのスパイ技術は本当に存在します。使われた小道具などは、ほとんど違法なものですが、インターネットなどで入手できます
と紹介されている。
日本ではこういう話しってあまり聞かなかったりするが、アメリカでは産業スパイというのは一般的になっているっぽい。本書で登場するライバル会社トライオンの経営者、ジョック・ゴダードのキャラが素晴らしい。本当にこういう経営者がいると恐ろしいのだが(表の顔と裏の顔も含めて)日本では先ずいないであろう。ゴダードの薫陶を受けたトライオン社の社員はかなりモチベーションが高いレベルで仕事を遂行しているであろうと思われる。こういった圧倒的な吸引力を持つ人間を書くのは意外と難しいと思うのだが違和感なく書けていると感じた。
小説のラストは賛否両論わかれるところだ。如何にもアメリカの小説っぽい終わり方だなとは思うが、父の生き様に最終的に心動かされるアダムの姿は感動的だった。
ワイアット社もトライオン社もネットワーク機器を開発・販売する会社として書かれているのだが、専門用語などはとりあえず意味が分からなくても読みすすめることができる。ある程度の専門用語が飛び交うことでリアリティを浮き立たせることに成功している。
日本でも最近、企業買収などでドラえもんに似た人がいろいろ話題になっているようであるが、生々しい企業小説でなく読み終えた後に軽い笑みが漏れる良作である。