横山 秀夫
文芸春秋 (2001/10)
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おすすめ度の平均:
うならされるどんでん返し
おもしろい・・・すごく。
短編小説の醍醐味ここにあり
りょーち的おすすめ度:
上手いよな。横山秀夫って。
警察小説を書かせたら今は横山秀夫・雫井脩介・貫井徳郎あたりが一押しかも。長編小説もなかなかいいけど、今回の「陰の季節」のような短編小説もやはり上手い。短編小説は長編小説よりも起承転結がしっかり伴っていないと読者としても「で、何の話をしたかったの?」となってしまう。その点も横山秀夫にはかなり満足している。
本書は下記の4つの短編小説が掲載されている。
・「陰の季節」
・「地の声」
・「黒い線」
・「鞄」
ちなみに、本書は第5回松本清張賞を受賞している。
●「陰の季節」
警察にも人事異動があるんだなー。警察官も偉い人はなんだか天下りのようなことをしておるらしい。本書の主人公である二渡真治はD県警の人事課にいる。
二渡は今回の人事で天下り先のポストにある署長を異動させようとしたのだが、そこの天下り先に居座っている尾坂部が辞めないと言い出していた。通常、天下り先にもその期間があり、二渡は尾坂部の退職を見越した人事を考えていたが思わぬところでケチがついた。
「辞めない」という尾坂部の真意を探るため二渡は尾坂部の元へとむかった。尾坂部は二渡にあってもやはり辞めるつもりはないと翻意する様子を伺わせなかった。
尾坂部の周辺を探っていくにつれ、尾坂部の娘が殺人事件で命を落としていたことを知る。犯人は未だ捕まっていない。何故尾坂部は今の仕事をやめようとしないのか、そして娘を殺害した犯人とは誰なのか。このあたりが読みどころであろう。
●「地の声」
警務部監察課の仕事は警察職員の賞罰に関する情報が集まってくる。ただ周囲からは「罰」の部分がクローズアップされ、スパイのような目で見られてしまう部署のようだ。新堂隆義はその監察課にいる。あるとき監察課の元に一通のタレコミ文書が届く。それは「Q警察署の生活安全課長がパブのママと不倫をしている」という内容のものだった。Q警察署の署長とは曾根和男である。新堂は自分より5年上の先輩で曾根と同じ所轄にいたこともあった。曾根の性格を少なからず知る新堂は曾根はそういったことをする人間ではないと感じていた。
事件の真意を見極めるため新堂は調査に乗り出した。張り込みの末、曾根は確かに問題のパブに出入りしていた。ただ曾根にやましいことがあるのかどうか今ひとつ判然としなかった。そんな中、曾根が何者かに刺される。
果たして曾根を指した犯人は誰か?
誹謗中傷のタレコミを送ったのは誰か?
本書を読んで人間は自分の置かれた環境をふと振り返り自問自答するときがあるが、そこで出された「答え」によっては身の破滅を呼び起こす引き金になりかねないという怖さを味わった。
●「黒い線」
「黒い線」では横山秀夫の書いた「顔 FACE」という本の主人公でもある平野瑞穂が登場する。瑞穂は機動鑑識班に所属する婦警である。瑞穂は先日ある事件で新聞にも取り上げられた。それは「平野の書いた似顔絵が元で犯人を捕まえた」というものである。機動鑑識班で瑞穂に与えられた仕事はモンタージュと同じように逃走した犯人の似顔絵を描くことである。新聞には「こんなにそっくり」と平野の描いた似顔絵と逮捕された暴走族の犯人の写真が並べて掲載されている。そんなお手柄を立てた瑞穂が翌日から無届で欠勤している。
二渡は妙に気になり、今回の瑞穂の事件について婦警担当係長の七尾友子に相談する。友子もその事実を知り驚いたが、どういうことなのかを知るために瑞穂を尋ねてみることにした。しかし、寮を尋ねて見たが瑞穂はいなかった。
失踪した瑞穂を捜索中の友子の元に瑞穂の車がM駅前で見つかったとの知らせを受けた。M駅前といえば瑞穂の描いた似顔絵の犯人が捕まった場所である。更に捜索を続けていた友子に瑞穂が実家に帰っているという情報が舞い込んできた。実家に足を運んだ友子はやっとのことで瑞穂に会うことができた。瑞穂は泣いていたようだった。
瑞穂からは無断欠勤の理由を聞けなかった友子はあることが切っ掛けで事件の全容がわかってしまった。
うーむ。これは一番面白かったかな。本書については実は先に記載した「顔 FACE」の中で簡単に触れられている。「顔 FACE」の方はこの「黒い線」の続編と思ってもよい。
ただ、「黒い線」は「顔 FACE」を先に読んだ人にも十分楽しめる。
また、順番どおり「黒い線」→「顔 FACE」と読まれた方は平野瑞穂の成長に目を見張ることだろう。そういう意味でも「顔 FACE」は読んで見てもよいかもしれない。
※
顔 FACE●「鞄」
柘植正樹は警務部秘書課で「議会対策」を職務としている。県議会の中で警察に向けられた質問に対しての対応をするのが主な業務だが、県会議員からは逆に「どういう質問をしたらよいか」と質問を考えてくれと言われるようなこともある。
そんな中、県会議員の鵜飼が「今度の議会で県警に対して爆弾発言をする」という情報を耳にする。真意を確かめるべく鵜飼に質問の内容を尋ねにいったところにべもなく質問内容を明かすことを断られる。県議会と警察との間の質問に関してはある種のデキレース的な側面も持っているのだが、柘植にとっては「爆弾」と称される質問の内容を窺い知ることが出来ず苦慮している。
結局何も掴むことが出来ず議会の日を迎えることとなった。柘植は鵜飼の答弁を一言半句漏らさずに聞くことを心がけたが結局答弁中に「爆弾」と思われる発言はなかった。
何故「爆弾」を出さなかったのか。その真意を知ったとき柘植はどうするのか。
警察と県議会とのつながりのようなものがおぼろげに見えてくるこの小説。後味がそれほどよくないなあと最後のあたりまで読んでいて思ったのだが最後の最後で柘植の家族の挿話でちょっとだけ救われたような気がした。
本書の解説で北上次郎さん(本の雑誌の編集長の目黒孝二さん)も書かれているが、この小説は警察の表舞台に決して上がってこない「裏方」の人々の物語なのである。その「裏方」にもキチンとした意思があり組織と言う歯車の中で働いているのだ。そう考えると警察も決して特別な組織ではないことが窺い知れる。
こういった「裏方」の話しをこうまでキッチリ仕上げる横山秀夫さん。やっぱりあなた、凄いです。